1−1.異世界召喚は未成年者略取ですよね?
『異世界召喚は未成年者略取ですよね?』
OP.
深夜、霧雨のなかを、女性二人が走っていた。
「ハア、ハア」
美しい少女――菊川美幸が振り返った。
「こっち!」
私服刑事の高村静香が、美幸の手を掴んだ。
反動で高村の髪留めが落ち、長い髪が広がった。
表通りに出た二人の前に、紺のBMWが停止した。
左運転席の香西鑑が眼鏡を正すと、手を伸ばして後部ドアを開いた。
二人が急いで乗り込んだ。
革シートには、バスタオルが置かれていた。
香西がヒーターを最大にする。
高村が美幸の髪にタオルをあてた。
「シートベルト」
香西が声をかけた。襟付きのウェストコート。
「……」
雷光に、刃物を手にした男が浮かび上がった。
「出しますよ?」
「ええ」
シルキーシックス――三・八L直列六気筒エンジンが静かに回転した。
「焙じ茶です。――忠告したのに」
香西が缶を渡した。
「前もって説明したでしょう?」
高村がヒーターの吹出口を、美幸のほうに向けた。
「『悪意の想像力がない人は、愚者である』――亡くなった友人の言葉を思い出します」
「まったくもう、なんて日なの――?」
強い光に、高村が顔を上げた。
大型トラックが車線を越えて、接近した。
「……そういえば母親が大型免許を持っていましたね」
トラックの女が、笑いながらステアリングを切った。
「ブレーキ! ブレーキ!」
「お母さん?」
衝突。
その瞬間、閃光に包まれた。
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1−1.異世界召喚は未成年者略取ですよね?
最初に目覚めたのは、高村静香だった。
「……」
出血を確認したが、異常はなかった。パンツスーツの肩口が破れている程度だ。
次に保護対象の菊川美幸を確かめたが、さいわい外傷は見当たらなかった。
「……怪我は?」
香西鑑のやわらかな声が聞こえた。
「たぶん……ない。ただ……動けない」
それは香西も同じだった。全身を強く挫傷していた。視界が血に染まる。
(M5(BMW)がパーだ。眼鏡はどこだ?)
「――」
車外から声が聞こえた。
(二重母音?)
頭から血を流す香西が、聞き耳を立てた。
〈大丈夫か?〉
意味は伝わった。
〈負傷しているぞ〉
〈どうやって開けるんだ?〉
〈ガラスを割るか?〉
〈こんな高価なものをか?〉
香西が手を伸ばし、ドアロックを解除した。
ドアを開けようとしたが、開かない。
「!」
香西が肩で押し開けた。
〈開いたぞ〉
香西が引きずり出された。
「女を……助けろ」
香西が無意識に命じた。
後部座席の二人が救出された。
(儀礼服?)
救出者たちの胸には、見たこともない獣の刺繍が施されていた。
高村が気を失った。
*
高村が目覚めたのは、天蓋付のベッドの上だった。
「お姫さまかよ」
自分で突っ込んだ。
気を失う前に見た一角獣らしき意匠が、調度品にまで描かれていた。
(どこだろう……)
ネグリジェにも刺繍があった。
「お目覚めになったようですね」
壁際に立っていた緑髪の女性――ポーラ・レヴィ=チヴィタが一礼した。糸目のスレンダー美人だ。
《風の精霊よ、風の精霊》
もう一人の小柄な使用人――金髪碧眼のクラリス・コリオリが一歩前に進み、杖を宙に示すと、呪文を唱えた。
《マダム・アダマールに、お客さまが目覚めたとお伝えしておくれ》
(お客さま?)
すぐに、マダム・アダマールがやってきた。
「体調はいかがでしょうか? マダム・タカムラ。わたくしは、救国総省救国部局長――宮廷魔法使いのジャンヌ・アダマールです。気安くジャンヌとお呼びください」
「私は、兵庫県緑が丘警察署生活安全課主任の高村静香巡査部長です。私が保護した菊川美幸さんはどちらですか? 同行した香西鑑の所在は?」
「……役職は、ポリス・サージェントですね。――サージェント・タカムラ、勇者キクカワは我が国の庇護下にあります」
「庇護下?」
「はい。我が国の秘術によって、ミス・ミユキ・キクカワは勇者として異世界から召喚されたのです」
「はあ?」
「よって我が国は、貴殿――サージェント・タカムラを、勇者キクカワの後見人に任じることにしました」
「あの、何を言っているんですか? それって、異世界召喚は未成年者略取ですよね?」
「これは、この上なく名誉なことなのですよ?」
「どうやって還るんですか? 国家の責任は?」
「勇者は我が国の財産です。――もちろん貴国としても、勇者の後見人が下士官では問題あるかと存じますので、少佐相当官として――」
「――マダム?」
高村が手を挙げた。
「ヒィー!」
アダマールが退き、レヴィの背に隠れた。
「マダム・アダマール、主任に攻撃の意志はありませんよ。――タカムラ主任、ご存知ないと思いますので申し上げますが、こちらの世界では手のひらを相手に見せる行為は呪詛のサインです」
レヴィが目をわずかに開いて説明した。緑の瞳だ。
「そちらの世界でいうところの、ムンツァだと伺っています。ミスター・コウザイから」
「その香西は?」
クラリスが指を下に向けた。
*
着替えた高村が昼食に招かれると、美幸が抱きついてきた。
きちんと食べているらしく、顔色が明るくなっていた。
美幸は国軍の略服を着ていた。左胸に、一角獣が描かれた国章が刺繍されている。
高村が着ている略服も同じ柄だが、刺繍はやや小さい。
アダマールが勇者小隊の指揮官を紹介した。
「ようこそ、ヒーローガーディアン・タカムラ。隊長のジュリア・ガストン中尉です」
赤髪赤眼の屈強な体躯のジュリアは、とても美幸と同じ身長とは思えない。
「同じく、副隊長のモーリス・ガストン少尉です。――勇者キクカワをこの地までお連れいただきましたことに、姉を含め、我が国を代表して感謝いたします」
金髪赤眼のモーリスが握手を求め、高村が応じた。モーリスのほうがわずかに低いが、それを感じさせない迫力があった。
「高村静香です。まだ、勇者後見人を受命していません」
高村が事実を述べた。
(勝手に話を進めないでよ……)
「こっちなら、お母さんも……あんな顔……」
美幸の言葉に、高村は何も応えられなかった。
「――!」
外から鳴き声が聞こえた。
「ヒーローガーディアン・タカムラ、あれが、我が国――ダランベール王国が誇る最強の竜騎兵です」
アダマールがバルコニーに案内した。
高村の頭上を、数十騎のワイバーンが舞っていた。
「……(トカゲ?)」
竜騎兵といっても、翼を広げた二本足の大きな蜥蜴に騎兵が乗っているだけだった。
「竜? ……ですか?」
「高村さん、食事をしたら、アレに乗りましょう」
美幸が、高村の手を握りしめた。
「……分かりました」
美幸の幸せそうな顔を見ると、どうしても断り切れなかった。
「還りたくありません」
レヴィの視線を感じた美幸が、高村に囁いた。
「それは――」
高村が言葉に詰まった。
「……その意思は尊重します。ですが、選択は限られています」




