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宅建見習い栞の人情事件簿 〜転生したら昭和の不動産屋だったので、巻き込まれているうちに宅建過去問が解けるようになりました〜  作者: 条文小説
〈権利関係 配点14点/50点〉 意思表示

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[虚偽表示]法理編 栞とお勉強

挿絵(By みてみん)

 夕方の事務所で、私はノートをまとめました。


 今日の事件を、宅建の勉強として整理しておきたかったのです。


 教科書を読んでいるだけなら、「ふうん」で終わってしまう知識も、実際に目の前で土地が動きかけると、驚くほど頭に入ります。


 まず、一番上に書きました。


 ――通謀虚偽表示。


 相手方と通じて、嘘の意思表示をすること。


 私はその横に、


 「共犯の嘘」


 と書きました。


「雑だな」


 背後から真壁さんの声がしました。


「分かりやすいですよ」


「宅建のテキストにそんな書き方したら怒られるぞ」


「じゃあ、その下にちゃんと書きます」


 私は「共犯の嘘」の下に、改めて書きました。


 虚偽の意思表示+相手方との通謀=通謀虚偽表示。


 そして、その下に、


 民法94条1項

 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効。


「ここは今日の沢村さんと新堂さん、そのものですね」


「そういうことだ」


 所長が新聞から顔を上げました。


「実際には売る気がない。買う気もない。それなのに、売買したように装った。だから二人の間では無効だ」


「登記までしていても、です」


「そう。登記があるから有効になる、という話ではない」


 私はそこにも線を引きました。


 ――当事者間では、登記があっても無効。


 これで一つ。


 次に、私は「心裡留保」と書きました。


「ここ、最初に勉強した時、ちょっと混乱したんですよね」


「何が?」


「どっちも嘘じゃないですか」


「まあな」


「でも、違う」


 私は二つを並べました。


 心裡留保 → 一人で嘘をつく。

 通謀虚偽表示 → 相手と示し合わせて嘘をつく。


「つまり」


 真壁さんが言いました。


「一人で勝手に嘘をつくのが心裡留保。相手まで巻き込んで芝居をするのが通謀虚偽表示」


「そうです」


「芝居って言い方もどうかと思うが」


「でも覚えやすいです」


 私は頷いて、さらに書き足しました。


 心裡留保=単独犯。

 通謀虚偽表示=共犯。


「……なんか犯罪事件のメモみたいになってきたな」


「不動産トラブルなんて、だいたい事件みたいなものですよ」


「お前、宅建の勉強で何を学んだんだ」


「人間です」


「それは宅建じゃない」


 私は笑いながら、次の行へ進みました。


 ここからが、今日の一番大事なところです。


 通謀虚偽表示は、当事者間では無効。


 では、その土地が、その後に別の人へ渡ったら?


