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『マイペース過ぎる』と疎まれているわたくしでしたが、邪魔者を押し付けられた辺境伯様に何故か気に入っていただけたようです。

作者: メアリー=ドゥ
掲載日:2026/05/07


『マイペース過ぎて、付き合いきれない』


 クラシット・ジオフィット伯爵令嬢は、大抵の人達からそう言われて、多分疎まれていた。


 ーーーわたくし、何がいけないのかしら。


 自分なりには、きちんとやっているつもりなのだけれど。

 礼儀作法も勉学も、魔術の修練から裁縫などに至るまで、真面目に一生懸命取り組んでいる……筈なのに、どうにも人とは違うらしかった。


 そのせいであまり友人もおらず、側付き侍女も、ケンメという少女一人しか続かない。


 ーーーきっと、頑張りが足りないんだわ。


 そう思って、寝る間も惜しんで努力を重ねてみたけれど、人が周りから離れていくのは変わらなかった。

 貴族学校に入学したらもしかしたら、と思ったのだけれど、結果から言えば、卒業まで状況は同じで。


 なるべく明るく、親しみやすいように振る舞っていたけれど。

 『あまり人に合わせる気がないんでしょう』『あの方はマイペース過ぎて、一緒にいるのはちょっと……』という陰口も聞こえて来て、悲しい思いをすることが増えた。


 だからクラシットは、だんだん人と距離を置くようになった。


『お姉様はマイペースよね』

『本当に、誰に似たのかしらねぇ……』


 妹のブレアやお母様にまでそう言われる始末で、流石にちょっと泣きそうになった。


『わたくしの何がいけないのでしょう?』


 そう問いかけても、お父様やノックお兄様まで、微妙そうな顔をするだけ。


『どこが悪いということはない、と儂は思うのだがな……少々マイペースではあるが』

『そうだね……悪いってことは、ないとは思うんだけど』


 けれど、誰にも良いとは言われない。

 そうなると、自分のどこをどう変えていいのかすら分からないままに、月日が流れて。


 ある日、お父様に呼び出されて居間に向かうと、家族が勢揃いしていた。


「ど、どうなさいましたの?」


 別にクラシットは、家族と仲が悪いというわけではない。

 でも、顔を見せた時に全員がどこか苦々しい表情でこちらを見たので、クラシットは何かしてしまったのかと思ったけれど。


「お前に縁談が来た」

「縁談……ですの?」


 結局友達の一人も作れず、社交界でも浮いている自分にそんな話が来るとは思っていなかったので、クラシットは驚いた。


「どなたから……?」

「イルワィ・ベスティシャ東部辺境伯だ。正確には、辺境伯ご本人も預かり知らぬ話かもしれんが」

「ど、どういうことですの?」


 縁談が来たというのに、本人がそれを知らないなどということがあるのだろうか。

 そう思っていると、腕を組んだお父様がテーブルに置いてある手紙を睨む。



「王命なのだ。辺境伯にもお前にも、拒否権がない」



「……!」


 クラシットは、思わず息を呑んだ。

 近づいて手紙を見ると、確かに陛下の署名と捺印がある。


 内容は定型文で、特に理由などは書かれていなかった。


「な、何故わたくし、に……?」

「陛下のご意向は、これから聞いてみなければ分からん。が、辺境伯領の事情を考え合わせれば……おそらく、クラシットが貧乏くじを引かされた、というところだろうな」


 家族の中に漂っていたどこか重たい空気の理由を、クラシットは悟った。


 ーーー辺境伯閣下に望まれたわけではない、のですね……。


 考えてみれば、当たり前の話である。

 クラシットは社交の場で辺境伯の姿を見かけた記憶がなかったので、それはつまり、見初める機会もなかったという話なのだから。


 勝手な期待ではあったけれど、それでも少し落胆した。


「辺境伯閣下は、先代様が亡くなられて地位を継がれた方……でしたわね」

「ああ。年齢は若いが勇壮だという噂で、王妃陛下の甥に当たる人物だな。最近情勢がきな臭くて領地を離れられないとは聞いていたが……」


 お父様は、難しい顔のまま目を閉じる。


「数年前に先代が戦死なさって、急遽の継承だったからな。おそらく、危険が多い辺境伯の地位にある者がいつまでも独り身なのは、というご判断なのだろうが……」


 東部には蛮族と呼ばれる人々や、戦争で他国を併呑して巨大になった皇国、そして魔獣が多く住まう大森林などが存在している。


 その為、ベスティシャ辺境伯領は平穏とは程遠い土地であり、高貴な身分の女性もそう多くないのだろう。


 まして国王陛下夫妻の甥である辺境伯となれば、あまり身分の低い者を嫁がせるわけにもいかず、だからといって好き好んで危険な辺境の地に行きたい女性も少ないのは容易に察せられる。

