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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 意思表示

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[虚偽表示]現場編 「正しい方が勝つとは限らない」と嗤う男に、法律の包囲網を敷く

挿絵(By みてみん)

 嘘には、単独犯と共犯があります。


 前者はまだ、可愛げがあります――とは言いませんが、少なくとも一人で勝手に転ぶぶん、被害の線は読みやすい。柏木トメさんの「冗談で土地を売る」みたいに、言った本人が「いや本気じゃないです」と青ざめるタイプです。


 でも後者。つまり、相手と手を組んで嘘をつくタイプは、ややこしい。


 ややこしい上に、たいてい本人たちはこう言います。


 ――名義だけだから。


 ――形式だけだから。


 ――本当の売買じゃないから大丈夫。


 大丈夫なわけがありません。


 民法は、その手の「いや実質は違うんで」を、思ったほど甘く見てくれないのです。


 そして昭和六十三年のこの町にも、そういう「名義だけ」の軽さで人生を傾けかけた人がいました。


 月曜の朝、大槻不動産には、どんよりした空気が流れていました。


 いえ、事務所そのものはいつも通りです。古い扇風機が首を振り、所長の机には新聞が広がり、真壁さんは朝から電話口で「だからその坪単価は夢見すぎです」と辛辣な現実を叩きつけています。


 問題は、応接のソファに座る二人の男でした。


 一人は、痩せた中年男性。四十代後半くらい。くたびれた背広に、必要以上に揉み手が似合いそうな顔。額には汗。視線は落ち着かず、湯飲みを持つ手も少し震えている。


 もう一人は、逆に妙な余裕がありました。年は同じくらい。髪はきっちり撫でつけられ、スーツも仕立てがいい。けれど、口元だけが軽い。人当たりのよさそうな笑みが、むしろ胡散臭さを増幅させていました。


 痩せた方が沢村さん。


 余裕のある方が新堂さん。


 そして、この二人、明らかに空気が変です。


 私は来客用の湯飲みを置きながら、そっと観察しました。沢村さんは何度も新堂さんを見ている。助けを求めるように。新堂さんはそのたび、にこやかに頷く。大丈夫ですよ、みたいな顔で。


 ……この関係、だいぶ危ない。


 所長が低い声で言いました。


「で、もう一度整理しましょう。沢村さんの土地は、現在、登記上は新堂さん名義になっている」


「え、ええ……」


「だが実際には、売るつもりはなかった」


「はい! そうなんです、所長さん、私は売る気なんて……!」


「落ち着いてください」


 所長が手で制すと、沢村さんはびくっと口をつぐみました。代わりに新堂さんが、実に穏やかに口を開きます。


「誤解があるようですが、私は沢村さんを助けたかっただけなんですよ」


 来ました。


 助けたかっただけの人、たいてい助けきってません。


「沢村さん、少し資金繰りが苦しかったでしょう? このままでは差押えの話も出かねない。それで、とりあえず名義だけ私に移しておけば、落ち着くまで守れるんじゃないかと」


 私は内心で机を叩きたくなりました。


 はい、出ました。仮装譲渡の定番文句です。


 沢村さんがうつむいたまま、かすれた声で言います。


「借金が……あって……。でも、工場を畳めば返せる見込みもあったんです。ただ、急に取引先に手形を切られて、その、差押えの話が出て」


「そこで新堂さんが、名義だけ移しとけって?」


 真壁さんが露骨に眉をひそめる。


「……はい」


「登記まで?」


「はい……」


 私は湯飲みの脇に置かれた書類を見ました。土地は沢村さん名義だった、町外れの資材置き場兼工場用地。そこそこの広さがある。昭和末期の地価熱で、以前よりも値がついている。だからこそ、債権者が目をつけたのでしょう。