 私は大きく矢印を書きました。


 沢村

 ↓

 新堂

 ↓

 第三者


 そして、その下に、


 「善意の第三者を保護」


 と書きました。


「ここが今日の事件で一番怖かったところですね」


「ああ」


 所長が頷きます。


「沢村さんと新堂さんの間では無効でも、新堂から事情を知らない第三者へ土地が渡れば、話が変わる」


「民法94条2項」


 私は条文を書きました。


 ――虚偽表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。


「つまり、嘘をついた本人からすると」


 私はノートを指で叩きました。


「『あれは嘘だったから無効です』と言いたくても、何も知らない第三者には、その嘘を理由に土地を取り戻せない」


「そういうことだ」


 所長が言いました。


「なぜです?」


 私が聞くと、所長は少し考えてから答えました。


「自分で作った外観を信じた者と、自分でその外観を作った者。どちらを保護するべきか、という話だ」


「……ああ」


 私はペンを止めました。そう考えると、覚えやすい。


 沢村さんは、本当は売るつもりがないのに、新堂さんの名義にした。つまり、世間から見れば「新堂さんの土地」に見える状態を、自分たちで作った。


 そこへ、何も知らない第三者がやってきた。


 その第三者に、


「いや、あれは嘘だったんです」


 と言う。


 それでは、何も知らなかった人の方が困ってしまう。


 私はノートに書きました。


 ――自分で作った「嘘の外観」で、善意の第三者を裏切ることはできない。


「これ、かなり覚えやすいですね」


「条文そのものより、そっちの方がいいかもしれんな」


 所長が笑いました。


 ただし、ここで一つ注意。私は赤ペンを持ちました。「善意」という言葉です。


「善意っていうのは、ここでは『いい人』って意味じゃない」


「当たり前だろ」


 真壁さんが言いました。


「でも宅建初心者には意外と重要ですよ」


 私は書きました。


 善意=虚偽表示の事実を知らない。

 悪意=虚偽表示の事実を知っている。


「そして、もう一つ」


 私はその下に、


 「無過失までは不要」


 と書きました。


「ここ、今日の事件で松岡建設に事情を伝えたところですね」


「そうだ」


 真壁さんが椅子を引きながら言いました。


「つまり、善意の第三者なら、知らなかったことについて過失があっても、94条2項では保護される」


「はい」


 私は丸をつけました。


 善意○

 無過失○でも、もちろんOK

 過失ありでも、善意なら保護される


「ただし、何も知らないことが重要なんですよね」


「そう」


 所長が頷きました。


「だから、事情を知らされてしまった松岡建設は、その時点で『善意の第三者』とは言えなくなる」


「なるほど」


 私はそこで、今日の事件をもう一度振り返りました。


 もし松岡建設が何も知らないまま新堂さんから土地を買っていたら。


 沢村さんは、


「本当は売ってないんです」


 と言っても、その第三者に対しては通用しなかった可能性があります。


 でも、こちらから事情を伝えた。だから、その後は同じようには扱えない。


「そして、ここで宅建試験が意地悪してくるんですよね」


「どういう意味だ?」


 真壁さんが聞きました。


「『登記がないから第三者に対抗できない』っていう問題と、ごちゃ混ぜにしてくるんです」


「ああ」


 真壁さんが頷きました。


「そこは確かに引っかかる」


 私はノートに大きく書きました。


 ――虚偽表示では「登記」より「善意・悪意」が重要。


「例えば、善意の第三者が新堂さんから土地を買ったけど、まだ所有権移転登記をしていない」


 私は指を一本立てました。


「それでも、虚偽表示の無効をその第三者に主張することはできない」


「つまり、登記がなくても保護される場合がある」


「はい」


「ここ、普通の二重譲渡と混ぜると危ないな」


 真壁さんが言いました。


「そうなんです」


 私は大きく線を引きました。


 ――問題文を読んだら、まず「何の問題か」を見極めます。


 二重譲渡なのか。

 通謀虚偽表示なのか。


 同じ「登記がない」という言葉が出てきても、判断のルールが違います。


「宅建って、こういうところが嫌らしいんですよね」


「試験が嫌らしいんじゃない」


 所長が言いました。


「法律が複雑なんだ」


「……はい」


「でも、理由が分かれば覚えやすい」


「それです」


 私は大きく頷きました。


 そして、次のページを開きました。


