第十一話 予想外の反応
女官たちが「まあ」と嬉しそうに笑っているのが聞こえる。
しかし私は女性として褒められた経験がなくて、恥ずかしくて堪らない。こんなときにどんな反応をすればいいのか分からない。
でも何か言わなきゃと必死で考えた結果……。
「……ローワン様のほうが綺麗です」
「私が?」
「ローワン様はお化粧も何もしてなくても綺麗で、今日みたいな恰好は特にお似合いで……かっこいいと思います……」
途中から恥ずかしさに耐えられず、言いながら視線を逸らしてしまった。
するとローワン様はククッ……と笑い始めた。
「まさかキミを褒めて、逆に褒められると思わなかったな」
ローワン様は私の手を取ったまま歩き出す。私も誘導されるままに歩くしかなかった。
「確かに私はよく人目を惹くが、今宵の夜会の主役はきっとキミだよ、リザ。誰もがキミに釘付けになるだろう」
慣れないドレス姿で、夜会会場へ向かう。
『確かに私はよく人目を惹くが、今宵の夜会の主役はきっとキミだよ、リザ。誰もがキミに釘付けになるだろう』とローワン様は言った。
しかしきっと私は、悪い意味で目立つことになるだろう。
平民上がりの王宮薬師の分際で、不相応に着飾って、ローワン様の隣に立っている。貴族たちから好奇の目やら侮蔑の目を向けられるに決まっている。
怖い。不安しかない。
夜会会場へ続く大広間の扉が開いた瞬間、私は逃げ出したくなった。
天井からは豪華なシャンデリアが下がり、磨き上げられた床には無数の光が反射している。色鮮やかなドレスをまとった令嬢たちと、礼装に身を包んだ貴族たちが談笑しながら行き交っていた。
どう考えても薬師が来る場所ではない。
でも、ローワン様は手を放してくれない。
「グラスタ―帝国第二皇子、ローワン・ゼペル・グラスター様。リザ・ステイル様のご入場です」
案内の声で、貴族たちの視線が一斉に集まる。
反応が怖い。
ほら……皆、首を傾げている。ひそひそ話をして、私を嘲笑って……。
「あの綺麗な御方はどなた?」
「見たことない方だ。他国の姫君か?」
「ローワン殿下の新しい婚約者候補? 王宮薬室の亡霊と婚約したという噂は嘘だったのか?」
「いや、飽きてもう捨てたんじゃないか? あんなに美しい方が現れたんじゃ、王宮薬室の亡霊など勝ち目はないだろう」
……何かおかしい。
私がその王宮薬室の亡霊そのものなのだが、誰も気づいていない?
困惑して隣にいるローワン様を見ると、殿下は人々の囁く声を聞いて肩を震わせていた。
「……誰もリザだと思っていないな」
「そう、みたいですね……」
私の名前も呼ばれていたような気がしたが、そもそも王宮薬室の亡霊の名が独り歩きしていて、私の本名を知る貴族なんていないんだろう。
「まぁ皆の反応も仕方のないことだ。今日のキミは、本当に美しいから」
「そ、そんなわけが……」
「さぁおいで。美しいキミをもっと皆に知らしめなくては」
そんな会話をしているうちに、ローワン様は真っ直ぐ会場の奥へ向かう。
向かった先を見て私はさらに緊張した。
皇帝陛下、皇后陛下、そしてローワン様の兄であるウィリアム皇太子殿下。この国の頂点に立つ方々が揃っていた。
ローワン様が美形なので当然のことなのだが、皇帝陛下、皇后陛下も華やかな気品に溢れていて、近づきがたい。皇太子殿下は線の細い眼鏡をかけていて、知的で真面目な印象が強い。飄々としていて人たらしなローワン様とは真逆な雰囲気で、身構えてしまう。
しかし私がガチガチに緊張していることなどお構いなしに、ローワン様は歩みを進めた。
「父上、母上、兄上」
ローワン様が呼びかけると、皇帝陛下がこちらを見て穏やかに微笑んだ。
「あぁローワン。今宵はまた一層、皆の注目を集めているな」
「私のパートナーが美しすぎるせい、ですね。改めて直接ご紹介させてください。私の婚約者のリザ・ステイルです」
ローワン様がそう言うと、皇帝陛下たち三人が目を丸くした。三人の視線が私に集まる。
「ローワン……おまえの婚約者は、王宮薬師……リシマの弟子ではなかったか?」
「はい。彼女がリシマの弟子、リザです」