 

 ーーーだから、わたくしですのね。


 伯爵家の長女で、兄がいる為に婿を迎える必要もなく、社交界でも浮いている。

 そして適齢期を逃しかけている、婚約者のいない令嬢。


 厄介な件を片付けるには適している……と、国王陛下がそうご判断なさっても、おかしくはなかった。


「承りました……」


 クラシットは目を伏せた。


 辺境の地に赴くことそのものに、特に思うところはない。

 どうせこのままでも、ずるずると友人も親しい男性もいない中で過ごし、実家に居着くことになるのは目に見えている。


 でも、出来ることなら。

 顔も知らない方の元へではなく、クラシットのことを知った上で、それでも大丈夫だと思って貰える相手である方が良かったとは思う。


「わたくしが嫁いで……ご迷惑にならないでしょうか」


 そこだけが、心配だった。

 出来る限り努力はするけれど、それでも『人と合わせるつもりがない』『マイペース過ぎる』と言われてしまうのである。


「いないものとして扱われるのであれば、まだいいのですけれど。領地の屋敷で過ごすことが大半だった今までとは何もかもが違う生活でしょうし、わたくしの存在そのものが、向こうのご負担になってしまうかもしれません……」

 

 そう不安を口にすると、四人は顔を見合わせた。


 いつもの、何とも言えない空気。

 でも、その空気になってしまう理由がクラシットには分からないのだ。


「あ〜……まぁ、その点に関しては心配ないとは思うが」

「状況によりますが、負担は負担かもしれませんね……」

「まぁでも、クラシットが魔獣と戦うわけでもないし」

「そういう問題でもないとは思うけど、そこは心配はしなくていいんじゃないかしら」


 相変わらず歯切れの悪いやり取りの後、ブレアが空気を変えるようにパン! と手を叩く。


「ウジウジしてても変わらないんだから、もうやめましょ! 辺境伯閣下がお姉様を気に入るかもしれないじゃない!」


 そう口にして、妹は満面の笑みをこちらに向けた。


「せっかくいいお家に嫁げるんだから! 美男子だって噂だし、王命でなければ私が代わってあげたいくらいだわ!」

「ブレアが辺境の生活に耐えられるわけないだろ。三日で泣いて帰ってくるに決まってる」


 妹が軽口を叩き、ノックお兄様がまぜっ返すのに、クラシットはどう反応していいか分からず曖昧に微笑む。

 すると、ブレアがお兄様を睨みつけた。


「耐えられるわよ! 辺境伯閣下が美男子なら!」

「お前は本当に、面食いだな……」

「男も女もツラがいい方が、見てて幸せになれるでしょ!」

「ブレア。言葉遣いに気をつけなさい」

 

 二人の言い合いにお母様が口を挟み、どこか重苦しかった空気が緩む。


「全く……少しはクラシットの気持ちを考えたらどうだ」

「考えてるわよ! だから後ろ向きなことばっかり言ってても仕方ないって言ってるんでしょ!」


 お父様がやれやれと頭を横に振るが、腕組みを解いて、張り詰めていた表情が緩む。


 ーーーブレアのこういうところ、見習いたいわ。


 天性の明るさを持つ妹は、周りを笑顔にする愛嬌があった。

 クラシットは、素直に羨ましいと思う。


「では、向こうに赴くまでに、持っていく私物を纏めておきますわね」

「ああ。といっても、そんなに大した量ではないだろう? ゆっくりやりなさい」

「はい」


 ブレアに比べれば私物は確かに少ない。

 あまりに量が違い過ぎる……広いクラシットの部屋と妹の部屋を交換したくらい……だったので、お父様の言葉に静かに頷いた。


※※※


 ーーーそうして数ヶ月後。


「ここが、辺境伯閣下のお屋敷ですの……?」


 地上を旅するのは危ない、ということで、飛竜便を使って辺境伯領に赴いたクラシットは、風で飛びそうになった白いつば広帽子を手で押さえて、目の前の巨大な建物を見上げた。