 ――第三者とは誰か。


「これも重要です」


 私は書き始めました。


 第三者=虚偽表示の当事者でも、その一般承継人でもなく、その目的について法律上の利害関係を持つに至った者。


「……急に難しくなりました」


「条文の説明だからな」


「でも、今日の事件で考えると」


 私は矢印を書きました。


 沢村

 ↓

 新堂

 ↓

 事情を知らない買主


「この買主は第三者」


「そうだな」


「じゃあ、新堂さんにお金を貸しているだけの人は?」


「第三者じゃない」


 所長が即答しました。


「なぜです?」


「土地そのものについて、法律上の利害関係を持っているわけではないからだ」


「なるほど」


 私は書きました。


 単にお金を貸しただけの債権者

 →原則、94条2項の第三者ではない。


「でも、その債権者が土地を差し押さえたら?」


「話が変わる」


 真壁さんが言いました。


「差押えによって、その土地について直接の法律上の利害関係を持つからだ」


「正解です」


 私は丸をつけました。


 差押債権者 → 第三者になり得る。


「つまり」


 私は整理しました。


 ただの債権者 → ×

 差押えをした債権者 → ○


 土地について法律上の利害関係を持ったかどうか。


「ここまで来ると、単純な暗記じゃなくなりますね」


「だから面白いんだろ」


 真壁さんが言いました。


「真壁さん、宅建受けるんですか?」


「受けない」


「じゃあ何でそんな得意なんです?」


「不動産屋だからだよ」


「……なるほど」


 妙に納得しました。


 次に私は、今日の事件では出なかった例を書きました。


 土地が仮装譲渡された。その土地の上にある建物を、誰かが借りた。


「この建物の賃借人は?」


「第三者じゃない」


 真壁さんが答えました。


「即答ですね」


「さっきの話から考えれば分かるだろ。土地そのものを取得したわけじゃない」


「その通りです」


 私は書きました。


 土地上の建物の賃借人 → 土地の虚偽表示について94条2項の第三者ではない。


「こういう『一見関係ありそうだけど、第三者じゃない』問題も出る」


「宅建、細かいな……」


 真壁さんがぼやきました。


「細かいです」


 私は笑いました。


「でも、今日みたいに『土地そのものについて権利を取得した人か?』と考えれば、だいぶ整理できます」


 そして、最後の難所。


 私はページの中央に、三つの名前を書きました。


 A

 ↓

 B

 ↓

 C

 ↓

 D


「転得者です」


「またややこしいやつだな」


 真壁さんが顔をしかめます。


「でも、これも順番だけです」


 私は説明しました。


 AとBが通謀して土地を仮装譲渡する。


 Bが、その土地をCへ売る。


 さらにCがDへ売る。


「この時、Cが善意なら?」


「Cが保護される」


「はい」


「じゃあDは?」


「善意でも悪意でも、保護されます」


「なぜ?」


「Cが善意の第三者として確定的に権利を取得するからです」


 私は書きました。


 A→B→C→D


 C=善意


 →Cが確定的に取得

 →その後のDも取得できる

 →Dの善意・悪意は関係なし


「なるほど」


 真壁さんが頷きました。


「じゃあ逆に、Cが悪意だったら?」


 私はその横に書きました。


 C=悪意


「Cは保護されません」


「じゃあDは?」


「Dが善意なら、Dは保護されます」


「悪意なら?」


「保護されません」


 私は表にしました。


 C善意 → Dは善意でも悪意でもOK。


 C悪意 → Dが善意ならOK。

     → Dも悪意ならNG。


「つまり、最終的に誰を見るかが大事なんですね」


「そういうことだ」


 所長が言いました。


「途中に悪意の人間がいたからといって、その後の善意の人間まで全部巻き添えにするわけではない」


「逆に、途中に善意の人間がいたなら、その人が確定的に権利を取得するから、その後の人にもつながる」


「その理解でいい」


 私は満足して、最後にページの下へ大きくまとめました。


 【通謀虚偽表示・最重要整理】


 一、相手と通じて嘘をつく → 通謀虚偽表示。

 二、当事者間では無効。

 三、しかし善意の第三者には無効を主張できない。

 四、第三者は「法律上の利害関係」を持つ者。

   単なる債権者などは含まれない。

 五、善意=虚偽表示を知らない。

   無過失までは不要。

 六、第三者は登記がなくても保護される場合がある。

 七、転得者も第三者になり得る。

