31 賑やかな教室
賑やかな工業高校の教室、情報システム科1年生の教室は、久々に賑わっていた。
校内での暴力事件や、学校周辺での違法薬物の蔓延という事情もあり、しばらくの間自宅での学習が続いていたのだが、警察とのパトロール強化であったり警備会社との契約など『安全確保のための手立てが整えられた』とのことで、久方ぶりの登校再開となっている。
「私としちゃあ自宅学習も良かったけどさぁ、やっぱみんなと会わないとホント全っ然喋れなくってぇ」
と賑やかに語るのは、ジャネットから『お願いだから、1分で良いから黙ってて……』と毎日何度もたしなめられていた真理亜である。
「なんていうの? やっぱ親の目があるとサボれないじゃん? お母さん普段昼間家にいるし、宿題しろーとか、テスト勉強大丈夫なのか? ってさ」
「あー分かる分かるぅ、ウチもマジでそれ」
「みんな同じじゃん」
きゃはははは、とソプラノの笑い声は教室の壁を貫通し、廊下まで響いてしまう。
真理亜にとっては実に2ヶ月ぶりの旧友との再会である。この状況で『箸が転げても可笑しい年頃』である真理亜たち16歳の娘たちが黙っているワケがない。
「ほら席ついてー。貂、机の上に座らない。ほらさっさと席戻って。鈴木、猪口、辰巳、お前らも席につく。ほら静かに。はい日直はー……辰巳、貂。はい号令」
「はぁーい。きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
「真面目にやんなさい貂。……まったく……じゃあ出席——の前にだ。ちょっと連絡があります。牛野と魚川だけど、ちょっと実家の都合でしばらく休むそうです。親御さんから連絡がありました」
ざわ、と教室内が少しだけざわめくが、担任である根津教諭は動じない。出席簿でぱんぱんと音を立てると、教壇の上から教え子たちをゆっくりと見下ろす。
教室内は、空席がいくつか目立っていた。
実のところ『実家の都合で休み』となっているのは、先程名前を挙げた2人だけではない。このクラスだけでも通算で4人。学年全体でも20人を超えていた。
20人中15人は、すでに保護者を通じて退学の申し出があった。
やはり薬物騒ぎや暴力沙汰などが続いてしまったこともあるのだろう。ただでさえ最寄りの駅近辺で、中国系の半グレ集団を見かけていたなどという報告も上がっている。保護者が不安になるのも致し方ないことだ。
「良いかー? みんな色々あると思うし不安なこともあると思う。でもな、そう言うときこそ気をつけるように。人間弱ってるときに助けの手を差し伸べられると、反射的にその手を取っちゃうからね。ちゃんと見定めないとダメよ。特に鈴木、猪口。お前ら宿題溜まってるからね。今週中に出すように」
「うげ、ヤバい、どうしよ。バレるはずがないのに」
「バレるに決まってんだろ……なんのためにオンライン宿題にしてると思ってんの君たち。それから、回答にあからさまにAI使ってるやつ。バレてるぞ」
うへぇ、と田貫のような声を挙げてうつむいたのは、真理亜ひとりだけではない。
自宅であればスマホを使ってAIに質問し放題だったが、学校の教室ともなればその限りではない。
「良い? AIはあくまで道具なの。安易に頼らない。今のうちに自分のアタマで考える習慣つけとかないと、考えることまでAIに丸投げしちゃうよ?」
「えーせんせー、それって別に良くない? だってウチらよりAIの方がアタマ良いしさぁ。アレでしょ? AIが東大合格するんでしょ? それでいーじゃん」
「ダメなの。あのね、AIは確かに知識はある。じゃあその知識をどう組み合わせるかとか、誰にいつどう使うかとか、倫理的にどうよ、っていうとことかは自分で考えるの。自分の頭で考えて、自分の意思で決めて、そうじゃなきゃ自分で責任取れないじゃない」
「えーヤだぁ、責任とかとりたくなぁい」
担任の根津教諭の言葉に気だるそうに答えたのは真理亜だった。
「貂ちゃん、責任とれない人は生活できないよ? 責任取れない人は信頼されない。信頼されない人には仕事は回ってこない。仕事が回ってこないと給料は稼げない。給料がないと? はい猪口」
「金がない」
「はいその通り。猪口、今良いこと言ったわよ。つまり、自分のアタマで考えられない奴は、あくどい奴らに利用されて終わるからね」
「何その『風が吹けば桶屋が儲かる』的な理論……ねー、ねづっちさぁ——」
「根津先生と言いなさい。次『ねづっち』って言ったら留年させるよ」
貂の言葉はあっさりと遮られてしまった。
「根津せんせーさぁ、ぶっちゃけた話よ? 同じ質問にAIと私が答えだすとするじゃん? どっちが正しいと思う?」
「多分AIね」
根津は一切の情け容赦もなく言い切った。
「ほらぁ。だったら私が考える意味って無くない?」
「今はそうかも知れない。でもね、人間が考え方を育てるのには時間かかるの。例えば貂のお母さんとか周りのオトナがちゃんと考えて出した答えなら、AIの答えが正しかったとしても、人間の答えに価値があると思う」
「なんでぇ?」
「その人の主観が入るからよ。経験、仕事、立場、思想、生き方、何を良しとして何をダメとするか、そういった価値観が入るの。そういう価値観が含まれた答えがいくつもぶつかりあって、尖った意見が削りあって『ピッタリ合う答え』を作り出してくのよ。その答えがダメなものでも、ちゃんと答えを出した者が責任取って次のいい案を考える。人間の社会ってそういやって発展してきたの」
「ふぅん……」
朝のホームルームの時間にしてはかなりのボリュームになる話ではあったが、日本史教諭の根津は出席簿をひょいと持ち上げて、教え子たちに笑顔を向けた。
「人間の歴史ってね、失敗の歴史なの。失敗から学ぶことは多いのよ? AIに任せたら失敗出来ないじゃない。今のあんた達は恵まれてんのよ? 失敗が赦される子供なんだから。思う存分悩んで悩んで、たくさん失敗して、それで成長してきゃ良いのよ」
まだ高校生には深すぎる言葉を残し、36歳独身、彼氏と別れたばかりで悩みと苦しみの渦中にある根津は教室を出ていった。