 屋敷というか、要塞である。


 飛竜が降着する巨大な草原を含む敷地を囲っているのは、堅牢な石壁。

 平民の集合住宅よりもさらに巨大で無骨な、実用性重視の建物。


「申し訳ありません。本来のお屋敷はもう少し領地の中央付近にあるのですが……」


 出迎えてくれた辺境伯の執事が、クラシットの呟きを聞いて口を開く。


「ここは前線基地です。ご当主様は、普段こちらで生活しておられまして。どちらに住むかはジオフィット嬢にお任せしていいと伺っておりますが、顔合わせは必要かと」

「ええ、それは勿論ですけれど」


 戸惑うクラシットに、執事は申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「今、少々巨大な魔獣がこの付近で目撃されておりまして。ご当主様には顔合わせの為に一度お屋敷に戻るように進言したのですが、『民が危ないのに戻れる訳がないだろう』と一蹴されてしまいまして」


 執事の言葉に、クラシットはキョトンとした。


「何故そのように、申し訳なさそうなのです? 至極当然の話かと思うのですけれど」

「は……?」


 逆にポカンとされてしまって、クラシットは戸惑う。


「顔合わせなど、どこでも出来ますし……わたくしには予定があるわけでもございません。特に問題はないのでは……?」


 また何かおかしなことを口にしてしまったのだろうか、と思いつつ、自分の気持ちを執事に伝える。


「むしろ、職務を放り出して戻られるような方ではないことに、好感を持ちましたわ」


 そもそも、この婚姻は王命である。

 辺境伯閣下の予定にはなかった状況である以上、そちらの都合に合わせるのが当然なのではないかしら、とクラシットは不思議に思ったのだ。


 すると執事は、しばらく何事か考えた後に、ふっと表情を緩める。


「ジオフィット嬢がそのような考えをお持ちと聞いて、安心致しました。せっかくお迎えする婚約者を蔑ろにしていると不興を買うのではと、気を揉んでおりまして」

「お気になさらず」

「ご配慮に感謝いたします。申し遅れましたが、私は辺境伯閣下の執事を務めさせていただいている、アイショウと申します。以後、お側に居ることも多いかと思いますので、宜しくお願い致します」

「こちらこそ」

「では、閣下の元へご案内致します。こちらへどうぞ。侍女の方も」

「あ、は、はい!」


 声を掛けられて、服と最低限の荷物を詰め込んだ鞄を抱えた侍女……辺境伯領へ赴く際に、お父様がつけてくれた側付き侍女のケンメが、緊張した様子で返事をしてトコトコとついてくる。


 道中、クラシットは心の中で何度も呟く。


 ーーーなるべく明るく。明るくよ、クラシット。


 今後、自分の性格のせいで失望されてしまうかもしれないけれど、せめて第一印象くらいは失敗しないようにしないと。


 そう思いつつアイショウについていき、辺境伯閣下の部屋の扉をコンコン、と彼が叩くと。


「入れ」


 中からそんな声が聞こえてきた。


 少ししゃがれていて、日常的に大きな声を出す人特有のものだと感じられる。

 おそらく訓練や戦闘の際に張り上げるのだろう。


 開いたドアから中に入ると、執務机に大きな男性が座っていた。


 ーーーこの方が……ベスティシャ辺境伯……。


 噂通りに若い。

 けれど貴族には見えなかった。


 まず、日に焼けた肌である。

 貴族は肌の白さこそが高貴の証、と考える方が多いのだけれど、明らかにそうではない。


 ただ、その特徴的な髪と瞳の色は、王妃陛下の血統だということを示していた。


 白い髪に、金の瞳。

 その壮麗な色合いを備えていることから、王妃陛下の一族は美麗の血統と呼ばれており、魔力と矜持きょうじの高い一族であることも相まって、神獣に例えられることもあった。


 彫刻のように整っているけれど、甘さや優しさよりも厳しさを感じる面差しの理由は、引き結ばれた口元と、微かに寄った眉根のせいだろう。

 貴族は長髪が多いけれど、騎士のように短く整えているのも理由かもしれない。


 体格は、明らかに戦士のそれだった。

 熊のように巨大、というわけではないけれど、肩幅が広く、白豹のようにしなやかで筋肉質な男性である。


「ようこそ」


 その言葉を受けて進み出たクラシットは、こちらを静かに見据える彼に向かって淑女の礼(カーテシー)の姿勢を取り、声を張った。

 

