第33話 和綴じ
応接机に、湊がいくつかの見本を並べていく。
「これは無線綴じ。背を糊で固める方法で、ページ数が多くても作れます。本屋に並んでる文庫も、だいたいこれです」
灯は手のひらの中の薄黄色のノートを撫でた。私のは、無線綴じ。
湊は次の見本を手に取る。
「こっちは中綴じ。二つ折りにして、真ん中を針金で留める。薄い冊子に向いています」
湊の指が、見本の背や綴じ目を示していく。インクの染みた、確かな手だった。その手の動きを、灯はいつのまにか目で追っている。
「今回の日記は、枚数的にどちらでも対応できます」
「うーん、そうですねぇ」
香代は、二つの見本を交互に手に取った。けれど、どちらもしばらく眺めては、また机に戻してしまう。ページを行き来する指が、何度か同じ見本の上で止まる。
そこへ、暖簾の奥から誠一が歩いてきた。
「和綴じって方法もあるぞ」
手にしていたのは、古い御朱印帳だった。表紙は色が褪せ、角は擦り切れている。机に置かれたそれは、紙の表面を糸が縫って、規則正しい綴じ目が並んでいた。
香代がそれを手に取る。綴じ目を指でたどり、ページを繰る。糸で留められた紙の束は、めくるたびに、やわらかくひらいた。他の綴じ方とは違う手触りがそこにあった。
「これ、素敵ですね」
顔を上げて、誠一を見た。
「これにしたいです」
和綴じなど、灯はやったことがない。隣の湊もそうなのだろう。どちらからともなく、誠一のほうへ目を向ける。
誠一は香代の返事を受けて、それだけ分かればいい、というように、小さく頷いた。
*
誠一から教わったとおりに、やってみる。けれど、そう簡単にはいかなかった。
まず、練習用に刷り損じの紙の束を重ねて、端を揃える。その束に、目打ちで穴を開けていく。定規をあてて、等間隔に。簡単そうに見えて、これが難しい。灯の開けた穴は、上のほうこそ揃っているのに、下へいくほど間延びして、最後の一つだけ、妙に詰まってしまった。
隣で、湊が自分の束を黙って差し出す。湊のほうは、穴がきれいに並んでいた。
「なんで湊さんのは」
「力の入れ方?」
それだけ言って、湊はまた手を動かす。太い針に、蝋を引いた糸を通し、束の端から針を入れる。裏へ抜き、また表へ。一目ずつ、糸が紙を縫っていく。引く加減が緩ければ綴じ目はたわみ、きつすぎれば紙が波打つ。その加減を、湊の指は、もう覚えはじめているようだった。
灯も真似してみるけれど、引いた糸が、どうしても緩む。綴じ終えた束を持ち上げると、ページがぱらりと開いて、頼りなく揺れた。
「ああもう」
「壊滅的」
「しかも絡まりました」
湊が小さく笑って、灯の手元の糸をほどく。同じ束の上で、二人の手がしばらく動いた。
灯の尖らせた口に気づいたのか、湊がもう一度笑った。
「まあ、製本は俺がやるとして」
湊が針を置く。
「色は灯が決めて」
灯は顔を上げる。
——色のことはお任せします。そのほうが間違いない気がするので——そう言った香代の声がよみがえる。
灯は、少し目を見開いた。それから、手元へ視線を落とす。
「ちゃんと読んでから決めます」
製本のやり方は決まっても、本になるのはまだ先だ。あの人の父が遺した言葉を全て読んでから、それにふさわしい色を選ぼう。任せてくれた、この人のためにも。
「うん」
湊は灯を見て、それだけ言った。




