第75話「おかえり」
帰還不能宙域。
終焉と創生の狭間。
宇宙の外側に存在する、誰も帰ったことのない場所。
その中心で。
GF-Ω INFINITYは、静かに崩れ始めていた。
創生炉固定錨、起動。
白銀の装甲に走る亀裂。
巨大な重力環が、ひとつ、またひとつと光を失う。
神機は、自らを道へ変えていた。
ミナトの声が震える。
「創生炉出力、減少。」
「INFINITYの構造維持、限界まで残り二百十七秒。」
DENEBが続ける。
「帰還座標、固定開始。」
「現在宇宙との接続率、二十七パーセント。」
ソラは白い空間に立っていた。
「二百十七秒かぁ。」
笑う。
「意外とあるね。」
レイが呆れたように言う。
「短い。」
「そうとも言う。」
GF-Ω INFINITYが歩き出す。
一歩。
また一歩。
そのたびに装甲が光へ変わっていく。
銀河を救った巨神は、自らを削りながら帰り道を作っていた。
その時。
通信が入った。
雑音だらけの回線。
けれど、聞き慣れた声。
「こちら火星圏防衛隊!」
「聞こえるか、アマミヤ先輩!」
ソラは息を呑んだ。
「……聞こえる。」
次々と回線が開く。
「木星艦隊、応答確認!」
「土星リング機動隊、帰還誘導開始!」
「SPICA第三小隊、生きてます!」
「外縁義勇軍、迎えに行きます!」
ソラは笑った。
そして、泣いた。
「……みんな。」
「生きてた。」
ミナトの声も混じる。
「当たり前だ!」
「勝手に一人で終わるな!」
ソラは涙を拭う。
「ごめん。」
「本当にだ。」
「帰ってこい。」
「うん。」
帰還率、四十パーセント。
INFINITYの右腕が崩れる。
白銀の粒子となって、道を繋ぐ。
レイが静かに言った。
「後悔はあるか。」
ソラは考えた。
火星の夕焼け。
訓練校。
戦場。
負けた日。
泣いた夜。
笑った朝。
「ある。」
「いっぱいある。」
少し笑う。
「でも。」
「それが人間だから。」
帰還率、六十パーセント。
INFINITYの左翼が消える。
創生炉の光が弱まる。
白い真核が語りかける。
《観測記録》
《新項目を追加》
《帰還》
ソラは頷く。
「うん。」
「終わったら帰るんだよ。」
《理解開始》
帰還率、八十パーセント。
INFINITYの下半身が光へ変わる。
残るのは上半身と創生炉。
ソラは機体を見上げた。
「ありがとう。」
「一緒に越えてくれて。」
創生炉が静かに脈打った。
まるで「こちらこそ」と答えるように。
帰還率、九十五パーセント。
前方に光が見えた。
銀河。
星々。
人類の宇宙。
帰る場所。
「見えた!」
DENEBが叫ぶ。
「帰還ゲート、形成!」
ミナトの声が裏返る。
「間に合え!」
その瞬間。
創生炉の出力が急落する。
帰還率、九十八パーセント。
九十九。
停止。
ミナトが絶叫した。
「足りない!!」
あと少し。
ほんの少し。
だが、道は途切れようとしていた。
ソラは静かに前を見た。
「大丈夫。」
レイが問う。
「何をする。」
ソラは笑った。
「最後の一歩くらい。」
「自分で歩く。」
光になりかけた足で。
アマミヤ・ソラは前へ踏み出した。
INFINITYの残された創生炉が、最後の火を灯す。
「帰ろう。」
「みんな。」
白銀の巨神は、最後の光を放った。
そして。
少女は。
人類の宇宙へと、手を伸ばした。
その先に待つのは。
歓声か。
涙か。
それとも――。
「おかえり。」
誰かの声が聞こえた気がした。