「お初お目に掛かります! この度、イルワィ・ベスティシャ辺境伯閣下に嫁ぐこととなりました、ジオフィット伯爵家長女、クラシットと申しますわ!」


※※※


 ーーーほう。


 イルワィは手にしていた万年筆をペン立てに戻しつつ、ジオフィット嬢の隙のなさに感心した。


 姿勢は非常に美しく、体幹のブレもない。


 初めて目にした彼女は、鮮やかなオレンジの瞳と、同色の髪を持つ小柄なご令嬢だ。

 ウェーブがかった髪の左右で三つ編みに結えて、ハーフアップに纏めた髪型をしていた。


 顔立ちはツンと目尻が上がった猫のような目が印象的で、明るく華やか、そして可愛らしく整っている。


 身につけたドレスは青みがかった白、スカートは長く、首元まで覆う形状をしている。

 飾り気は控えめで、袖は肩口までだが、ロンググローブで腕を覆っているので露出は少ない。


 もう一人、ジオフィット嬢のドレスの一部なのだろうつば広帽と、手荷物を抱えた侍女らしき服装の少女も後ろで頭を下げている。


 おそらくは主人である彼女と同年代くらい、同様に小柄で、黒い髪に赤い瞳、浅黒い肌をしていた。 

 顔立ちは一重に垂れ目、ハの字眉で、第一印象はどことなく気が弱そうに映る。


 背丈以外は、随分と対照的な二人だ。


 礼を終えて顔を上げたジオフィット嬢は、歯を見せない完璧な淑女の微笑みを浮かべている。


 美しいとは思う。

 しかし、心は動かされなかった。


「イルワィだ。この度は王命によって災難を受けたな」

「災難、ですか?」

「ああ」


 イルワィの認識の上では、ここは戦地である。

 侵略戦争や政争とは今のところ縁遠いが、魔獣の脅威を含む自然との『戦い』を常に強いられる土地だ。


「私は基本的に、この拠点に居を置いている。少し遠いが、本来の辺境伯宅である領主邸にジオフィット嬢が住むのであれば、そのように手配しよう」


 イルワィは、蔑ろにするつもりはないが、彼女を手厚く保護するつもりもなかった。

 住みたいのであれば好きなところに住めばいいと思うし、帰りたいと望むのであれば、『やはり向かなかった』と国王陛下に進言するつもりである。


 生まれた時からこの地で育ち、父より戦士の心得を説かれていたイルワィは『覚悟』のない者は生涯を添い遂げるのに向かない、と常々思っていた。


 だから最初に王命の手紙を伝令から受け取った時に、余計なことをしてくれたものだ、と思った。

 跡取りの問題は認識していたが、そもそもこの領に嫁ぐには相応の覚悟が必要だということくらい、考えれば分かりそうなものである。


 伴侶を取らなかったのは、父の戦死から急に爵位を継いだことで忙しかったのも理由の一つではある。

 が、本心では、王都からこちらに来たという母の早逝そうせいを受けて少々慎重になっていた面があった。


 いかに王命とはいえ、娯楽も少ないこんな田舎に来て、まるで違う生活に馴染めるご令嬢など希少だろう。


 母のように慣れない生活で体を壊したり、極限状況を経験した兵士のように心を病んでしまうくらいなら……伴侶にするのは爵位が低い者の令嬢であってもいいし、どうしても見つからなければ平民でも構わなかった。



 ーーー私が伴侶に求めるのは、この地で生きるだけの胆力。



 ジオフィット嬢について、その点を危惧したイルワィは、今日を迎える前に伯父である王を含む複数の知り合いに手紙を出していた。

 大意としては『どんなご令嬢だか知らないが、辺境の生活に耐えられるわけがないだろう』という旨の内容である。


 しかし返答は一様に『マイペースなご令嬢だから大丈夫だろう』というものだった。


 ーーー逆に無理ではないのか?


 のんびりしているから図太いというわけでもないだろうし、それまでその『マイペース』とやらを許容される生活をしていたのなら、尚更である。


「災難とは、どういう意味でしょう?」

「この領地がどういう土地か、知っているだろう? 国防の要として支援を受けていて、食事に困ることはないが、快適とは言い難い。娯楽も少ない土地だ」


 首を傾げるジオフィット嬢に、イルワィは淡々と告げる。


「ここでの生活は、君にとって決して楽しいものではないだろう。そして私は本邸ではなく、常にこの男所帯の拠点に詰めている。近くに居ることを止めはしないが、本邸の方がまだマシだろう。どうしたいかは、ジオフィット嬢が決めていい」


