第8話 余白
午後の光が活字棚の影を少しずつ動かしていた。
灯は試し刷りを手に取る。地元企業の領収書。依頼書と照らし合わせながら、指先で行を辿る。
校正は、最近になって任されるようになった仕事だった。最初は湊が全部やっていたが、「こういうの得意だろ」と、少しずつ任されるようになった。得意だろって、何を以って。そう思いながらも黙って受け取る。少なくとも、今の私の居場所はここだから。
文字が多い仕事は、灯の後に必ず湊がもう一度見る。二段構えの作業だった。
ある箇所で、灯の手が止まった。ここの余白。一行だけ、他より少し狭く見える。気のせいかもしれない。灯は紙を離して見る。試し刷りを窓の光にかざす。やはり少し違う。上下の行と比べると、そこだけ息が詰まっているようだった。
言うべきかどうか、少し迷った。湊はこういうものを毎日見ている。自分が今日気づいたことなど、とっくに確認済みかもしれない。
それでも、灯は作業台の前へ歩いた。
「湊さん」
湊が灯を見る。
「ここなんですけど」
試し刷りを差し出し、指で該当の行を示す。湊は受け取り、一度だけ見る。それから組版台へ歩いて、版を見た。灯は何も言わずに待った。やがて湊が小さく息を吐いた。
「込め物、一個ずれてた」
湊はピンセットを手に取りながら、こちらを見ないまま言った。
「よく気づいたな」
灯は止めていた息を吐いた。湊は版の中へ指先を入れる。込め物を一つ抜く。別のものを入れる。小さな金属音がした。灯は組版台の横から覗き込む。何が変わったのかは分からない。けれど湊の指先は迷わなかった。
修正が終わると、もう一枚刷る。ガチャン。紙をめくる。
「見て」
灯は刷り上がった紙を受け取る。行の詰まりが消え、余白が均等に並んでいる。
「校正の内容によっては、全部やり直しになったりしますか」
湊は作業台を片付けながら、こちらを見ないまま言った。
「内容によってはね」
画面の中では、一瞬の作業だった。何度でもやり直せる。けれど目の前のこの人は、修正のたびに、文字を並べる。余白をつくる。灯がつぶやく。
「言って大丈夫でしたか」
湊がこちらを向く。少しだけ首を傾げる。
「なんで」
「いや、大変なので」
湊の口元が小さく緩む。
「そういうもんだろ、活版は」




