第84話「花の都」
アステリアは、ゆっくりと降下していた。
銀色の花弁が幾重にも重なり合い、その中央に広がる巨大な都市へ向かって。
そこは都市だった。
だが、人類の知るどの都市とも違っていた。
「……すごい。」
ソラは窓に額をつけた。
銀花文明の都市――花の都。
建物に直線はほとんど存在しない。
花弁のような曲線。
蔓のように空へ伸びる塔。
透明な水路を流れる青い光。
空中を漂う種子のような乗り物。
まるで、生きている庭園だった。
ミナトは興奮した声で端末を叩く。
「構造材が分からない!」
「植物でも金属でもない!」
「自己修復反応を確認!」
「うわぁ……!」
ソラは笑った。
「楽しそう。」
「当然だ!」
「未知の文明だぞ!?」
「さっきまで警戒してたのに。」
「それとこれとは別だ!」
レイは窓の外を見つめていた。
「……静かだな。」
確かにそうだった。
市場の喧騒も。
工場の騒音もない。
それなのに。
街には確かな生活の気配があった。
『歓迎します。』
銀花の案内役が現れた。
人型だった。
だが、人間とは違う。
透き通る銀の身体。
瞳の代わりに、青い花弁の光。
歩くたびに、小さな光の粒が舞う。
『私はリシア。』
『銀花の案内役です。』
『どうぞ。』
『花の都へ。』
「よろしく。」
ソラは自然に手を差し出した。
リシアは少し首を傾げる。
『それは。』
「あ。」
「握手。」
『……握手。』
ぎこちなく、銀の手が重なる。
冷たい。
けれど、どこか優しかった。
『これは。』
『温かい習慣ですね。』
リシアは静かに言った。
ソラは笑った。
「うん。」
「仲良くなりたいときにするんだ。」
花の都を歩く。
道の脇には光る花。
水路には、小さな銀花の子どもたちが浮かぶ種子を追いかけていた。
その笑い声は、風鈴の音のようだった。
「……普通だ。」
ソラはぽつりと言った。
「何がだ。」
レイが聞く。
「未知の文明って。」
「もっと怖いと思ってた。」
「でも。」
子どもたちを見る。
「ちゃんと笑うんだね。」
リシアは振り返る。
『笑う。』
『悲しむ。』
『失う。』
『それは銀花も同じです。』
「失う?」
『はい。』
リシアは空を見上げた。
『私たちは記録します。』
『しかし、すべてを残せるわけではありません。』
『種も散ります。』
『花も枯れます。』
『それでも、また咲きます。』
ソラは静かに頷いた。
「そっか。」
「一緒だ。」
花の都の中央広場。
そこには巨大な一本の樹があった。
銀色の幹。
青く輝く葉。
星のような実。
その枝は都市全体を包み込むように広がっている。
『記憶樹。』
リシアが説明する。
『銀花文明の中心です。』
『私たちの記録。』
『私たちの祈り。』
『私たちの歴史。』
ミナトは息を呑んだ。
「この規模の情報保存体……。」
「文明そのものだ。」
ソラは樹を見上げた。
「きれい。」
そして。
ふと思った。
「この樹にも。」
「悲しい記憶、あるのかな。」
『あります。』
リシアは即答した。
『消えた花。』
『帰らなかった旅人。』
『救えなかった文明。』
『忘れたくない痛み。』
『たくさんあります。』
「……そっか。」
ソラは樹の幹に触れた。
ほんのり温かい。
まるで鼓動のようだった。
『ですが。』
リシアは続けた。
『痛みだけではありません。』
『笑った日。』
『愛した人。』
『おかえり。』
『また明日。』
『それらも、ここにあります。』
ソラは目を見開いた。
「また明日……。」
そして。
少し泣きそうになりながら笑った。
「いいね。」
「その記録。」
風が吹いた。
銀色の花びらが舞う。
花の都は静かだった。
けれど。
その静けさの中には、たくさんの命の音があった。
終焉を越えた少女は、新たな文明と出会う。
そこにあったのは。
驚異ではなく。
恐怖でもなく。
失うことを知りながら、それでも咲き続ける優しさだった。
そして。
記憶樹のさらに奥。
誰にも見えない枝の先で。
青い実がひとつ、静かに光る。
まるで。
アマミヤ・ソラを待っていたかのように。