 しかしイルワィの問いかけに、ジオフィット嬢はハキハキと答えた。


「閣下のお気に召すように振る舞いたいとは思いますけれど、可能なのであれば、わたくしもここに住まわせていただきたく思いますわ!」


 イルワィは『正気か?』と思ったが、その言葉は流石に強すぎるので飲み込んだ。


 この拠点周辺は領地の中でも、特に慌ただしく危険な場所である上に、兵士が大半なので粗野である。

 洗濯や炊事を含むあらゆることは、兵士自身の手で出来るように仕込んでおり、女性自体、女兵士以外は治癒師に多少いる程度だ。


 男女間の問題が起こると、士気が下がるからである。

 その影響で命を落としかねない以上、必要な措置だとイルワィは思っていた。


 女に会ったり、若い者なら買うことまで含めて『休みの間にやれ』とローテーション休暇を組み、定期的に領地の中央域に兵士を帰らせるくらい徹底している。


 自分で全部やる必要がある以上、かしずかれることに慣れているだろう伯爵令嬢が住むには、全く適さないのである。


 そうしたことを説明したが、ジオフィット嬢は全く怯まなかった。


「大丈夫ですわ! 全部自分で(・・・・・)出来ますので(・・・・・・)!」


 全く変わらぬ声音と表情で告げられた言葉を、イルワィは一瞬、理解できなかった。


「家事なども出来るのか? そこの侍女に任せるのではなく?」

「ケンメよりも、わたくしの方が上手いくらいですわね! それに今すぐにでも手助け出来ることもありますので、そうした面でもお役に立てるかと思いますし!」

「……手助け?」


 当たり前のように言われて、少々呆気に取られたイルワィがおうむ返しに口にすると、ジオフィット嬢は頷いて、侍女に目を向けた。


「ケンメ?」

「は、はいぃ!」


 その一言で鞄を地面に置いた彼女がその中から取り出したのは……茶器だった。


 ーーー何故、茶器?


「お嬢様、お茶の種類はどれでしょう?」

「これと、これと、これですわ」


 彼女は腰を屈めて、自ら鞄の中に手を突っ込むと小さな容器を幾つか取り出す。

 どうやら、その中に茶葉が入っているのだろう。


 ーーー意味が分からないが。


 少々興味が湧いたイルワィは、黙って成り行きを見守る。


「閣下、机をお借りしますわね!」


 茶器を手にした侍女と共にこちらに歩み寄ってきたジオフィット嬢は、まるで当たり前のように執務机に手を伸ばし、置いていた書類や万年筆の道具を動かす。


 ーーー……!?


 イルワィは、思わず目を見張った。


 全く物を散らかす方ではなく、執務机の上も別に物が散乱していたわけではない。

 なのに、ジオフィット嬢が少し手を動かすだけで机の左端に全てが綺麗に整えられ、茶器を置くスペースが生まれたのである。


 ご丁寧に、濡れると困るような書類等は万一水がこぼれた場合でも濡れないよう、間仕切りのように文鎮や墨の容器などが縦一列に並べられていた。


 そのまま素晴らしく鮮やかな手際で、金属製の水筒に魔術で熱を与えて湯を沸かしつつ、茶葉をブレンドしてポットにセットし始める。

 湯をポットに注ぎ、その後、侍女から受け取った器に布を入れて残った湯を入れると、カップを布で包んで温めた。


「……一体、何をしているのだ?」

「閣下は体を鍛えておられるようですが、見る限り目が少々お疲れなのと、肩凝りがありそうな首の詰まり方をしていらっしゃるようです。なので、どちらにも効果のあるお茶を、お近づきの印に入れさせていただきましたのよ!」


 ハキハキと喋るジオフィット嬢の言葉に、イルワィは思わず、その顔を見つめた。


 ーーー今見ただけで、それに気づいたのか?


 まるで、武人同士が相手の実力をその動きから見定めるような見取りである。

 実際、最近は記録や採決を行う案件が多く、そうした不調を感じていたのだ。


「眠る前に目元を温め、体をほぐして整えればもっと楽になるかと思いますので、夜にそちらのお世話もさせていただきますわ!」

「伯爵家のご令嬢が?」

「はい! わたくし、マイペースで人にご迷惑をお掛けすることが多いようですので、せめて人に喜んでいただけるようにと、色々自分で出来ることを覚えましたの!」


 ーーー確かに、ご令嬢が手ずから茶を入れるのもおかしな話ではあるな。


 今まで見たご令嬢やご夫人方は、少なくともイルワィの前では、侍女にそれらをさせていた。

 なのに、ケンメという名前らしい侍女の方は全く手を出す様子もなく、道具を渡したりするだけである。

 

