2−1.聖泉
2−1.聖泉
「燃やしますか?」
緑髪のジョシュアが物騒なことを言った。
「どこの蛮族だよ。これだから異世界人は。私は文明人だ。――私がいた世界、特に日本じゃ放火は重罪だ」
香西鑑が笑ってみせた。
「やるなら、水だ」
「どこが文明人なんですか!」
水なら器物損壊で、三年以下の拘禁刑だから執行猶予も考えられる。
「城の水源は?」
「地下に聖泉があります」
「では、それを利用しよう。転移できるか?」
「……本当にコレ、大丈夫でしょうか?」
空中に魔法式を描きながら、ジョシュアが確認した。
「多少ズレても、泉の中だろう? 水があれば酸素を生成できる。教えただろう?」
「それはそうですが……自分で実験することになるとは」トホホ。
「科学の黎明は自ら啓くべきだ」
「人体実験で、ですか? 異世界の学者はどれだけ変人なんですか、まったく……」
ジョシュアが描き終えた。
「……じゃあ、行きますよ」
香西にとっては見慣れた三次方程式だが、バビロニア数学の応用にとどまるこの世界の人間には高度すぎた。
*
繰り返すが〝この世界の人間には高等すぎた〟のだ。
「ぶはっ!」
見事、泉の中に着水(?)した。
二人分の質量を押しのけた水は、祭壇を水浸しにした。
「きゃー!」
聖泉の巫女たちが後ずさった。扉の左右で待機していた衛兵が駆け寄った。
「――〝動くな〟」
水面から顔を出した香西が命じた。
巫女三人も衛兵両名も凍りついたように動かなくなった。
「〝魔術語〟が使えるんですか? あなたの世界では言霊というそうですが」
「よく知っているな」
「どうしてそれを使わなかったんです?」
「軍事裁判でか? 貴族はそれなりに対応しているはずだからな。――君のように」
「気づいていたんですね?」
ジョシュアが緑髪をかき上げた。青緑の耳栓をしていた。
「ああ。どこの世界に、異端者の檻に美少年を入れるかよ。スパイに決まっている」
香西が紅玉の首輪を、倒れている巫女の一人にかけた。
「君は、私の世界の文化――異世界の禁忌にも精通している。つまり、この国ではかなり高い地位にあった。それが牢にいるなら、失脚したと考えるべきだ。おおかた復爵を条件に、私の従者になることを命じられたんだろう。――立て」
巫女を立たせる。
「名前は?」
巫女が視線をそらした。
「こっちの話は無視ですか?」
「〝名前を言え〟」
「――わ、わたくしの……名前は……」
「人質は、文明的とは言えないのでは?」
「超法規的措置だ。――それとも、ジョシュア・レヴィ=チヴィタ、君が従うかい?」
「どうしてそれを?」
ジョシュアが睨んだ。
「『兵は詭道なり』――ハッタリだよ。――レヴィと同じ髪色だから」
「いちおう本家の三男だが、ミスってね。……考えさせてくれないか、マスター?」
ジョシュアが願った。
「時間をやる。――禁書庫の資料を読んでおいてくれ」
「……分かった」
空中にさきほどの魔術式を描くと、末尾を変更して、消えた。
「さて、皆さん。私が誰か知っているかい?」
五人とも首を横に振った。
「名前は言わなくてもいい。ただ、君たちの魔法を使わせてもらう。――おっと〝動くな〟」
衛兵の一人が魔法の腕輪を起動しようとして、手を止めた。
「これは……なるほど。こうか?」
腕輪の宝珠の魔術式を参考に、宙に描くがすぐに消えた。
首輪をした巫女の手を借りて、描き直す。
「砂? ああ、眠らせるのか。ちょうどいい」
描いた魔術式に、香西が巫女の魔力を流し込んだ。
他の四人が眠ってしまった。
「流石は王城の衛兵だ。装備は一級品だな。他には……これは何をするものだ?」
木製の横笛だった。
「……」
「答えろ」
「……」
香西が笛に触れた。
魔術式が浮かび上がった。
「シルフィード? ああ、風の精霊か。通信装置? 起動しているな……」
「……すぐに……捕まる……だろう」
巫女が指摘した。
「それは不可能だな。君の名は? ああ、隷属させるつもりはない」
「……協力には……応じない……わたくしは……誇りある聖泉の巫女」
「じゃあ、セイクリッドと名付けよう。略してセイだな。聖もセイと読むし。セイ、扉を氷結しろ」
「……誰が……あなたなどに……」
抵抗するセイだったが、香西が指を掴むと魔術式を描いた。セイの首輪の宝珠が赫く光る。
術式が起動し、分厚い氷の柱が組み合わさっていく。
「……何を……したのだ?」
「見て分からないものは、聞いても分からない。――いいぞ、動いても」
「ぐはっ!」
セイが倒れそうになりながら、衛兵の長剣を取って片手で香西に斬りかかった。
「はっ!」
見事な逆袈裟斬りだった。
(よし!)
手応えに、セイが笑みを見せた。




