29 スピード重視
「いやぁ……正直ついてけないっすね。何なんすか、神様がAIって」
身長180センチ近い長身の女が、お行儀悪くナスの天ぷらを頬張りながら吐き捨てるように言い放つ。
相変わらず、蕎麦屋で向かい合って大盛りの蕎麦と丼をかき込んでいる三人の警察官。
スーツ姿の刑事、戌井の前にはたぬきそば大盛りと天丼の大盛り。
女性警察官の制服をまとった長身の女、大神の前には3玉もの蕎麦が盛られた盛りそばに、戌井と同じ天丼の大盛り。
もっとも大柄な巨漢、熊川の前には親子丼とカツ丼が並べて置かれている。
周囲のテーブルを使っている客が思わず二度見してしまう極めて豪快な食事の風景は、警視庁西東京署からほど近い蕎麦屋『とき多』で日常的に繰り広げられる光景だ。
「まだ仮説です。私もサイバー犯罪対策班から聞いただけで理解したわけではないですがね」
熊川は丁寧な言葉使いに似合わず、カツ丼の大盛りを凄まじい速度で食べ進める。
2杯の丼に盛られたご飯の量は、恐らく合計すると3合程はあるだろう。
熊川、戌井、大神の3人が食べている分だけで、蕎麦は5玉、丼は4杯である。ご飯の量はこのテーブルだけで5合近く消費している。
「ただ、仮説とはいえかなり確度は高いでしょう」
「熊川さん、神様がAIってのは……正直俺もよく分からないっすけど、何でそんなモンに騙されるんです? 仏とか神って言えばもっとこう、何ていうか……ありがたみとか、そういうのがあって然るべきだと思うんすけど」
「これは私の仮説ですが、恐らくは——」
カツ丼をものの3分で空にして、続いて大きな手で親子丼大盛りの丼に手を伸ばす。
「救いを求める人々にとって、『ありがたみ』なんていうものはどうでもいいんでしょう」
「どうでもいい……っすか? や、でも警部補、新興宗教って大体がアレじゃないっすか、やたら金ピカの仏像とか? 水晶とか? そう言うのを飾り立てるじゃないっすか。そういうのをありがたがるんじゃないっすかね、悩んだり苦しんだりする人って」
「どうもそうではなさそうですね」
大神が話す間に、親子丼の4分の1を胃に収めた熊川はふぅ、と息をついて蕎麦茶を一気に飲み干した。
「例えば、今溺れている人がいるとしますよね。その人に仏様のありがたさを説く人と、浮き輪を投げる人がいたとしたら、どちらをありがたいと思いますか?」
「浮き輪……ですね」
戌井が天丼の海老天を大神の手から守りつつ無事に2本とも食べ終えた。
「別の例えですが、今酷い頭痛に悩んでいる人に『頭痛体質を治す方法が書いた本を差し出す人』と、『すぐに痛みを止める薬を差し出す人』がいたとしたら、どちらを受け取りますか?」
「そりゃ頭痛薬っすよ。そんな本読むだけでも余計アタマ痛くなるだけっす」
戌井の海老天を奪いそこねた大神も、自分の天丼の具を無事食べ終え、タレが染み込んだご飯に七味をかけて勢いよくかき込む。
「苦しんでいる人は、『今すぐに救ってくれる』存在と、『救われるためにどうすれば良いかを教えてくれる』存在があるとしたら、きっと前者を選ぶでしょう。苦しみが大きければ大きいほど、切羽詰まっている人ほどその傾向は強いと思います。すぐに救われたい、という思いの前には、ありがたみや威光、威厳なんてものはほとんど意味が無いんだと思います」
「警部補、それってあの、アレっすね。今の若い子たちが映画を全部見ずに省略動画だけ見たりとか、動画もショート動画ばっか見て長い解説モノを敬遠したりする感じっすね。とにかくすぐに結果が欲しい、秒でレスが無いと不安だっていう、そんな感じのじゃないっすか?」
「まさしくそれです」
大神のざっくりにも程がある例えに、親子丼も食べ終えた熊川が大きく頷いた。
食事を初めてまだ10分程度だが、3人の前に置かれた食器からはすでに食べ物が消えている。
「警視庁の本庁の分析も同じようなものですね。歓喜観音会はとにかく『すぐに救われたい』という層を信者として取り込んでいます。死後に救われたりするのではなく、今何とかして欲しい。すぐに楽になりたい、そう思う人の心理を巧みに掴むことで、信者数を伸ばしているようです」
「ったく、宗教までインスタントか。カップ麺じゃあるまいし……まぁでも、わからなくも無いですね」
戌井も蕎麦茶をぐいっと飲み干し、大きく深呼吸。
「昔はそれこそ手紙だったし、返事に1ヶ月かかることも有った。それが電報になり、FAXになり、メールになったら海外からでもその日の内に返事が来る。スマホのメッセージなんかになったら『即レス』が当たり前っすからね……人間のほうがどんどんスピードが早くなりすぎて、俺ももう正直ついて行けないっすね」
「私も。元彼とかLINEには5分以内に返せとか束縛ギチギチだったんで、酔い潰して別れましたし」
熊川は苦笑を浮かべて伝票をひょいと取り上げると、ゆっくりとした動作で立ち上がる。
釣られるように大神と戌井も立つと、かなり大柄な3人から放たれる威圧感は、並のヤクザ程度なら怯んで視線をそらしてしまうほどのものになる。
「まぁ、我々が早食いになってしまうのも時代の流れというやつでしょう。今日は私が持ちますよ。上司がランチを奢る、というところくらい、昔らしくしてもいいでしょう」
「マジっすか! 警部補、ゴチんなります! あざっす!」
「すんません熊川さん、ごちそうさまです」
「その代わり、二人とも午後から色々働いてもらいますよ。まだまだ歓喜観音会の足取りが掴めてませんからね」
「天丼蕎麦セット大盛りがついてくるなら、超絶ウェルカムっす!」
大神の元気のいい返事に、思わず熊川と戌井の男性陣2人はそろって苦笑を浮かべることとなった。