 ーーーなるほど、マイペース過ぎる、か。


 確かにいきなり自前の茶器で茶を入れ始めるような行為は、一見、奇行の類いに見えはするが。


「……どこがだ?」

「え?」


 イルワィがポツリと漏らした言葉に、ジオフィット嬢が反応するが、小さく首を横に振る。


 皆の彼女に対する認識は、合っているが、同時に間違っている、と感じた。

 しかし確かに、彼女の実際の行動を一言で形容するのであれば『マイペースである』以外に、言えることもないのかもしれない。


「さ、どうぞ!」


 数分で渡されたカップに口をつけると、ほのかな甘酸っぱさと口触りがあり、温度感の良いお茶が喉を流れる。


「美味だな」

「ありがとうございます!」


 一口飲んで手を下げると、今度は完璧なタイミングで、置きやすい場所にソーサーが差し込まれた。

 当然、それをしたのはジオフィット嬢である。


「ありがとう」


 礼を口にしたイルワィは、そのまま言葉を重ねる。


「ここに居を構えるというのなら、部屋を用意しよう。先ほど言った通り、ある程度自分の身の回りのことは自分で世話して貰うことになる。そこの侍女だけであれば、側に置くことも問題ない」

「ありがとうございますわ!」

「が、一つだけ条件がある」

「どのような条件でしょうか?」


 美しい微笑みを浮かべるジオフィット嬢を見上げたイルワィは、真っ直ぐにその朱色の瞳を見つめて、ハッキリと口にする。


「その演技(・・)をやめてくれ。明るく振る舞うのは大切なことだと思うが、気を遣い過ぎ(・・・・・・)だ。無理してまで気を張る必要はない」


 するとそこで、初めてジオフィット嬢の顔が強張った。


※※※


 ーーーまた、やらかしてしまったのでしょうか……。


 クラシットは、ベスティシャ辺境伯の表情を見て背筋が冷えていた。


 嫌がっているわけではないけれど、どこか困っているような、その表情。

 昔から、クラシットが何かする度に向けられるものと、それは同じもののように見えた。


「な、何か……お気に召さなかったでしょうか……?」


 なるべく気分を害さないようにと明るく振る舞い、お身体に少々悪いところがあるようなので、と思ってお茶を用意したけれど、ダメだったのだろうか。

 

 けれど、ベスティシャ辺境伯はこちらの目を見つめたまま、否定を口にする。


「そうではない、ジオフィット嬢。私は『私がどう思ったか』という話をしているのではなく、『君が気を張って無理をする必要はない』と言っているのだ。それが出来なければ、この地で生きることは難しいと思ってくれ」

「……?」


 クラシットには、言葉の意味が分からなかった。


「その……わたくしの笑みが嫌だからやめて欲しい、というようなお話ではなく……?」

「違う。与えるばかりではやがて擦り減る、という話を私はしている。私の母は無理をして死んだ。父は私のように留守がちで、同じ立場で苦労を分かち合う相手がいなかったからだ」


 ベスティシャ辺境伯の目は、真剣だった。


「君が私のことを見抜いたように、私もジオフィット嬢を理解しようとしている。君が私の体を気遣ったように、私もジオフィット嬢の心を気遣っている。人同士の関係は一方通行であってはならない。この地で生きる覚悟があるのなら、君は与える側ではなく、受け取る側としても自分のことを考えなければならない」

「……!」


 ーーー人同士の、関係……。


 クラシットが何かを思うのと同様に、他の人も何かを考えている、というのは理解出来る。

 けれど、正にその『相手の気持ち』が分からなかったから、これまで悩んでいたのだ。


 けれど。


 ーーー受け取る側として……?


 そんなことは、言われたことがなかった。


 だから、何か相手の困りごとを解決してあげれば喜ばれるのではないか。

 自分が役に立つ存在になれば、認めてくれるのではないか。


 クラシットはそう考えていて、それは確かに与える側だけの考え方で。

 自分が何かを相手から受け取ることを、考えたことがなかったのだ。


「人同士の関係は、与え、受け取ることで成り立つものだ。一方的に何かを受け取ることを、私は好まない。領主として税を受けるなら、民の生活をより良く。兵士らに死地へ赴くことを命じるなら自分も共に赴き、手柄を挙げれば十分な褒賞を与える。そして伴侶として誰かと連れ添うなら、対等な立場であることが重要だと考える」


