第83話「銀花文明」
「ようこそ。」
銀色の花は、そう言った。
宇宙空間に咲く巨大な花弁。
その一枚一枚は都市ほどの大きさを持ち、青い光脈が静かに脈打っている。
敵意は感じられない。
だが、その存在感は圧倒的だった。
艦橋は静まり返っていた。
誰もがモニターに映る銀花を見つめている。
「……本当に、未知文明なのか。」
ミナトが呟く。
DENEBが答える。
《既知データとの一致なし》
《推定文明年齢:測定不能》
《技術体系:解析不能》
「測定不能って。」
「つまり。」
レイが低く言った。
「創造主以前か、それに匹敵する。」
沈黙。
そして。
ソラは一歩前へ出た。
「通信、続ける。」
「危険だ。」
「うん。」
ソラは頷く。
「でも。」
「怖いからやめるなら、ここまで来た意味ない。」
銀色の花は静かに揺れる。
『恐れているのですね。』
「うん。」
ソラは素直に答えた。
「でも、知りたい。」
『それは美しい矛盾です。』
「あなたたちは何者?」
ソラが尋ねる。
しばらくの沈黙。
そして。
『私たちは銀花。』
『宇宙の余白に根を張る観測種族。』
『終わりゆく文明の記憶を継ぎ。』
『生まれゆく文明へ種を渡す者。』
「種?」
『可能性です。』
銀花の花弁が開く。
その内側には無数の光。
失われた文明の記録。
歌。
絵画。
数学。
祈り。
笑い声。
愛の言葉。
『私たちは保存します。』
『しかし管理はしません。』
『終わりを選びません。』
『始まりを強制しません。』
ソラは息を呑んだ。
「創造主と違う。」
『はい。』
『私たちは観測するだけです。』
『咲き、散り、また咲く。』
ミナトが呟く。
「記録文明……。」
レイは目を細める。
「だが干渉しない。」
『あなたたちは珍しい。』
銀花が言う。
『終焉を止めた。』
『創造主と対話した。』
『そして帰還を選んだ。』
『なぜですか。』
ソラは少し考えた。
「帰りたかったから。」
『それだけですか?』
「うん。」
「ご飯食べたかったし。」
「おかえりって言われたかったし。」
「また明日って言いたかった。」
艦橋に沈黙が落ちる。
ミナトが頭を抱えた。
「宇宙規模の存在に対する答えがそれか……。」
レイが小さく笑う。
「ソラらしい。」
銀花は静かに揺れた。
『理解不能。』
『しかし。』
『美しい。』
銀色の花弁がさらに開く。
その奥には都市があった。
花の上に築かれた庭園。
水路。
光る樹木。
子どもたちのような小さな銀花存在。
笑い声に似た振動。
『訪れますか。』
『アマミヤ・ソラ。』
『人類。』
『銀花文明へ。』
ソラは振り返る。
ミナト。
レイ。
艦橋の仲間たち。
みんな少し緊張している。
少し怖がっている。
でも。
誰の目にも、好奇心があった。
「……どうする?」
ソラが聞く。
ミナトはため息をついた。
「責任者としては断るべきだ。」
「でも。」
少し笑う。
「科学者としては、絶対行きたい。」
レイは短く答えた。
「行く。」
「理由は?」
「続きを見るためだ。」
ソラは笑った。
「決まりだね。」
そして銀花へ向き直る。
「行きます。」
「はじめまして。」
「よろしくお願いします。」
銀花は静かに光った。
『歓迎します。』
『終焉を越えた者たち。』
『ようこそ。』
『銀花文明へ。』
アステリアは、ゆっくりと銀花の庭園へ降下を始める。
戦場ではない。
未知との出会いのために。
恐れと希望を抱えたまま。
終焉を越えた先に待っていたのは。
新たな敵ではなく。
新たな友だった。
そして人類は知る。
宇宙は広い。
悲しみだけではなく。
優しさもまた、無限に広がっているのだと。