 そして沢村さんは、それを守りたくて、新堂さんと組んだ。


 つまりこれは、ほぼ教科書どおりの――


「通謀虚偽表示ですね」


 ぽろっと口に出た。


 応接セットの四人が、一斉にこちらを見た。


 ……しまった。最近、前世の宅建受験モードが漏れやすい。


 でもまあ、もう遅いので続けます。


「沢村さんと新堂さんが、実際には売るつもりも買うつもりもないのに、売買したように装って登記まで移した。そういうことですよね」


 沢村さんは、おどおどしながら頷きました。新堂さんの方は、薄く笑ったままです。


「お嬢さん、難しい言葉を知ってるね」


「勉強中なので」


「ははぁ」


 その“勉強中の小娘が何を言うのかな”みたいな目。


 嫌いじゃないですよ。


 後でひっくり返すと気持ちいいので。


 所長が腕を組みました。


「それで、新堂さん。今はどういう話になっているんです?」


「どうもこうも、登記は私名義です。沢村さんもご納得の上で署名捺印された。私はこの土地を有効に取得している。ですから、ちょうど買い手もつきそうですし、売却して整理しましょうと申し上げているんです」


「はあ!?」


 沢村さんが立ち上がりかけました。


「そんな話じゃなかった! あんたは、落ち着いたら戻せるって……!」


「でも戻す約束を書面にしましたか?」


 新堂さんは笑顔のまま、ぴしゃりと言いました。


「してませんよね」


 ――うわ。最悪。


 所長も真壁さんも無言になりました。言ってることが強いのではありません。面倒くさい方の“理屈”を知っている人間の顔をしているからです。


 私は心の中で、教科書の見出しをめくっていました。


 ・虚偽表示は当事者間では無効

 ・でも善意の第三者は保護

 ・しかも過失があってもいい

 ・登記がなくても保護されうる


 ここまでは乾いた知識。でも今、目の前では、工場を守りたい男と、それに乗じて土地を食おうとしている男がいる。


 知識は、人の顔をした時の方がよく刺さります。


「新堂さん」


 私が呼ぶと、新堂さんは少し面白そうに首を傾げました。


「はい?」


「沢村さんとの間のその売買、当事者間では無効です」


 応接の空気が張りました。


 新堂さんの笑みが、ほんの少しだけ薄くなる。


「へえ。どうしてそう思うのかな」


「売買したように見せかけただけだからです。相手と通じてした虚偽の意思表示は無効。これはかなり基本です」


「だが登記は私名義だ」


「登記があることと、当事者間で有効かどうかは別です」


 真壁さんが、隣で少しだけ口の端を上げました。ありがとうございます。今ので少し勢いがつきました。


「沢村さんが差押えを免れたくて、新堂さんがそれに協力した。つまり、お二人は最初から“本当に売るつもりも買うつもりもない”のに、そういう形を作った。なら、沢村さんと新堂さんの間では、その契約は無効です」


 沢村さんが、救いを見つけた子どもみたいな目でこちらを見ました。


「じゃ、じゃあ土地は……」


「ただし」


 私はすぐ続けました。


「そこで終わらないのが、いちばん怖いところです」


 新堂さんの目が、すっと細くなる。


「……続けて」


「新堂さんがその土地を、事情を知らない第三者に売ると、その第三者は保護される可能性が高いです」


 沢村さんの顔が真っ白になりました。


「そんな……!」


「ええ。だから今が止めどきです」


 所長が低くうなりました。


「つまり、新堂さんが次に動く前に押さえろ、と」


「はい」


 私は頷きました。


「仮装で名義を移した当事者同士なら、沢村さんは無効を主張できます。でも、その後に出てくる善意の第三者には、その無効を主張できない。だから“名義だけだから大丈夫”が一番大丈夫じゃないんです」