 ベスティシャ辺境伯の言葉は全てが明瞭で、誤魔化しが一切なく、その分真っ直ぐに伝わってきた。


「私が聞いたジオフィット嬢の人柄についての話は、『マイペース過ぎる』というものだった。だから、のんびりした図太い性格なのだろうと受け止めたが、実際に会った君は、どう見てもそうではない」

 

 彼は、クラシットが渡した手元のカップに軽く手をかざす。


「どちらかというと、他人に気を使い過ぎるという印象を覚えた。そして私の肩凝りと目の疲れに、観察だけで気づくような観察眼がある。しかしそれが空回りしているようだ。この茶にしてもそうだが、今ここで茶器を出して入れる必要は特にない」


 クラシットは、今まで誰も指摘してくれなかった『自分のダメなところ』を明確に伝えてくれるベスティシャ辺境伯に、衝撃を覚えた。


 ーーーこの方は今、わたくしが分からなかったことを言葉にして伝えて下さっている……!


 だから、恐る恐る問いかけた。


「空回り、です、か……?」

「ああ。場所を空ける為に意識していなかったのだろうが、書類も、重要なものであればあまりみだりに触って欲しくはない」

「あ……」

「が、退ける時の手際と濡れないようにという気遣いは完璧だった。茶も、入れてくれた茶そのものの味は大変素晴らしいものだ」

 

 まるで言い聞かせるように、そう口にしたベスティシャ辺境伯を食い入るように見つめると、彼は不意に表情を緩めた。


 ニヤッと笑みを浮かべたのだ。

 すると、印象が今までの厳しそうなものと一転して、どこか悪戯っ子のような気配を感じるフランクなものに変化した。


 そのあまりに劇的な変化に、思わず息を呑む。


「だから君の評価は、総合的に見て『マイペースだ』というものになる。ジオフィット嬢は劣っているからそう思われているのではなく、気を遣うポイントがズレている(・・・・・)のだ。なのにやってくれることが完璧過ぎて、文句をつけようがないから皆困っていたんだろう。そんなすれ違いは、双方共に疲れる。違うか?」

「……!!!!」


 クラシットは、先ほど以上の、天地がひっくり返るような衝撃を受けた。


『マイペース過ぎる』

『人に合わせる気がない』

『迷惑ではない』

『クラシットは悪くない』

『負担は負担かもしれない』


 そんな、家族や人々に掛けられた言葉の数々を思い出しながら、震える手を思わず口元に当てる。


「ズレ……て、いる……?」

「そうだ。よく気がつく、というのは美点だ。きっと後始末も完璧なんだろう。だが、伯爵令嬢が自らの手でそれを完璧にこなしてしまったら、指摘するのも難しい。間違いなく役には立っているからな」


 今までの、記憶の数々。


 怪我をした令息に応急処置をした時は『そこまでして貰う必要は』と言われてしまい。

 授業のノートを取り忘れた子に、自分のノートの写しを作って手渡すと『嬉しいんですけれど』と歯切れ悪く言われ。

 先生が講義をする為に必要な準備を先に整えておいた時は『全く間違ってはいないんだが……』と呆れられ。


 ジオフィット伯爵家のパーティーがあれば、使用人達よりも率先して準備に動いて『お嬢様の方がお上手ですね……』と落ち込まれ。 

 立食形式の社交の場でも、手にした飲み物やお食事が少なくなればお届けして『ああ、ありがとう……?』と戸惑われ。


 誰かと話をしたそうな人物を見つければ、こっそりとそれをお伝えして。

 声を掛けられて困った様子の方がいれば、さりげなく離れられるように角の立たない人物に声をかけて行ってもらう。


 ーーーそういうことが、全部……ズレて……る?


 自分の頑張りが足りないのだと、クラシットはずっと思っていたのだけれど。

 

「君は頑張り過ぎ(・・・・・)だ。もしここで暮らしたいのであれば、もう少し肩の力を抜いて、頼ることを覚えてくれ。一呼吸置いてから動いてくれてもいいし、分からないなら相談してくれてもいい」


 ベスティシャ辺境伯は立ち上がると、机を回り込んで前に立つ。

 足が長く、立っているとさらに大きく見えた。


「ジオフィット嬢が『悪い』わけでは決してない。が、本来それが苦手なことであれば、誰もが途中で無理だと気が付く。しかし君の場合は完璧に出来てしまったせいで、余計に空回りをしているように、私には思える」

