第79話「平和の代償」
戦争が終われば、平和が訪れる。
誰もがそう願っていた。
だが、本当の平和とは。
失われたものの上に立ちながら、それでも生きていくことだった。
終焉戦争終結から一か月。
火星都市アルカディア。
ソラは訓練校の食堂で、ぼんやりと窓の外を見ていた。
「……静かだなぁ。」
かつては出撃警報が鳴り響き、人々が駆け回っていた場所。
今は、食器の音と笑い声だけが聞こえる。
「平和だからな。」
レイが向かいの席に座る。
「でも。」
ソラはフォークをくるくる回した。
「なんか変な感じ。」
「何がだ。」
「宇宙は助かったのに。」
「みんな、笑ってるのに。」
「……寂しい。」
ミナトがトレイを持って現れる。
「当然だ。」
「戦争は終わった。」
「でも、失ったものまで戻るわけじゃない。」
彼は珍しく静かな声だった。
「平和ってのは、元通りになることじゃない。」
「傷ついたまま続くことだ。」
ソラは小さく頷いた。
「そっか。」
食堂の大型モニターではニュースが流れている。
『終焉戦争復興会議』
『外縁植民地再建計画』
『戦災孤児支援基金設立』
『失われた星系移民受け入れ開始』
戦争は終わった。
だが、復興は始まったばかりだった。
「アマミヤ先輩!」
SPICA第三小隊の少年たちが駆け寄る。
「僕たち、復興支援に行くんです!」
「木星圏の軌道エレベーター再建!」
「俺は避難民学校の手伝い!」
ソラは驚いた。
「え、戦わないの?」
少年は笑った。
「今度は守る番じゃなくて、作る番です。」
その言葉に、ソラは少しだけ目を見開いた。
そして。
「……そっか。」
笑った。
「いいね。」
火星の街は変わっていた。
戦争記念碑。
義肢技術センター。
新しい住宅区。
失われた星々から来た人々の居住区。
あちこちに傷跡がある。
でも、その隣には花壇があった。
子どもたちの笑い声があった。
「平和の代償か。」
レイが呟く。
「安くはない。」
「うん。」
ソラは頷いた。
「高すぎるくらい。」
その夜。
ソラは慰霊公園を訪れた。
夜空を見上げる。
人工気象の向こうに、星が瞬いていた。
守れた星。
守れなかった星。
全部、同じ空の中にある。
「ねえ。」
ソラは誰にともなく話しかけた。
「私、ちゃんとやれてるかな。」
風が吹く。
返事はない。
でも。
静かな星の光が、優しく揺れた。
「……まあ。」
少し笑う。
「悩みながらでいっか。」
帰り道。
子どもたちが駆けていく。
「GFごっこしようぜ!」
「俺、COSMOSやる!」
「じゃあ僕はSPICA!」
「私はソラ!」
ソラは思わず吹き出した。
「えぇ……。」
「人気者だな。」
レイが淡々と言う。
「恥ずかしい!」
「受け入れろ。」
ソラは空を見上げた。
平和は、綺麗なものじゃない。
涙もある。
後悔もある。
喪失もある。
それでも。
誰かが笑っている。
誰かが明日を作っている。
「……悪くないね。」
「何がだ。」
「続き。」
終焉を越えた先にあったのは。
完璧な世界ではなかった。
傷だらけの平和。
不完全な未来。
それでも。
人々は生きていく。
アマミヤ・ソラは歩き出す。
英雄ではなく。
ただの一人の少女として。
明日へ。
そして、人類は知る。
平和とは、戦いの終わりではない。
失ったものを抱えながら。
それでも、誰かのために笑える強さなのだと。




