第77話「英雄の帰還」
歓声が聞こえた。
遠く。
近く。
泣き声と笑い声が混ざった、騒がしい音。
アマミヤ・ソラは、ゆっくりと目を開いた。
白い天井。
消毒液の匂い。
規則正しい電子音。
「……ここ。」
ぼんやりとした声が漏れる。
「医務室だ。」
聞き慣れた声。
レイだった。
「……生きてる?」
「残念ながらな。」
「その言い方ひどくない?」
「君らしい。」
ソラはゆっくりと身体を起こそうとして、すぐに顔をしかめた。
「いたたたた……。」
「三日寝ていた。」
「三日!?」
「正確には七十二時間二十八分だ。」
「細かい!」
病室の扉が勢いよく開いた。
「起きたか、この問題児ぃぃぃ!!」
「うわっ!」
ミナトだった。
目の下には濃い隈。
白衣はしわだらけ。
明らかに寝ていない。
「どれだけ心配させれば気が済むんだ!」
「ご、ごめん。」
「謝って済むか!」
「でも。」
ソラは少し笑った。
「迎えに来てくれてありがとう。」
ミナトは何か言い返そうとして。
結局。
顔を背けた。
「……当然だ。」
「帰ってこいって言っただろ。」
病室の外が騒がしい。
ざわめき。
歓声。
誰かの泣き声。
「何?」
ソラが尋ねる。
レイが窓のカーテンを開いた。
「見ろ。」
そこには。
火星都市の空港広場を埋め尽くす人々がいた。
何万人。
いや、何十万人。
人々は空を見上げている。
旗を振り。
泣きながら。
笑いながら。
大型モニターには、こう表示されていた。
『終焉戦争終結記念式典』
「え。」
「えええええええ!?」
ソラは青ざめた。
「な、なんで!?」
「主役だからだ。」
レイが淡々と言う。
「嫌だよ!?」
「逃げるか?」
「逃げる!」
「無理だ。」
病室の扉がまた開いた。
今度はSPICA第三小隊の少年たちだった。
「アマミヤ先輩!」
「うわ、本物だ!」
「生きてたぁぁぁ!」
ソラは笑った。
「みんな。」
少年は泣きそうな顔で言う。
「約束、守りました。」
「死なないって。」
ソラは頷いた。
「うん。」
「ありがとう。」
火星。
木星。
土星。
外縁植民地。
銀河中から祝福の通信が届く。
「こちら木星艦隊!」
「土星リング隊です!」
「外縁義勇軍、帰還を歓迎します!」
英雄。
そう呼ばれる声もあった。
だが。
ソラは少し困ったように笑った。
「英雄って感じしないなぁ。」
レイが答える。
「実際、そういう人間ではない。」
「ひどい。」
「ただ。」
少し間を置いて。
「帰ってきた。」
「それだけで十分だ。」
ソラは窓の外を見た。
たくさんの人。
守れた未来。
失ったものもある。
消えた星もある。
傷ついた宇宙もある。
でも。
続いている。
「……ねえ。」
「なんだ。」
「私。」
「トップを越えられたかな。」
レイは静かに考えた。
そして。
「まだだ。」
ソラは頬を膨らませる。
「えぇー。」
「君は続きを選んだ。」
「だから、越えるのはこれからだ。」
ソラは少し考えて。
笑った。
「そっか。」
「じゃあ。」
病室のベッドから立ち上がる。
「まずは。」
「ご飯食べたい。」
ミナトが呆れた。
「第一声がそれか。」
「だって。」
ソラは笑う。
「生きて帰ったら、ご飯食べたかったし。」
病室の外では、歓声が鳴り響く。
「おかえり!」
「ありがとう!」
「おめでとう!」
アマミヤ・ソラは、窓の外へ向かって小さく手を振った。
そして。
少し照れくさそうに。
でも確かに。
笑って言った。
「ただいま。」
無数の声が返ってくる。
「おかえり!!」
終焉を越えた少女は。
ようやく日常へ帰ってきた。
英雄としてではなく。
ひとりの人間として。
笑って。
泣いて。
明日を迎えるために。




