第74話「帰還不能宙域」
終焉工程は停止した。
VOID ARCHITECTは観測を選び、終わりを保留した。
宇宙は救われた。
少なくとも、今この瞬間だけは。
だが――。
「帰れない。」
最初にそれに気づいたのは、DENEBだった。
「GF-Ω INFINITYの座標固定に異常。」
「現在位置……」
「……観測不能。」
ミナトが凍りつく。
「は?」
「宇宙創造領域からの帰還航路が存在しません。」
ソラは瞬きをした。
「え?」
「つまり?」
DENEBは震える声で答えた。
「ここは……帰還不能宙域です。」
静寂。
先ほどまで希望に満ちていた通信回線が凍りついた。
レイが低く問う。
「原因は。」
ミナトが答える。
「オメガ・フォールド。」
「宇宙構造を折った影響で、INFINITYの帰路そのものが消失してる。」
ソラは少し考えた。
「……帰れない?」
「はい。」
「地球に?」
「はい。」
「みんなのところに?」
「……。」
DENEBは答えられなかった。
GF-Ω INFINITYの周囲には、静かな光の海が広がっていた。
終焉の向こう側。
始まりの外側。
ここには星もない。
時間も曖昧だ。
宇宙ですらない場所。
ソラは小さく笑った。
「そっか。」
「じゃあ、宇宙は助かったんだね。」
ミナトが叫ぶ。
「そんな場合じゃない!」
「お前は帰れないんだぞ!」
沈黙。
ソラは目を閉じた。
思い浮かぶのは。
火星の赤い空。
訓練校の廊下。
食堂の味気ない食事。
SPICAの少年たち。
艦隊の仲間たち。
ミナトの怒鳴り声。
レイのぶっきらぼうな優しさ。
「……帰りたいな。」
ぽつりと呟く。
レイが言った。
「帰る。」
「え?」
「帰還方法を探す。」
「それまでは終わりではない。」
ソラは笑った。
「レイらしい。」
その時。
白い真核が静かに語りかけた。
《観測提案》
《帰還不能宙域は、終焉と創生の狭間》
《出口は存在する》
ミナトが叫ぶ。
「本当か!?」
《ただし》
《代償を要する》
ソラは顔を上げた。
「代償?」
《GF-Ω INFINITYの創生炉》
《現在宇宙への固定錨として消費》
《使用後、Ω機能の永久喪失》
静寂。
GF-Ω INFINITY。
人類最後の神機。
宇宙創生炉。
それを失えば。
二度と同じ奇跡は起こせない。
ミナトが呟く。
「INFINITYを失えば……。」
レイが続ける。
「次はない。」
ソラは白銀の巨神を見上げた。
ここまで一緒に戦った機体。
宇宙を越えた翼。
終焉を止めた拳。
そして。
みんなを繋いだ光。
「……ごめんね。」
ソラはそっと呟いた。
「帰りたい。」
「また、明日って言いたい。」
「だから。」
INFINITYの装甲に触れる。
「一緒に帰ろう。」
創生炉が静かに脈打った。
まるで答えるように。
VOID ARCHITECTが言う。
《観測継続》
《選択を記録する》
《終焉より帰還を選ぶか》
ソラは笑った。
「うん。」
「せっかく助かったんだから。」
「帰って、ご飯食べたい。」
レイが、ほんのわずかに笑った。
「……本当にそれだけか。」
「あと。」
ソラは少し照れながら言う。
「みんなに、おかえりって言われたい。」
帰還不能宙域。
そこは終わりの外側であり。
始まりへ戻るための最後の試練だった。
GF-Ω INFINITYの創生炉が、帰還錨として起動を始める。
白銀の装甲に、細かな亀裂が走る。
神機は、自らを燃料として宇宙へ道を刻もうとしていた。
ソラは前を見た。
「帰ろう。」
「トップを越えた、その先へ。」
終焉を越えた少女は。
今度は「帰る」という、もっとも人間らしい願いのために戦う。




