金のなる木の侯爵家。
そうして、ピアは侯爵家に仕え始めた。
やってみると、仕事内容も覚えることは多いものの、体力的な面で言えば家事や農作業、力仕事に比べれば遥かに楽である。
そして侯爵家に行くまで知らなかったけれど、どうやらピア自身は物覚えもよく、しかも他の行儀見習いに比べてよく気がつくタイプだったようで、侯爵一家に気に入って貰えた。
ただ、やっぱり教養的なところはあんまりだったので、側付きへの格上げがない小間使いみたいなものだったけれど、何も問題はなかった。
侯爵一家に気に入られたことで、多少は他の貴族令嬢のやっかみなどもあったけれど、どうでも良い。
―――大事なのはお金! そして、どうやったら私自身、ちょっとは見栄えがよく見えるか、よ!
侯爵令嬢の振る舞いや、教えてくれる色々なことが殿方の目を射止める役に立ちそうで、熱心に学んでそれなりにはなった……と自分では思っていた。
そうしてある日、侯爵家主催のパーティーで、一人の伯爵様につくことになったのだ。
侯爵家にはかなりの数の侍女がいて、礼儀礼節がそれなりにある貴族令嬢も多い。
多くは、こういう時の為に雇われていて、教育の対価に接待を行うのだ。
いかがわしい意味ではなく、本来の意味での接待である。
そこで恙無く賓客にパーティーの間お過ごしいただければ役目を果たせた、と言えるし、万一、他家の令息などに見染められてもいいのだ。
ピアは気合いが入っていたが、それは単に『仕事が出来ると認められたい』という意味合いだった。
―――玉の輿みたいな高望みはしないわ!
ここを『出会いの場』などと考えていては、本来の仕事が疎かになるかもしれず、そうなると積み上げてきた信頼が無意味になってしまう。
しかもどうやら、ピアは本当に侯爵一家のお気に入りになっていたらしく、お相手はめちゃくちゃ裕福で美形でしかも才能がある、若くして爵位を継いだという伯爵様だった。
どう考えてもオトすのは無謀なレベルの相手で、そもそも高位貴族が貧乏男爵家の娘を娶るなど、正直あり得ない話だ。
なのでピアは、大人しくお役目に徹するつもりだった。
侯爵家では一つルールを設けており、パーティーの際には使用人や侍女はヴェールで顔を隠すように言われている。
見目が良すぎて、無理に言い寄られる使用人や侍女が昔多かったのが、その理由らしい。
平民ならまだいい、という風潮はあったものの、問題は行儀見習いとして侯爵家が預かっている貴族令嬢にまでそういうことがあったので、設けられたルールらしかった。
化粧などがまだまだ上手ではない上に無駄に使いたくないピアにとっては、非常にありがたい話でもあり、当然、ヴェールを身につけて伯爵様の元に向かった。
※※※
「本日は、私がメズエル・フォルト卿の側に控えさせていただきます。どうぞ何なりとお申し付け下さい」
ピアは、そう口にして相手に頭を下げた。
侍女が来賓に対して自分の名を口にするのも禁止なので、そうした定型の名乗りが用意されているのだ。
「ああ、宜しく頼む」
そうフォルト卿が答えた時に、ピアは思った。
―――声が良いわね。
程よく低く、静かなのによく通る声である。
間近に見たフォルト卿は噂に偽りなく、銀髪に紫の瞳、白く抜けるような肌を備え、一部の隙もない整った顔立ちをしていた。
元々南部にある領地の生まれで、黒髪黒目に浅黒い肌、さらに日焼けもしているピアとは対照的な『王都近くに住む高位貴族様』のイメージそのままの人物である。
ただ、あまりにも美形過ぎる上に表情が豊かな方ではないようで、少し冷たい印象も受けた。
今回のパーティーの形式は、庭や大広間を自由に動き回れる立食パーティー。
夜会である為、庭にも室内にも煌々と魔導灯の光が灯っている。
「私の発言については、如何いたしましょう?」
ピアがそう問いかけると、フォルト卿は軽く眉を動かした。
「どういう意図での問いかけか、教えて貰っても?」
「はい。あまり頻繁に、こちらからお飲み物やお食事、行動について提案されるのが煩わしい、と思われる殿方も多くいらっしゃいます。フォルト卿が気分よくお過ごしいただけるように振る舞うのが、私の務めですので」
彼はもしかしたらあまり人と話すのが好きではないのでは、と考えたので、ピアがそう口にすると……ふっと、フォルト卿が笑みを浮かべた。
そうすると、途端に印象が柔らかくなって、ピアは面食らう。
「確かに、あまり話しかけられるのは好きではない。が、そうしたことを訊いてきた者は初めてだ」
「恐縮でございます」
「その問いかけだけで君が非常に聡明な人物であることは分かる。どのように歓待して貰えるのか興味が湧いたので、必要だと思うことを伝えてくれ」
「承りました」
