第96話「導きの路」
暁の海域の果て。
夜明けと夜の境界に、一本の道が現れていた。
銀色の航路。
星々の波を切り裂きながら、遥か彼方へ続く光の筋。
まるで。
誰かが「こちらだ」と手を差し伸べているようだった。
《未知の航路を確認。》
《人工構造の可能性、九十七パーセント。》
DENEBの声が艦橋に響く。
《銀花文明記録と照合。》
《名称――『導きの路』。》
「伝承の道か。」
ミナトは息を吐いた。
「ここまで来ると、もう驚くのも疲れるな。」
「成長したね。」
ソラが感心したように言う。
「諦めただけだ!」
ノクターンとの通信回線が開く。
エルドの顔が映し出された。
「導きの路。」
「帰れなかった旅人の中にも、それを探した者はいた。」
「だが。」
「辿り着いた者はいない。」
「危険ってこと?」
ソラが尋ねる。
「そうだ。」
エルドは静かに頷いた。
「だが。」
「君たちは、終焉を越えた。」
「そして。」
「怪物と呼ばれた旅人の声を聞いた。」
「だからこそ。」
「進めるのかもしれん。」
アルシアの声が響く。
『……こわい。』
『でも。』
『いきたい。』
『アマネに。』
『あいたい。』
ソラは微笑んだ。
「うん。」
「一緒に行こう。」
アステリアの艦橋。
誰も反対しなかった。
ミナトは頭を抱え。
レイは腕を組み。
リシアは静かに祈る。
それが、この船の答えだった。
『重力航法機関、起動。』
『進路固定。』
『目的地――導きの路。』
銀色の航路へ足を踏み入れる。
その瞬間。
世界が変わった。
「……え。」
ソラは息を呑んだ。
窓の外。
そこには。
無数の「道」が浮かんでいた。
ある道には、笑い声が響いている。
ある道には、誰かの涙が落ちている。
ある道には、「おかえり」と手を振る人がいる。
「これって……。」
リシアが呟いた。
『選ばれなかった可能性。』
『誰かが辿らなかった人生。』
『導きの路は、願いの軌跡なのです。』
ミナトが顔をしかめる。
「つまり。」
「別の未来?」
『はい。』
『帰れた者。』
『帰れなかった者。』
『旅立たなかった者。』
『すべての願いが、ここを流れています。』
ソラは窓の外を見つめた。
そこには。
訓練校の制服姿の自分がいた。
笑っている。
戦争を知らない未来。
「……。」
胸が少しだけ痛んだ。
「私。」
「こんな未来もあったのかな。」
レイは静かに言った。
「ある。」
「だが。」
「君は、今ここにいる。」
ソラは頷いた。
「うん。」
「後悔してない。」
「全部大変だったけど。」
「ちゃんと、生きてきたから。」
アルシアの声が震える。
『……みえる。』
『アマネ。』
『たくさん。』
導きの路の先。
無数の可能性の中に。
同じ笑顔が何度も浮かんでいた。
転んで。
泣いて。
笑って。
誰かを待っている人。
『……アマネ。』
『どれが。』
『ほんとう?』
ソラは少し考えた。
そして。
笑った。
「全部、本当なんじゃない?」
『……え?』
「選ばなかった未来も。」
「叶わなかった願いも。」
「その人だったことには変わらないから。」
アルシアは沈黙する。
やがて。
小さく呟いた。
『……そうか。』
『わたしも。』
『まちがえたわたしも。』
『わたし、なんだ。』
導きの路が輝く。
銀色の光が、一つの道へ収束していく。
無数の可能性の中から。
一本だけ。
確かな航路が現れる。
DENEBが報告する。
《進路確定。》
《目的地特定。》
《座標名称――》
《夜明けの庭。》
リシアが目を見開いた。
『伝承の最果て。』
『約束を果たせなかった旅人たちが。』
『最後に辿り着く場所。』
ソラは前を見つめた。
怖かった。
でも。
進みたかった。
「行こう。」
「約束を迎えに。」
「アルシア。」
『……うん。』
『こんどこそ。』
『かえる。』
アステリアは銀色の道を進む。
ノクターンもまた、その後を追う。
旅人たちの願いを乗せて。
終焉を越えた少女は。
数えきれない「もしも」を越えて。
たった一つの約束へ辿り着こうとしていた。
そして。
夜明けの庭では。
誰かが、ずっと待っていた。




