表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界召喚は未成年者略取ですよね?  作者: 門松一里
1.異世界召喚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/6

1−2.ここではない世界/現実

1−2.ここではない世界/現実


 雨の中を走りながら、菊川美幸が思い返していた。

(あの日も雨だった)

 酔った父に蹴られ、追い出された時も。母に殴られ、民生委員から隠れた時も。

 ここではない世界を求め、ひとり雨に濡れていた。

 歩道橋に座る少女を見兼ねた男性が車を停め、傘とタオルを渡そうとしたが、美幸は走り去った。

 他者からの無条件の救済など信じられなかった。

(助けて)

 深夜、横断歩道を斜めに渡る。

 遠くに、黄色の点滅信号。

(助けて)

 それでいて、誰かにすがるしかない弱い自分がそこにいた。

 降りしきる雨の中、誰もいない道の上で、美幸が泣いていた。

《――助けて》

「え?」

《助けてください――》

 その声は、確かに届いた。

 夢にしては、あまりにもはっきりと。

 ――「忠告したのに」――

 ――「前もって説明したでしょう?」――

 ――「亡くなった友人の言葉を思い出します」――

 美幸の頭の中で、二人の会話が木霊こだました。

 目覚めた美幸が、ハアハアと肩で息をした。

「大丈夫ですか?」

 メイドのポーラ・レヴィ=チヴィタが、抱え起こした。汗がひどい。

 体調を記録していたクラリス・コリオリが顔を上げた。異常はないらしい。

「夢を……恐い夢を見ていました」

「それは良かったです」

 レヴィが無表情に答えた。

「良かった?」

 ブラウスを脱がされながら、美幸が答えた。

「夢だったのでしょう? 本当ではなく。では、良いではありませんか」

「ええ。……そうですね」

 ――そう、あの世界は本当ではなかった。――

 ――偽りの世界だと、わたしが願ったから。――

 夢で助けを求められ、この世界にやってきたのが真実だから。

 魔王討伐という求めに自ら応じたので、拉致でも略取でもない。

(香西さんも、高村さんも巻き込む予定じゃなかったのに……お母さん)

 結果的に、高村は勇者後見人ヒーローガーディアンとなった。異世界に来てしまった少女を助けるには他に手がなかったからだ。

(さて……)

 今は美幸と並んで、座学を受けている。

(勉強なんて、大学以来だわ)

 講師はアドリア・ファトゥ、三十二歳。黒髪碧眼の妖艶な女性の宮廷魔法使いだ。所属は救国総省救国部課長――つまりは、実質的な現場責任者だ。

 アドリアが白墨チョークで、黒板に簡単な図形を描いた。

(救国総省救国部。言い換えれば、国防総省国防軍か……)

「……このように、北が魔王領、東がカルノー帝国と国境を接しています。エルンスト山脈の南は未開発地で、魔物の巣窟となっています。我がダランベール王国の西――姉妹国パンルヴェ聖王国の西は、蛮族の国が点在しています。――目下の脅威は北の魔王軍ですが、東の帝国軍とも国境問題で争いが絶えません」

「帝国が魔王に組している可能性はありますか?」

 高村が疑問に思ったことを質問した。

「魔王に組する――ですか? 異世界人らしい考え方ですね。人類圏でそれを言えば、魔王の手下だと自白するようなものです。すぐに石を投げられるでしょうね。救国裁判の判例は、良くて火刑かけい。通常は斬首刑です」

 アドリアが愛らしい顔で微笑んでみせた。

「(良くて火炙ひあぶりなのか……異世界は非人道的)――それで、答えは?」

「ありえません。人類が魔族と手を結ぶなど、ありえないのです」

 アドリアがチョークの粉を払った。レヴィが新しいチョークを用意する。

「けれど、昨日の歴史では、魔王に味方する蛮族も多いと教えられましたが?」

「それは魔法体系の違いです。私たちが女神様の恩恵を受け、魔法を発動するのに対して、蛮族を含め魔族は魔王を崇拝することで、魔術を起動しています」

 魔物はその身に魔術を刻んでいるらしい。

「……魔族と手を結ぶ者は人間ではない?」

「おおよそ、その認識で合っているかと」

 レヴィが口を挟んだ。糸目と同じく唇も薄いので、笑うと顔が三本線のシミュラクラ現象になった。

「(警告か……)女神様以外は見受けられませんでしたが、人類に味方する神様が他にもいるのでは? 多神教なのでしょう?」

「女神様には双子二柱の弟神様たちがおられますが、それぞれ太陽神と月神と同一化しています。神話でも登場が限られています。――ああ、それとしょくの神は悪魔崇拝の対象です」

(単一神教か……)

 単一神教は、他の神を認めない唯一神教とは異なり、多神を認めつつ、そのうちの一神を最高神として崇拝する宗教だ。

「蝕の神……こよみは正確なのですか?」

「はい。新王国暦は旧暦であるパンルヴェ暦より正確です」

(パンルヴェ聖王国の暦が旧暦だとすると、西が揺籃ようらんの地ですか……)

 北西の荒野から、パンルヴェ川を境に、南東の肥沃ひよくな地に勢力を拡大したのだろう。

 であれば、なおのこと先ほどの疑問が残る。

(どうして魔王は帝国に攻め入らない?)

 疑問はあったが、再度質問しても答えてくれないだろうことは、高村も承知していた。

(課長代理の緑髪が悪役か……鬼の副長?)

 味方の中にそうした悪役を一人置くと、組織がまとまる。

(午後は実戦訓練か……)

 疾風。美幸の風魔法だ。

 音速を超えた衝撃波で、古びた甲冑が引き裂かれて飛んでいく。

 美麗な白亜の壁に激突した。

(またやってしまった……)

 美幸がゆっくりと振り向いた。

 高村が額に手を当てていた。

「まだ、抑制が足りないですね」レヴィが無表情に言った。「ふつうは、魔力の底上げから始めるんですが。自身で抑えられないとなると、リミッターを作りますか」

「リミッター?」

 美幸が聞き返した。

「上限を決めて、魔力の循環を抑制させる道具です」

「すぐ作れるんですか?」

 高村が確認した。

「とりあえず、わたしのおふるを使うとして……あー、でもどこにやったかな。クラリス、貸してくれない?」

「うちにはないわよ? どうして自分基準なんだか……コリオリ家には、特殊者スペシャルはいません」

「スペシャル?」

 美幸が尋ねた。

「莫大な魔力を持つ者を特殊者スペシャルと呼称しています。多くは出生時に――」

「――家を壊す者という異名です」

 レヴィの解説に、クラリスが注釈した。

「それって……」

 高村には思い当たる節があるようだ。

「――あ、課長の息子さんが使っていたはず」

 クラリスが思い出した。

「借りてくるわ」レヴィが歩き出した。「二人には走り込みを。あなたは壁の修復を」

「了解」

「さあ、走りましょう」

 高村が、美幸の肩に手を置いた。

地の精霊(グノーム)よ、地の精霊(グノーム)

 クラリスの声が庭に響いた。

 美幸にとって、汗を流し、走る今が現実だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