「空回り……」

「人格というものは、立ち居振る舞いに現れるものだ。誤魔化そうとして誤魔化し切れるものではない」


 ベスティシャ辺境伯の言葉を繰り返すお人形のようになってしまっているけれど、そのくらい頭が回らなかった。


「例えば、普段好む服装。ジオフィット嬢の場合は、首元も腕も覆うもので、しかも飾り気が少ない。なら、豪奢さを求めての服装ではないな。それを貞淑さが窺えると取るか、鎧を纏うように自分を隠していると取るか」


 クラシットが思わず胸元に両手を当てると、ベスティシャ辺境伯は指を立てた。


「その仕草も。もし君が最初に現れた通りに明るく快活な人格であるのなら、多分そう、自分の手を見たり、首を傾げたりするだろう。が、肩を僅かに竦めて胸元に手を当てるのは、身を守ろうとする仕草だ。物を扱う手つきの丁寧さも含めて、君は相当に神経を張り巡らせていることが窺える」


 ベスティシャ辺境伯は、僅かに腰を屈めて目線を近づけると、そのまま右手を軽く差し出してくる。


「その何でも出来るようになった努力自体は、自分のことを自分でしなければならないこの拠点では、美徳だ。だが、助けを求められない限り、他人の領分に手を出すのは控えてくれ。特に兵士は、辺境伯夫人となる君に何かをされると、おそらく腰を抜かしてしまうからな」


 そうして、彼はパチリと片目を閉じた。


「まさか君のようなご令嬢が来てくれるとは思わなかったので、失言をした。国王陛下はご慧眼であらせられるようだ」

「あ……」

「無理をしないと約束してくれ。それさえ出来れば、ジオフィット嬢のように素晴らしい女性を伴侶に迎えられることを、私は歓迎しよう」


 差し出された手をベスティシャ辺境伯の顔を見比べて……クラシットは、呆然としてばらく動けなかった。


 ーーーわたくしは。


 クラシットは、ずっと、誰かにこうやって認められたかった。


 何をやっても、どこか上手くいかなくて。

 どれだけ頑張っても、掴めるものがなくて。


 でも、どうしたら上手くいくようになるのか、全然分からなくて。


 ーーーこの方は。


 ベスティシャ辺境伯の言葉には、遠慮がなかった。

 同時に、色眼鏡もなかった。


 クラシットを……まだ会って1時間も経っていないクラシットを見て、理解を示してくれた。


 頑張ってきたことは無駄じゃなくて、やり方が間違っていただけだって。

 ここでは、それが役に立つって。


「あの……身に余る、お言葉、で……」


 何故か、涙が溢れてきた。

 悲しい時にも、こんなに泣きたくなったことはないのに。


 嬉しいと、思っているのに。


 片眉を上げたベスティシャ辺境伯は、一度差し出した手を引っ込めて、胸元からハンカチを引き抜いた。


「泣かせるつもりは、特になかったのだが。さらに失言があったのなら謝ろう。こちらを」

「いえ、も、申し訳……ありませ……」


 ハンカチを受け取って目元に当てたクラシットを、ベスティシャ辺境伯は涙が止まるまで待ってくれた。


「あの、気が緩んでしまって……」


 まさか、頑張らなくていいって言われるなんて、思わなかったのだ。

 その上、認めてもらえるなんて。


「気を緩められるのは、いいことだ。どんなに勇壮な者でも、安心できる場所がなければ戦い続けることは出来ないからな」


 ベスティシャ辺境伯の言葉は、どこまでも戦士の言葉であるように感じられた。

 けれど、クラシットには、それが心地よく感じられた。


 ハンカチを目元から離して再び目を向けると、彼はお茶を淹れた時と同じ、少し困ったような顔をしていた。

 でも、それは今まで向けられていた皆の困惑顔とは、どこか違うようにも思えた。


 彼のその表情は、クラシットを気遣っている表情なのだ。


「わたくしは……嫁ぐ先が閣下の元で良かったと、今、そう思っています」

「光栄に思う。が、我々はまだ出会ったばかりで、お互いのことを深くは知らない。これから良い関係を築いていければと思うが、どうだろう?」


 クラシットは、彼の言葉に淑女の微笑みではなく、心からの微笑みを浮かべる。



「ーーーはい。わたくしと閣下のペースで築ければと、そう思います」



 そうしてベスティシャ辺境伯が三度みたび差し出した手を、クラシットはそっと握り返した。

 

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― 新着の感想 ―
マイペースの意味に驚きました。 そしてこのクラシットとイルワィのお互いを尊重し合うやり取りが素敵でした!
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