2−2.剣客と忍術
2−2.剣客と忍術
セイが倒れそうになりながら衛兵に近づいた。
右手で長剣を取ると振り返った。剣先を地に這わせるように走らせ、片手で香西を斬り上げた。
「はっ!」
逆袈裟斬り。
(よし!)
手応えに、セイが笑みを見せた。
ガシャン。
「金属音? えっ?」
倒れたのは、衛兵だった。
「えっ? 何!」
大量に出血している。
「迂闊だったな。巫女がこれほどの剣術使いとは思わなかった。――おい、セイ。止血だ、止血」
「はっ、はい!」
右脇腹――肝臓から心臓にかけて斬られていた。
《光の精霊よ、光の精霊。この者の傷を癒やしたまえ》
みるみる傷が塞がり、流れ出た血が体内に戻っていく。
「……あなたは誰なの?」
「質問する前に、仮説を立てるべきだろう。まともな口論もできないのか、この世界の人間は」
「この世界? あなた、ひょっとして異世界人? ――えっ? 勇者?」
「――ではないよ。少女を魔王討伐に向かわせるのは、倫理的におかしいと言ったら、拘禁十五年になったから逃走してきた」
「――逃走? わたくしを人質にするつもりか?」
「ちょっと〝大量の水〟が必要でね。……そうか、巫女なら旧王国の王族では?」
セイが胸元を隠した。
「暴行はしないよ」
「旧王国言うな。パンルヴェ聖王国だ。――というか、どうして知っているのだ?」
「『聖』なり『真』なり付いた王国は、たいてい本物ではないからね。姉妹国で妹のほうが聖王国で、ここが聖泉なら、巫女は旧王国の王族で、人質だ」
「旧王国言うな。滅びていない」
「そっちの二人は姉妹? ――には見えないが」
「わたくしの――脱獄犯に教えるものか!」
「正直は美徳だぞ。――来たか」
扉の向こうで魔術を詠唱する声が聞こえた。
「どうするセイ。来るなら歓迎するが」
「誰が行くか、痴れ者め」
セイが剣を構えた。
「君さえ望むなら、パンルヴェを復活させてやろう。姫殿下?」
「笑止!」
剣はそのままに、歩みを進めた。
「やめておけ。変わり身の術――忍術だ。君には、魔術と区別できないだろう?」
「いいえ。――あなたが聡いのは理解した。であるなら、同じ手は使わない。――はっ!」
首を狙った一文字斬りだった。
ガシャン。
「えっ?」
倒れていたのは、もう一人の衛兵だった。
「どうして学ばないのか……セイも迂闊すぎる……すぐに、治療しろ。左総頸動脈を斬っている」
命じられるまま呪文を唱える。
《光の精霊よ、光の精霊。この者の傷を癒やしたまえ》
扉が開かれたとき、香西の姿はどこにもなかった。
「禁書庫よ! 禁書庫に転移した!」
*
「巫女のあの顔ったら……。マスター、やりすぎです」
ジョシュアがからかった。
二人は禁書庫ではなく、城下町を歩いていた。
「美しくもか弱い女性の性根を折るなんて、酷いですよ」
「か弱いものか。初手が逆袈裟だぞ? 河上彦斎かよ」
化け物級だと言いたいらしい。
「それに、君だって楽しんでいただろう?」
ジョシュアは転移せずに、死角に隠れて高みの見物をしていた。
「僕は〝隷属の首輪でやむなくマスターに従っているだけ〟ですから」
仲違いを匂わせるだけで、注意がそこに向いてしまう。
「〝設定〟を教えたら、巧くなったな」
「どうです? 似合ってます?」
緑髪を黒く染めている。
「とりあえず着替えるべきだろうな」
囚人服――ペアルックのままでは目立ちすぎた。
*
聖泉の前で、セイが祈った。
(アレは、何だったのだ?)
祭壇は元に戻され、床の血は洗い流されている。
数珠を手に祈りを数えるが、女神の答えはない。
ただ、聖域に入られた屈辱は記録される。
神の代理人である巫女を謀った者を赦せるはずがなかった。
(覚えておけ)
二度までも、兵を傷つけさせた、その返礼を誓った。
*
(二人……三人)
話しながら裏路地に入ると、尾行があからさまになった。
(殺気が強い。追っ手ではないな)
香西がジョシュアに視線を向けると、笑顔で宙に魔術式を描いていた。
風の精霊を呼び出すつもりらしい。
これに光の精霊を組み合わせると、幻影――即席の蜃気楼ができあがる。
(合計五人か……いや六人)
遠距離魔法が放たれた。
(殺しにかかっている?)
香西が視線を遠くに向けた。
「あそこだ」
視力を奪われ、魔力を感知できなくても、気配は察知できるらしい。
ジョシュアが向かう。
賊の魔法矢が幻影に命中するが、すり抜けて壁を抉った。
「どうして当たらない?」
狙撃者が首を捻った。
「やれ!」
頭目らしき大男が命令した。
「この世界の住人は誰でも魔法が使えるのか?」
香西が誰ともなく聞いた。
「守護霊によって異なります。魔力が弱くても、宝珠があれば補えます。ただ、まったくないというのはありえません。動物であれ植物であれ、大なり小なり魔力があるのが普通です」
ジョシュアが攻撃を避けながら、香西の問いに答えた。
「強殺(強盗殺人)は重罪だぞ。――ああ、もういい。近づくな。バカが伝染る」
「テメエだって、ひどいニオイだぜ?」
「できれば人を殺めたくないんだが……防犯カメラはないよな?」
「あるわけないでしょう? 王宮じゃあるまいし」
「〝眠れ〟」
賊たちが顔を見合わせた。
「ナニしやがる?」
「ああ、言霊はバカには効かないんだった」
剣を構える強盗を前に、香西が反省した。




