07 持つべきものは同期
「で、あんたのとこは最近どうよ」
「どうって何がだよ」
「あのほら、えっと、何だっけ? ナントカ会」
警察署のすぐ近くにある蕎麦屋のテーブル席で、長身の女と強面の男が向かい合って座っていた。
注文した料理が来るのを待っているのか、手持ち無沙汰に蕎麦茶の入った湯呑とスマホを器用に同時に扱っている。
「思い出した、ガンギマリ観音会」
「歓喜観音会だっつってんだろ、お前さては覚える気ねぇな?」
「何よ、クスリキメてガンギマリになってる観音会だから、間違ってないじゃん」
「お前もさぁ、警察官ならもうちょい言葉選べよ。そんなんだから彼氏に逃げられんじゃねえか」
「ワンちゃん、それセクハラだかんね?」
大神月光はスマホから視線を外し、鋭い目で対面に座るドーベルマンのようないかつい男、戌井を睨みつけた。
「はいはい、そいつは悪うござんした。ってかどこにセクシャル要素があるんだよ」
「うっさいわね、女がセクハラっつったらセクハラなの」
「男女平等はどこ行ったんだよ」
「男が細かいことでガタガタ言うんじゃないわよ」
「だから男女平等——」
「おまたせしました、カツ丼セット、丼大盛りのお客様?」
「あ、はい。こっちっす」
カツ丼大盛りにフルサイズのたぬきそばという、実にボリュームのある豪快なトレイは大神の前に差し出される。
「はい、じゃあざるの特盛と、あとセットの天ぷらですねー。ごゆっくりどうぞ」
戌井の前にはピラミッド並みに盛られたざるそばと、季節の天ぷらのセットが差し出された。
大神も戌井も、一応は手を合わせて『いただきます』とつぶやいてから、凄まじい勢いで蕎麦を胃に流し込んでいく。
大神も、31歳の独身女性とは思えない勢いで『これはカツ丼のCMの仕事が来る』と思えるほど美味そうに、カツ丼を食べ続ける。
「大体さぁ、男のクセにカツ丼大盛り食えないとか? どんだけ軟弱なのよってハナシよね」
「お前の男選びの基準がわからねぇなぁ。俺が知る範囲で『食と酒の不一致』で別れたの、こないだのヤツで4人目じゃねぇか」
「ホント、あんたくらいよ。私がカツ丼大盛り食べても、牛カルビ焼肉丼の特盛食べても、芋焼酎のロックが好きって言っても引かなかったの」
「俺は食いっぷりの良い女は嫌いじゃない」
「え、やだ何? 今の告白? 私がフリーになったからって? てか私、狙われてた?」
「違ぇよバカ。さっさと食えこの野郎」
残念なことに、今のところ大神と戌井の会話には色気はまったくなく、食い気しかなかった。
「お前も黙ってりゃ美人なのになぁ、勿体ねぇ」
「何よ、喋ったら残念みたいなこと言ってさ」
「よかったよ、日本語が通じてるみたいで」
「ケンカなら買うわよ?」
「売ってねぇよ。事実を事実のまま言ってるだけだ馬鹿野郎」
「で? 結局んとこどうなの? 例のガンギマリ会」
「短くなってんぞ。観音会だ。それから人の天ぷら勝手に食うんじゃねぇ」
よりによって一番高いであろう海老天を、戌井の前の皿からためらいもなく取り上げると、一切の躊躇なくぱくっと美味しそうに食べてしまった。
流石に2つ目の舞茸の天ぷらに伸ばそうとした箸は、戌井の鉄壁のガードによって防がれる。
「ガンギマリキャノン会ね。オッケー完璧に理解したわ」
「お前の完璧って一体何なんだろうな」
「で、そのガンギマリキャノン会のせいなんでしょ? 最近やたら失踪が続いてんの」
「多分な。まだ確証はねぇし証拠もねぇがな。やっぱ相談件数増えてんのか」
「爆増。こないだのさ、ほら、馬渕くんだっけ? 彼のお父さんは見つかったし、そのあと何人か見つかったじゃん? でも結局、まだ誰も退院できてないわけじゃない。これってもう破防法適用案件じゃない?」
「物騒なこと署の外で言うんじゃねぇよ。まぁ同感だけどな」
「あーぁ、突入とか私もやってみたいわ。こう、銃構えてさ?」
大神は、手に持った割り箸を器用に使って、銃を構えるような仕草をして見せる。
呆れ返った顔の戌井だったが、ざるそばを流し込む手を止めない。
「で、とりあえずドア蹴破るじゃん? 3発くらいぶっ放してから『動くな! 動いたら撃つ!』でしょ?」
「ドアは普通に開けるし、普通はぶっ放す前に言うんだよ、警告は」
「何よ、相変わらず細かいわね。イカの天ぷらもらって良い?」
「やらねぇよ。勝手に人の海老天食った女のセリフじゃねぇぞ」
「ならナスならオッケー?」
「何で俺の天ぷら喰うのが当たり前みたいに思ってんだ? 喰いたきゃ自分で注文しろよ」
「だってそこにあるから」
「俺のだって言ってんだろうがバカ——ってお前、もう食ったのかよ!?」
「警察官なら早食いは仕事のうちでしょ」
料理が届いてわずか10分、大神の前の丼は2つともにキレイにからになっていた。
戌井もざるそばの最後の一口と、大神の魔の手からかろうじて守られたイカとしいたけ、ナスの天ぷらを無事に食べ終えると、揃ってすぐに席を立つ。
立場上、のんびり優雅にお食事などそうそう楽しめるものではない。
彼らは市民の安全を護る義務を負った警察官なのだ。
「よし、じゃ帰るわよ」
「おう、ごっそさん」
「は? 何言ってんのワンちゃん、奢るわけないでしょ」
「お前が誘っただろ、蕎麦食いに行こうぜって。食後のコーヒーは俺が奢ってやるよ」
「じゃあコーヒーとクッキー全種とベイクドチーズケーキにしようかなぁ」
大神が伝票をレジの中年女性の前に差し出すまでの短い時間で、戌井の頭の中では素早い計算が進んでいた。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「いつもどうもありがとうございます。お会計ご一緒で?」
「はい、一緒で——」
「いや、別々でお願いします。すんません。俺はざるの特盛の天ぷらセット」
「はいはい、それじゃあお兄さんの方は1400円で、お姉さんは1350円ね」
振り返りながら大神が眉間にシワを寄せ、睨みつけながら舌打ちをする。
「何よ、私の奢りじゃなかったの?」
「ふざけんな手前ぇ、コーヒー代だけで2000円超えるとこだったぞ」
「君のような勘の良い男はキライだよ」
「あぁ、俺もお前みたいな女はキライだよ」
「お二人さん、仲いいわねぇ? はい、じゃあお兄さんはお釣り600円、お姉さんは1500円からでお釣り150円ね。ありがとうございましたぁ」
揃ってレジの女性に会釈をして『ごちそうさまです』と声をかけて店を出ていくこの2人が、後に結ばれる事になるなど、このときは当の本人たちも想像すらしていないことであった。