「ほら、ご挨拶を」とローワン様に言われて、私はぎこちなく礼をした。
「り、リザ・ステイルと申します。皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下……お目にかかれて光栄でございます……」
その瞬間、三人の表情が揃って驚愕に変わった。
「なんと……」
「まぁ……」
「驚いたな……だが安堵したよ。婚約者がいるのにローワンが別の女性を連れてきたと思って焦った」
「兄上……私はリザに一途ですよ」
どうやら皇帝陛下たちも、私に気づいていなかったらしい。
さらに会話が聞こえた貴族たちが騒めき出す。
「嘘だろ……王宮薬室の亡霊ってあんなに綺麗な人だったのか」
「いや、俺が見たときと全然違うんだが……」
会場中の全員が私を見てるんじゃないかってくらい視線を感じる。
注目を集めるのは苦手だ。もう帰りたい……。
そう思っていた時、皇帝陛下が私を見て優しく笑った。
「リザよ。こうして直接言葉を交わすのは初めてだな。過去のことになるが、改めて礼を言わせてほしい」
「え?」
「以前、私が体調を崩した際、君の薬に助けられた。覚えているだろうか」
思い当たる節があった。
確か数年前……師匠に命じられて、皇帝陛下のために特別な処方をしたことがある。あれを私が作ったと、皇帝陛下がご存じだったなんて……。
「……陛下のお役に立てたなら光栄でございます」
「お役に立ったどころではない。私が味が苦手だとぼやいていたのを知って、味を調整してくれたのだろう? 直接頼んだわけではなかったが、あの気遣いは嬉しかった」
続いて皇后陛下も微笑む。
「私もよ。頭痛で悩まされていた時、あなたの薬に随分助けられました。あなたの薬は他の人が作るのとは少し違うのよね。なんだかとても飲みやすいの」
「皇后陛下……温かいお言葉に感謝いたします」
さらに皇太子殿下まで口を開く。
「北部視察の際に負傷兵へ提供された薬も君のものだったな」
「あ……はい」
「あれで救われた兵士は多い。素晴らしい仕事だ」
次々と褒められて、胸の奥が温かくなる。
妹を助ける薬を作るために飛び込んだ世界だったが、いつも誰かの力になりたい一心で薬を作り続けてきた。
薬師としての仕事を、私が積み重ねてきた努力を認められて、自然と肩の力が抜けていく。
「ありがとうございます」
心からお礼を言うと、横で小さく息を呑むのが聞こえた。
不思議に思って顔を上げると、ローワン様が固まっている。
「ローワン様?」
呼びかけても反応しない。
もう一度呼びかけると、少し遅れてようやくローワン様が瞬きをした。
「あぁ……くそ」
「え?」
「なんでキミはそう……どうして私じゃなくて父上たちの前で……」
「な、何ですか……?」
ローワン様がちょっと不機嫌そうに顔をゆがめてぶつぶつと言っている。
私は陛下たちと話していただけなのに、何かまずいことをしたのか。
困って皇后陛下のほうを見ると、意味深な笑みを向けられた。なぜか皇帝陛下や皇太子殿下まで面白いものを見たような顔をしている。
「もうローワンったら、ヤキモチ焼かないの」
「く……」
皇后陛下に言われたローワン様は悔しそうな顔をする。
「ヤキモチ……?」
ローワン様は今、何にヤキモチを焼いているのか……?
「ローワンはね、あなたがあまりにも可愛い顔で笑ったから、私たちに嫉妬したのよ」
「わら……? わ、私、今、笑ってました……?」
「……笑ってたよ。とんでもなく可愛い顔でね」
ローワン様が両手で私の両頬をぎゅっと包んだ。
「今度は私だけに見せるように」
せっかくの綺麗な顔が拗ねて歪んでいる。
そんな顔を見てしまったら、なんだか落ち着かない気持ちになった。
「……次はいつ笑えるか、分かりません。無自覚だったので……」
今まで笑顔の練習をしてもうまく笑えた試しがない。私は本当に笑っていたのか、自分でも信じられないくらいだ。
「いくらでも待つ。リザの笑った顔が見られるなら」
ローワン様がふっと笑う。見惚れるくらい綺麗な笑顔に、心拍数が上がった。
全31話です。続きます。