ピアは褒められたのが少し嬉しかったので、ますます気合を入れた。
能力を認められるのは、やる気が出るのである。
「フォルト卿は、食事はどのようなものを好まれますか? もし好きなもの、苦手なものがございましたら、それを踏まえてお持ち致します」
「食事に関して、好き嫌いは特にない」
そう言われたので、「では、少々お待ち下さい」と一旦その場を辞して、手早く料理を皿に盛り付ける。
質素な食事でも見栄えが良ければ美味しく見える、と、侍女と共に創意工夫を凝らしてきたピアである。
侯爵家が用意した満載の料理を使えるのであれば、彩りよく、バランス良く、素晴らしく食欲をそそるお皿を用意するなど簡単なことだった。
「こちらをどうぞ」
「……素晴らしい手並みだな。君は貴族令嬢だろう?」
「申し訳ございません。詮索にお答えすることは、ご当主様のご意向で禁じられておりまして」
「ああ、そうか。それは申し訳ない」
笑みこそ先ほどの一回しか浮かべていないフォルト卿だったが、その言葉にピアは意外さを覚えた。
―――この人、非を認めて謝れるのね。
こう言われて気分を害する方も男女問わず多い中、それを『自分の非である』と感じられるのなら、人の気持ちに聡い方なのだろう。
しかも、貴族令嬢と感じている様子とはいえ、侍女が相手である。
―――そりゃモテるわよね。
顔良し、家柄良し、才能良し、性格良し、その上裕福。
五物も与えるとは、天はこの方を随分贔屓にしているようだ。
それからも、ピアはフォルト卿の動向に注意した。
すると様々な方と歓談しながらも、どうやらご当主様の方を気になさっている。
が、流石に主催なので人が入れ替わり立ち替わり話しかけていて、フォルト卿も男女問わず話しかけられて、中々人が途切れずタイミングが合わないようだ。
「ご当主様に何かご用事があれば、承りますが」
「……いや」
人が途切れたので話しかけると、フォルト卿が少し微妙そうな顔をした。
どうやら、自分が話しかけようとしている、と人に思われるのは避けたそうな雰囲気である。
『何かご事情が?』と声をかけるのも憚られる感じなので、ピアは小さく頷いた。
「耳元、失礼致します」
と口にしてフォルト卿に一歩近づき、少し背伸びをして耳元近くで小さく告げる。
「……申し訳ございませんが、場所を移動していただけますか? 大広間壇上近く、左側の三番目の席に腰掛けて、家令に目を向けると宜しいですわ。ご当主様から呼ばれるかと思います」
「なるほど……」
賓客が『何か秘密の話をしたいのだろう』と感じた時には、そうするようにとご当主様に予め言われていた。
それを伝えられている侍女もそう多くはないらしいので、ピアがフォルト卿につけられたのは多分、こうした時の為なのだろう。
「君は本当に、よく気がつくな」
「お褒めに預かり、大変光栄にございます。ですが、これが仕事ですので」
秘密の話がある人が座る席付近は、あえて少し照明が暗くなるように灯りが遠ざけられた上で、柱の後ろに配置されている席だった。
フォルト卿が椅子に腰掛けると、ピアは改めて問いかける。
「ご歓談も長くなっておりましたので、お酒以外の飲み物をお持ち致しましょうか?」
「頼めるか?」
「はい」
そうして空になったワイングラスを受け取り、湯冷しの入ったものと交換して戻った……のだけれど、どうやらたまたま近くを通りかかった人物が彼に話しかけたようで、少し離れた場所に待機する。
柱の陰に見える彼の手には、どうやら既に果汁が入っているらしきグラスが握られていた。
―――あら、少し遅かったかしら?
そんなに長い時間、側を離れたつもりもなかったのだけれど。
飲み物を手に会場を回っている使用人でも通りかかったのか、話しかけた人物が持ってきたのかもしれない。
―――フォルト卿、本当にひっきりなしに話しかけられて、大人気ね。
彼に話しかけた人物の顔は見えなかったけれど、その人物が去ったところでピアは足を踏み出した。
が、先にスッと家令が近づいていく。
二言三言話して立ち上がったフォルト卿が、こちらに気づいて目を向けてきた。
「すまない、持ってきて貰ったが、別の客に果汁を勧められてな」
「フォルト卿のお気になさることではございません。『部屋』でお休みになられますか? 私は、どうさせていただきましょう?」
本当に秘密の話をするのであれば、個室の中での話し合いになるだろうし、ピアが聞くわけにもいかない。
すると、残った果汁を飲み干したフォルト卿が、小さく頷いて空のグラスを差し出してくる。
「では、少し待機していて貰えるか?」
「畏まりました。私は裏で控えておりますので」
前半はフォルト卿に、後半は家令に向けてそう告げてから、ピアは頭を下げた。