 新堂さんが、そこで初めて露骨に不機嫌な顔をしました。


「お嬢さん。さっきから勝手なことを言ってるが、第三者、第三者って、誰の話かな」


「まだ売ってないんですか?」


「……さあ」


 その曖昧な笑い方で、私は確信しました。


 もう動いています。


 真壁さんも同じことを感じたらしく、いきなり机の上のメモを引き寄せました。


「所長、新堂のとこ、最近どことつるんでた?」


「松岡建設。あとは駅前再開発に色気出してる連中だな」


「栞」


「はい」


「お前の言う“第三者”って、善意なら守られるんだな」


「はい。善意ならです。無過失まではいりません」


「過失あっても?」


「はい」


 新堂さんが、ちっ、と小さく舌打ちしました。


 当たりです。


 つまりこの人は、相手先が少々うさんくさくても、「知らなかったと言い張れればいける」と踏んでいる。すごく嫌な現実感がありますね、昭和の不動産トラブル。


 沢村さんが震える声で言いました。


「私、どうしたら……」


 私は一拍考えました。法律の正解と、現場の正解は、少し違う。条文だけなら「当事者間では無効です」で終わる。でも現場では、その次に何をするかがすべてです。


「まず、売るつもりがなかったこと、名義だけのつもりだったことを、今この場で明確にします」


「い、今?」


「はい。書面に残しましょう」


 私は事務机の方へ向き直りました。便箋を引き出し、私は走り書きで文面を作り始めました。


『 確認書


 沢村一樹は、新堂冬樹への本件土地の移転について、真実の売買意思に基づくものではなく、差押え等を免れる目的で仮装したものであることを確認する―― 』


 真壁さんがのぞき込みます。


「正面から書くなあ」


「回りくどくすると逃げられます」


「好きだねえ、そういうの」


「褒め言葉として受け取ります」


 新堂さんが鼻で笑いました。


「そんな紙、私が書くわけないでしょう」


「でしょうね」


 私は即答しました。


「でも、拒否した事実も含めて残せます」


「……」


「それに、もう一つ」


 私は顔を上げました。


「もしすでに売却交渉中の相手がいるなら、その相手にも事情を知らせる必要があります」


「やめろ」


 新堂さんが初めて、笑みを消して言いました。


「それは業務妨害だ」


「いいえ」


 私はペンを置いて、まっすぐ見返しました。


「善意の第三者をこれ以上作らないための連絡です」


 事務所の空気が、ぴんと張る。


 私は内心、少しだけ喉が渇いていました。強く言っているけれど、怖くないわけじゃない。相手は場慣れした大人の男で、私は十八の見習いです。けれど、怖いから黙ると、たぶんこういう人たちは黙って誰かの土地を食べます。


