第24話 川
灯は帳簿を閉じる。顔を上げると、湊が窓の外を見ていた。作業の手は止まっている。珍しいことではない。依頼が一段落した時、湊は時々こうして川を見る。灯も窓際へ歩いた。
風が吹き、川面が揺れる。しばらく誰も話さない。
やがて湊が川を指差した。
「いた」
灯は目を細める。見えない。視線を移動させるが、やはり見えない。
「どこですか」
「そこ」
「分かりません」
湊が少し笑う。灯は眉を寄せた。
その時、川面が揺れた。銀色の影が水の中を走る。思わず声が出る。湊は何も言わない。ただ川を見ている。魚はすぐに見えなくなった。
風が吹き、机の上の紙の端が揺れる。
しばらくして、灯は静かに口を開いた。
「湊さん」
「なに」
川を見たまま言った。
「やめないでほしいです」
湊が顔を向ける。
「……なに、急に」
灯は答えない。代わりにポケットから小さな袋を取り出した。透明な袋の中で、朝顔の種が転がる。花札の依頼のあと、女性からもらったものだった。
「これ」
湊が受け取り、袋を見る。
「じいちゃんに聞いたら、窓辺で育てていいって」
湊は袋を見ていた。
「なんで俺に」
遠くで船の汽笛が鳴った。灯はその音を聞いていた。
「戻るので」
湊が顔を上げる。
「東京」
灯は前を向いたままだった。
「もう一度、向き合ってみようと思って」
湊は何も言わない。川を見る。魚を探すみたいに。やがて小さく言った。
「急だな」
灯は少しだけ笑った。
湊は朝顔の種をポケットへしまう。それから、何も言わずに拳を差し出した。灯は一瞬だけ目を丸くする。すぐに笑って、自分も拳を作る。二つの拳が、小さくぶつかった。
川の潮は満ちて、川幅いっぱいに水が光っていた。




