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貧乏男爵令嬢ですが、契約結婚の相手が内緒で産んだ子の父親で、ちょっと困っています。  作者: メアリー=ドゥ


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買われかけのご令嬢。


「フォルト伯爵家……ですか」


 男爵令嬢のピア・ソプラは、父親の苦々しい表情に口元を引き攣らせた。


「現在、うちの領地は非常に困窮している」

「ええ、よく存じ上げておりますけれど」

「私自身、ピアにも度々、苦労をかけてしまっていることは理解している」

「別に、苦労はしたつもりがございませんけれど。むしろお父様の心労を増やしたこともありますし」


 と、ピアは、足元にまとわりつく息子、クレスの頭を撫でた。


 まだ三歳の息子には、父親がいない。

 少々事情があって独り身のまま産み落とした子だ。


 血筋も不明の連れ子がいる上に貧乏な男爵家の令嬢に来る縁談は、現在のところ、後妻の打診くらいのものである。


 ソプラ男爵家は確かに貧乏で、貴族としてはほぼ名ばかりに等しいけれど、それでも領主は領主、ピアも貴族令嬢である事に変わりはない。

 そんなソプラ男爵家に、フォルト伯爵家からある提案が舞い込んだのだ。


『男爵領への投資を条件に、そちらのご令嬢を買い上げたい』


 と。


「意味合いとしては、愛人としてでしょうか」


 その辺りはどうでも良いのだけれど、状況や条件次第では少々マズい。


「私の身一つの話なら喜んでお受けしますけど、クレスも連れて行くのかどうかですね。この子も王都や伯爵領で学べるのなら幸運ですし、そういう部分の仔細を伺いませんと。でも、お父様から籍を抜いてクレスが向こうの養子になるような話なら、お断りさせていただけないと困りますし」


 融資は正直、喉から手が出るほど欲しい。

 が、父は首を横に振った。


「どういう形を取るかは、流石に直接話をしてみないと分からないが、どうも愛人がどうとか子どもがどうとかではなく、ピアの『腕』を買いたいのだそうだ」

「……腕?」

「ああ。ピアの作る薬が気に入っているようでな」

「二束三文で商人に売っている、あの薬ですか?」


 ピアはますます眉根を寄せた。

 作っているのは一種の解毒剤で、魔薬……魔力を込めて効能を高めた薬……なのだけれど、特別な薬草から作るわけでもない、手が空いた時に家庭用に作って、余った分を売っているものである。


 商人の方もそれで儲けようとしているわけではなく、懇意にしているので買ってくれているようなものだった。


「確かに、ピアの薬は特別ではないが、良質ではあるからな。工夫して混ぜた香料のおかげで飲みやすくもある」

「そこと品質だけで、効果が優れているわけではないのに?」

「当たり外れがない、というのは、優れたことではある」

「量も作れないですし、それが多大な融資を受ける理由にはならないと思うのですが」


 ピアは困惑していた。


 ―――え、あの方にクレスのことを、気づかれた訳じゃないわよね?


 融資を受けるには顔を合わせなければいけないが、ピアには顔を合わせるのをちょっと躊躇う理由があった。


 お父様にも言っていない、というか言えない秘密。

 今回融資を申し出てきたメズエル・フォルト伯爵こそが、クレスの父親なのだという秘密が。


「どうする? ……と言っても、我が男爵家程度では、余程の悪条件でない限り、まず話を断ることなど出来ないのだが」

「……ですわね」


 そこに関しては、お父様同様にピアも気が重い点である。

 もし伯爵家の不興を買えば、向こうがちょっとため息を吐いただけで吹き飛んでしまうくらい、貧乏で権力もないのがソプラ男爵家だからだ。


「話は伺いましょう。その上で条件を聞いて、もし合わないようであれば角が立たないように断る方策を考えませんと」

「……本当に、すまない」

「お父様のせいではございませんわ」


 小さくなってしまっているお父様に向かって微笑みながら、この件を持ってきた相手に思いを馳せる。


 ―――フォルト卿……どういうつもりなのかしら。


 ピアは、彼と出会いクレスを身籠みごもった時のことを思い出していた。 

 

※※※


 ソプラ男爵家は、ピアが生まれた時から、正真正銘の貧乏である。


 男爵領は狭く、特産品と呼べる珍しいものもなく、鉱石が豊富に採掘できるわけでもなく、基本的には農作物と手芸品で税収を得て、それも王家に三割程度は持っていかれる。

 王家に納めるのは収入に応じた額だけれど、それは経費などを引く前の全体の収益から計算される為、本当にカツカツだった。


 お母様も、十分な医者にかかることが出来ず、病で早くに亡くなってしまった。

 ピア自身は健康で丈夫だったけれど、屋敷で雇っているのは婆やと使用人の二人だけ。


 その上『領地で何かあった時の為に』とお父様は無駄遣いをなるべく控える人で、普段の食事は自前で育てた農作物。

 年に一度の収穫祭だけでなく、普段の農作業や家業の雑事もピアは手伝っていた。


 貴族らしい生活など全くしていないが……別にそれを苦とも思わなかった。

 何せ、生まれた時からこういう生活だったからだ。


 一応貴族令嬢としてデビュタントのお披露目にだけは参加したものの、用意できたのはギリギリ、古着の中でも多少マシ程度のドレス。

 家の格を示す為に大量のドレスや宝飾品、化粧品諸々が掛かる王都の貴族学校に通うなど、まず不可能。


 読み書き計算やお行儀などは、お父様や期間雇いの家庭教師ガヴァネスに、最低限の一通りは習ったけれど、それだけだった。


 しかし年頃になって、一つ問題が出てきたのである。


 お母様を愛していたお父様は後妻も取らず……流石に一人娘が、後継者も産まずにお家断絶という事態は避けたい。

 しかし婿を迎えようにも、貧乏生活が確約されている男爵領に入りたいと思う者は、次男や三男であってもそうそういない。


 ―――せめて、私自身に何か付加価値をつけないといけないわね。


 ピアは、たくましさには自信があった。


 そしてお金の問題で色々あったので、割とシビアな性格でもある。

 なので、せめて多少は見目をよくする為、見合いに必要なものを揃える資金くらいは自分で調達しようと思い立ったのだ。


 渋るお父様に頼んでどうにか、職を世話して貰い……これが、縁もあってとても良い職に繋がったのである。


 貴族は高位貴族のどこかの勢力に属しているものだ。

 そして爵位が上の貴族家を寄親、下の爵位の貴族家を寄子と呼ぶのだけれど……ソプラ男爵家の寄親の、さらに寄親である侯爵家に、何故か侍女として入ることが出来たのだ。


 貴族令嬢なので行儀見習い扱いで、さらに給金まで出るという破格の幸運を得た。

 使用人の生活なんて望むところ、給金の額が貧乏男爵令嬢からしたら十分以上とくれば断る理由の方がない。


 だからピアは、ウキウキで奉公に出向いた。

 

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