 だったら、言うしかない。


「新堂さん。あなたがもし次に売る相手へ、“この土地は沢村さんが本気で売ったものだ”という前提で話しているなら、それ自体がかなり危ういです」


「危うい?」


「ええ。少なくとも、事情を知った相手は善意ではいられません」


 所長がそこで立ち上がりました。こういう時の所長は、静かなのに圧があります。


「新堂さん。こちらとしては、今この場で本件土地の処分をしない旨、一筆ほしい」


「断ります」


「でしょうな」


 所長は頷いただけでした。


「ならこちらも動きます。沢村さん、債権者の状況と登記書類を全部出してください。すぐに整理する。新堂さんが勝手に売りに回る前に、可能な手は打つ」


「ま、待ってください所長!」


 沢村さんが半泣きで所長に縋ります。


「工場がなくなったら、従業員も……」


「だからその前に動くんです」


 所長の声は厳しかったけれど、切り捨てる感じではありませんでした。現実を動かす人の声です。


 新堂さんは、ついに立ち上がりました。


「まあ、今日はここまでにしましょう。沢村さん、あなたもずいぶん妙な知恵を吹き込まれたようだ」


「妙じゃありません」


 私が言うと、新堂さんは面倒そうにこちらを見ました。


「法律です」


「法律ねえ。現実はそんな綺麗じゃないよ、お嬢さん」


「知ってます」


 私は笑わずに返しました。


「だから、せめて嘘の線くらいははっきり引くんです」


 新堂さんはふっと肩をすくめ、そのまま出ていきました。ガラス戸の閉まる音が、やけに大きく響きました。


 そして残された沢村さんは、本当に崩れ落ちそうな顔をしていました。


「……私、なんてことを」


「やったこと自体は、褒められません」


 私はきっぱり言いました。


 ここで「大変でしたね」「仕方なかったですよ」とだけ言うと、学習にならない。いや学習って言い方もあれですが、少なくとも同じ穴に落ちる人は減らしたい。


「差押えを怖がる気持ちは分かります。でも、“嘘の名義で守る”は、守りじゃなくて延命です。しかも他人の手を借りた時点で、裏切りの余地までセットになります」


 沢村さんは、膝の上で手を握りしめました。


「……はい」


「ただ、今ならまだ間に合う可能性があります」


 所長が頷きます。


「登記簿、借入先一覧、手形関係、全部洗う。真壁、お前は松岡建設に当たれ。新堂が話を持ち込んでるなら、先に釘を刺す」


「了解」


「栞、お前は本件の時系列をまとめろ。沢村さんから聞き取りだ」


「はい」


 私はすぐノートを開きました。


「最初に話が出たのは、いつですか」


「先月の……十七日です」


「場所は」


「スナックで……」


「出た、昭和の不動産トラブル発生源トップ3」


「何か言ったか」


「いいえ、なんでも」


 真壁さんに睨まれたので、私は真面目な顔に戻ります。


「その時、新堂さんは何と言いました?」


「『一時しのぎだ』『名義だけだ』『ほとぼりが冷めたら戻せる』と……」


「戻す条件の話は?」


「口約束だけで……」


 私はせっせと書きつけました。


 こういう時、記録は強い。言った言わないは、時間が経つほど都合よく変形します。だから、今のうちに固定する。


 宅建の勉強をしていた頃は、条文の暗記ばかりで見落としがちだったけれど、実務っぽい場面を想像すると分かる。法律は、記録とセットで初めて牙になる。


 昼過ぎには、沢村さんの話から、おおよその全体像が見えてきました。


・沢村さんは資金繰り悪化で差押えを恐れていた

・新堂さんが「名義だけ移せば守れる」と持ちかけた

・売買代金は実際には払われていない

・なのに売買契約書と登記だけは整えた

・最近になって新堂さんが「売って整理した方がいい」と言い出した


 はい、完全に教科書案件です。


 でも教科書と違って、ここには工場で働く人の給料も、沢村さんの見栄も、切羽詰まった恐怖も混ざっている。


 そこが厄介で、だから面白いのかもしれません。いや面白がってはいけませんが、物語としては非常に強い。


 夕方前、真壁さんが戻ってきました。


「黒だ」


「松岡建設ですか」


「ああ。新堂から“権利関係すっきりしてる土地がある”って話が行ってた。まだ契約前だが、だいぶ乗り気だった」


 所長が舌打ちします。


「で、事情は伝えたか」


「半分な。こっちも断定しすぎるとまずいが、“仮装の疑いがある、争いになる可能性が高い”とは言った」


「反応は?」


「顔色変わった。さすがに揉めた土地を今の地価で掴みたくはないらしい」


 私はほっと息をつきました。


 よかった。少なくとも、善意の第三者が完成する前に警告が届きました。


「つまり、松岡建設はもう善意じゃいられませんね」


 私が言うと、真壁さんが片眉を上げる。


「お前、その言い方ほんと好きだな」


「だって論点なので」


「論点論点うるさいな」


「宅建受験生だったので」


「まだ意味が分からん」


 でしょうね。


 所長はしかし、厳しい顔のままでした。


「一社止めても、別へ回す可能性はある」