 八、最初の第三者が善意なら、

   その後の転得者の善意・悪意を問わない。

 九、最初の第三者が悪意でも、

   その後の転得者が善意なら保護される。


 私は最後に、赤ペンで一行を書きました。


 ――「嘘だった」と言えば、全部元に戻るわけではない。


「お」


 真壁さんが覗き込みました。


「それは分かりやすいな」


「ですよね」


「ただ、その下の一行はもっと分かりやすい」


「どれです?」


 真壁さんは、私が最初に書いた文字を指しました。


 “名義だけ”は、だいたい危険。


「これ」


「それは格言です」


「宅建の格言?」


「私のです」


 真壁さんが笑いました。


「まあ、悪くない」


 所長も新聞をたたみながら、こちらを見ました。


「栞」


「はい」


「今日の事件で、一番大事だったのは何だと思う?」


「……善意の第三者を作らないこと、ですか?」


「それもある」


 所長は少し考えてから言いました。


「そもそも、最初から“名義だけ”なんて話に乗らないことだ」


「……はい」


「法律は、後から助けてくれることもある。だが、最初から危ない橋を渡らない方がいい」


 私はノートを見ました。


 通謀虚偽表示。

 当事者間では無効。善意の第三者は保護される。

 第三者に過失があっても、善意なら保護される。

 登記がなくても保護されることがある。


 そして、第三者とは、単に「その土地に関係した人」ではない。


 法律上の利害関係を持った人。


 条文だけ見れば、ただの暗記項目です。


 でも今日、私はそれを実際の土地で見ました。


 差押えから逃れたいという恐怖。「名義だけなら」という甘い言葉。それを利用する人間。そして、その先で何も知らずに土地を買おうとする第三者。


 法律は、人間の感情までは書いていません。


 でも、人間がどんな失敗をするかは、驚くほどよく知っています。


「……所長」


「何だ?」


「通謀虚偽表示って、結局、自分たちで作った嘘に、自分たちが追い詰められるんですね」


「そうだな」


 所長は頷きました。


「だから、嘘は一人でつくより、二人でついた方が安全――とは限らん」


「むしろ危険ですね」


「関係者が増えるからな」


 真壁さんが笑いました。


「一人なら一人で勝手に困る。二人なら二人で揉める。三人目が入ったら、法律問題になる」


「……すごく嫌な法則ですね」


「不動産屋としては、よくある話だ」


 私はノートの最後に、もう一行だけ書きました。


 ――嘘は、関係者が増えるほど、法律になる。


 窓の外は、すっかり夕暮れになっていました。


 土地は、そこに黙ってあるだけです。


 売った、買った。名義だけだ。戻すつもりだった。本当は売る気なんてなかった。


 そんなことを言っているのは、いつも人間の方です。


 そして法律は、その人間たちの言い分を聞きながら、


「では、その嘘を誰に対して主張できるのか」


 と、冷静に線を引いていきます。


 私はノートを閉じました。


 冗談で言った言葉でも、法律の世界では冗談で済まないこと。


 相手と手を組んだ嘘は、もっと遠くまで影響すること。


 そしてもう一つ。


 法律の勉強は、条文を覚えるだけではない。


 その条文が、誰を守り、誰を守らず、なぜそうなっているのか。


 そこまで分かった時、ただの数字だった「94条2項」が、急に人間の顔を持ちはじめます。


「栞」


「はい?」


「帰らないのか」


「あ、はい」


 私は慌ててノートを鞄にしまいました。


 真壁さんが笑います。


「また勉強か?」


「はい」


「仕事もちゃんと覚えろよ」


「もちろんです」


「宅建ばっかりやってると、不動産屋なのか受験生なのか分からなくなるぞ」


「大丈夫です」


 私は胸を張りました。


「両方です」


「欲張りだな、お前」


 所長が小さく笑いました。


 事務所の明かりを消す。


 外へ出ると、昼間より少しだけ涼しい風が吹いていました。


 今日も一つ、覚えました。


 ――通謀虚偽表示。


 共犯の嘘。


 そして、その嘘は。


 当事者二人だけで終わるとは、限らない。


 だからこそ。


 「名義だけだから大丈夫」


 という言葉を聞いたら。


 私は、たぶんこれからも、真っ先にこう思うでしょう。


 ――いや。それ、いちばん危ないやつです。

 以下に私の作品へのリンク貼ってます。是非、手に取って頂ければと思います。また、ついでに評価ブックマーク頂ければ幸いです。


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