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満ちるころ  作者: 飴屋みずき
第1章 朝倉活版印刷所
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33/40

第33話 和綴じ

 応接机に、湊がいくつかの見本を並べていく。

「これは無線綴じ。背を糊で固める方法で、ページ数が多くても作れます。本屋に並んでる文庫も、だいたいこれです」

 灯は手のひらの中の薄黄色のノートを撫でた。私のは、無線綴じ。

 湊は次の見本を手に取る。

「こっちは中綴じ。二つ折りにして、真ん中を針金で留める。薄い冊子に向いています」

 湊の指が、見本の背や綴じ目を示していく。インクの染みた、確かな手だった。その手の動きを、灯はいつのまにか目で追っている。

「今回の日記は、枚数的にどちらでも対応できます」

「うーん、そうですねぇ」

 香代は、二つの見本を交互に手に取った。けれど、どちらもしばらく眺めては、また机に戻してしまう。ページを行き来する指が、何度か同じ見本の上で止まる。

 そこへ、暖簾の奥から誠一が歩いてきた。

「和綴じって方法もあるぞ」

 手にしていたのは、古い御朱印帳だった。表紙は色が褪せ、角は擦り切れている。机に置かれたそれは、紙の表面を糸が縫って、規則正しい綴じ目が並んでいた。

 香代がそれを手に取る。綴じ目を指でたどり、ページを繰る。糸で留められた紙の束は、めくるたびに、やわらかくひらいた。他の綴じ方とは違う手触りがそこにあった。

「これ、素敵ですね」

 顔を上げて、誠一を見た。

「これにしたいです」

 和綴じなど、灯はやったことがない。隣の湊もそうなのだろう。どちらからともなく、誠一のほうへ目を向ける。

 誠一は香代の返事を受けて、それだけ分かればいい、というように、小さく頷いた。

           *

 誠一から教わったとおりに、やってみる。けれど、そう簡単にはいかなかった。

 まず、練習用に刷り損じの紙の束を重ねて、端を揃える。その束に、目打ちで穴を開けていく。定規をあてて、等間隔に。簡単そうに見えて、これが難しい。灯の開けた穴は、上のほうこそ揃っているのに、下へいくほど間延びして、最後の一つだけ、妙に詰まってしまった。

 隣で、湊が自分の束を黙って差し出す。湊のほうは、穴がきれいに並んでいた。

「なんで湊さんのは」

「力の入れ方?」

 それだけ言って、湊はまた手を動かす。太い針に、蝋を引いた糸を通し、束の端から針を入れる。裏へ抜き、また表へ。一目ずつ、糸が紙を縫っていく。引く加減が緩ければ綴じ目はたわみ、きつすぎれば紙が波打つ。その加減を、湊の指は、もう覚えはじめているようだった。

 灯も真似してみるけれど、引いた糸が、どうしても緩む。綴じ終えた束を持ち上げると、ページがぱらりと開いて、頼りなく揺れた。

「ああもう」

「壊滅的」

「しかも絡まりました」

 湊が小さく笑って、灯の手元の糸をほどく。同じ束の上で、二人の手がしばらく動いた。 

 灯の尖らせた口に気づいたのか、湊がもう一度笑った。

「まあ、製本は俺がやるとして」

 湊が針を置く。

「色は灯が決めて」

 灯は顔を上げる。

 ——色のことはお任せします。そのほうが間違いない気がするので——そう言った香代の声がよみがえる。

 灯は、少し目を見開いた。それから、手元へ視線を落とす。

「ちゃんと読んでから決めます」

 製本のやり方は決まっても、本になるのはまだ先だ。あの人の父が遺した言葉を全て読んでから、それにふさわしい色を選ぼう。任せてくれた、この人のためにも。

「うん」

 湊は灯を見て、それだけ言った。

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