「その前に、沢村さん側で動かないとですね」


「そうだな」


 所長は机をとんとん叩きました。


「沢村さん。はっきり言います。あなたは愚かでした」


 沢村さんの肩がびくりと揺れます。


「はい……」


「だが、愚かなことをした人間でも、全部を失っていいとは限らない。だから今から、取り返せる線を一緒に探す」


 私はその言い方が好きでした。甘やかさない。でも見捨てない。


 沢村さんは目を赤くして、深く頭を下げました。


「お願いします……」


 その日の夜、事務所に一本の電話が入りました。


 受けたのは私です。


「はい、大槻不動産です」


『あー、もしもし。新堂ですが』


 来た。


「何でしょう」


『昼間は、ずいぶん威勢がよかったね』


「ありがとうございます」


『褒めてないよ』


「知ってます」


 受話器の向こうで、ふっと笑う気配がしました。


『松岡に妙なことを吹き込んだそうじゃないか』


「事実関係を伝えただけです」


『若いのに怖いねえ』


「土地を“名義だけ”で動かす大人よりは、だいぶましだと思います」


 少し、沈黙。


 やり返されるかな、と思った瞬間、新堂さんは意外な声で言いました。


『……君、勉強してるんだろう』


「ええ、まあ」


『じゃあ教えてあげるよ。現実じゃ、正しい方が勝つとは限らないぞ』


「知ってます」


 私は受話器を握り直しました。


「でも、嘘をついた方が最初から勝つとも限りません」


 また沈黙。


 その後、新堂さんは小さく笑って電話を切りました。


 切った後で、ちょっとだけ手のひらに汗をかいているのに気づきました。


 怖い。普通に怖いです。相手は明らかにこなれてるし、こちらは小娘ですし。


 でも、言わなかったらたぶん、私は自分を嫌いになる。


「誰だ」


 所長が顔を上げる。


「新堂さんです」


「何だって?」


「現実じゃ正しい方が勝つとは限らないぞ、だそうです」


 真壁さんが鼻で笑いました。


「負け犬の予防線にしては早いな。いや、まだ油断するなよ」


 所長は言いながらも、少しだけ口元を緩めました。


「だがまあ、効いてはいる」


 翌日から、大槻不動産はちょっとした戦時体制に入りました。


 ・沢村さんの借入状況を洗う。

 ・新堂さんへの移転経緯を整理する。

 ・関係者への聞き取りを進める。

 ・下手に広げすぎず、しかし善意の第三者を作らないよう情報を入れる。


 私はその全部の端っこで、せっせとメモを取り続けました。


 気づいたことがあります。


 バブル期の土地話って、みんな声が大きいんです。儲かる、上がる、今買わないと損、名義だけ、形だけ、いずれ戻す。


 でも、本当に大事なことはだいたい小声で言われる。


 ――実は代金を払っていない。


 ――本当は売る気がない。


 ――差押えが怖かった。


 ――戻す約束は書いていない。


 つまり、事件を解く鍵は、いつも小さい。


 三日後。新堂さんは折れました。


 完全降伏、ではありません。そんな綺麗なものじゃない。


 ただ、松岡建設に警戒され、別の買い手にも話が通りにくくなり、こちらの聞き取りや時系列整理も進んだことで、この土地を“きれいな物件”として流すのが難しくなったのです。


 所長の机を挟んで、再び向かい合った沢村さんと新堂さん。


 今度は、新堂さんの方が少しだけ疲れて見えました。


「……元に戻す方向で、話し合いましょう」


 沢村さんが、へなへなと力を抜きました。


「ほんとに……?」


「ただし、こちらも手間をかけてる。ゼロでは済まない」


「それは後で整理する」


 所長がきっぱり遮ります。


「少なくとも、“有効に取得したから自由に売れる”という話は引っ込めてもらう」


 新堂さんは返事をしませんでした。でも否定もしない。つまり、引っ込めざるを得ないのでしょう。


 私はその横で、小さく息をつきました。


 よかった。


 まだ完全解決ではない。債務の問題も、沢村さん自身の甘さも残っている。けれど少なくとも、土地が知らない第三者の手へ流れていく最悪の線は、一旦止まった。


 帰り際、沢村さんが私の前で深々と頭を下げました。


「栞さん……ありがとう」


「いいえ」


「あなたがいなかったら、私は……」


「たぶん別の形で、もっと痛い勉強をしてました」


 私がそう言うと、沢村さんは情けないような、でも少し笑ったような顔になりました。


「……そうですね」


「次からは、“名義だけ”って言葉が出た時点で逃げてください」


「はい」


「全力で」


「はい……」


 その背中を見送りながら、私は思いました。


 人は追い詰められると、正しい道より、すぐ隠れられる路地に入りたくなる。


 でも法律は、その路地がどこへ抜けるかを、案外ちゃんと知っています。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。


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