第81話「旅立ちの朝」
火星の朝は、少しだけ騒がしかった。
復興工事の作業音。
通学シャトルのエンジン音。
市場に並ぶ人々の笑い声。
終焉戦争から半年。
宇宙は、確かに「日常」を取り戻しつつあった。
「遅い!!」
「うわああああっ!」
ソラは食堂へ飛び込んだ。
「寝坊したぁぁ!」
ミナトは新聞端末を叩きつける。
「旅立ちの日にまで寝坊するな!」
「だって目覚ましが……!」
「五個セットしただろうが!」
「全部止めた!」
「無意識で止めるな!」
レイはコーヒーを飲みながら言った。
「通常運転だな。」
「フォローしてよ!」
「事実だ。」
「ひどい!」
今日は特別な日だった。
銀河外縁新探査計画。
その第一便が出発する日。
戦うためではない。
未知を知るための旅。
人類が再び「前へ進む」ための第一歩。
火星宇宙港。
巨大な発進ドックには、新型探査艦が停泊していた。
その名は――
《アステリア》
全長一・二キロ。
最新の重力航法機関を搭載した、人類史上初の本格深宇宙探査艦。
船体には、復興を支えたすべての星系の紋章が刻まれている。
「……きれい。」
ソラは見上げた。
戦艦とは違う。
武装も最低限。
人を運び。
知識を持ち帰るための船。
未来そのものだった。
SPICA第三小隊の少年たちが駆け寄る。
「先輩!」
「本当に行くんですね!」
「うん。」
ソラは笑った。
「今度は、戦争じゃないから。」
「探検だよ。」
「でも。」
少年は少し寂しそうに言った。
「また危ないことしそう。」
「えー?」
「しますよね。」
「するな。」
レイが即答した。
「するかも。」
「ほら!」
宇宙港の広場には、多くの人々が集まっていた。
復興作業員。
避難民だった家族。
艦隊の生き残り。
子どもたち。
誰もが、新しい旅立ちを見送るために来ていた。
ミナトが腕を組む。
「探査計画責任者として言っておく。」
「無茶はするな。」
「努力する。」
「絶対する顔だな。」
「そんなことないよ。」
「お前の『そんなことない』は信用できない。」
ソラは笑った。
そして、少しだけ真面目な顔になる。
「ねえ。」
「ん?」
「私さ。」
宇宙港の向こうに広がる空を見る。
「怖いんだ。」
レイは黙って聞く。
「終焉の向こう側を見た。」
「創造主にも会った。」
「でも。」
「新しい宇宙も、やっぱり怖い。」
沈黙。
そしてレイは言った。
「当然だ。」
「え?」
「怖くないなら、前へ進む意味がない。」
「……そっか。」
「怖くても進め。」
「君は、それができる。」
ソラは小さく笑った。
「ありがと。」
搭乗案内が流れる。
『アステリア発進準備、開始します』
『探査隊員は搭乗してください』
人々が手を振る。
「行ってらっしゃい!」
「気をつけて!」
「お土産よろしく!」
「宇宙人いたら教えてー!」
ソラはタラップの前で立ち止まった。
振り返る。
火星の空。
人々の笑顔。
帰ってきた場所。
守った未来。
「……行ってきます。」
小さく頭を下げた。
ミナトは背を向けたまま手を振る。
「帰ってこい。」
「うん。」
レイは静かに言った。
「また明日だ。」
「うん。」
ソラはアステリアへ乗り込む。
探査艦の窓から見える火星は、美しかった。
発進。
重力航法機関、起動。
カウントダウン。
十。
九。
八。
ソラは深く息を吸った。
そして、笑った。
「行こう。」
「トップを越えた、その先へ。」
三。
二。
一。
アステリアは火星を離れる。
戦場ではなく。
希望へ向かって。
未知へ向かって。
未来へ向かって。
終焉を越えた少女は、再び宇宙へ旅立った。
今度は守るためではない。
知るために。
出会うために。
生きるために。
そして、銀河の果てには。
まだ誰も知らない空が広がっている。




