02 どこへ消えた
西東京署の建物内で、戌井は相変わらずカップ焼きそばをすすりながら頭を抱えていた。
時刻は16時、昼食としてはあまりにも遅いものだったが、この日戌井は行方不明者の捜索や新型MDMA『アムリタ』の製造拠点の調査で忙殺されてしまい、今になってようやく昼食の時間となっている。
この光景自体は、署内ではごく日常的なものであるためか、周囲にいる刑事たちも特に気に留める様子もなかった。
「どうしました、戌井くん」
だが、細やかな気遣いが出来る警部補、熊川は部下である戌井の様子を見過ごさない。
身長199センチ、体重137キロの巨体に似合わず、熊川は気配りと気遣いの人であり、署内の女性警察官からの人気も実はかなり高い。
そんな上司と異なり、『割とガサツ』という評判の戌井は、お行儀悪く箸でインターネット上の地図を指し示した。
「いやぁ……数が合わないのは一体どこにいるんだろうなと思って」
「数が合わない?」
「はい。アレですよ、ほら、ここんとこ続いてた失踪事件。やっぱ歓喜観音会の監禁とかヤクの製造拠点は他にもあるんでしょうけど、やっぱそう言う場所で監禁されてクスリ漬けになってんのかと思うと、ちょっと気が滅入りますよね」
「そうですね。そんな被害者を探し出すのも、我々警察の役目です」
「……そうっすよね……熊川さん、俺先月、馬渕陽平くんの親父さんの葬式に行ってきたんですよ」
「馬渕陽一さんの、ですか」
こくり、と戌井は頷いて、焼きそばの最後の一口を勢いよくすすり、ろくに噛みもせずに飲み込んだ。
「結局、息子さんの陽平くんとは最後に少しだけ話が出来たんでしたか」
「本当に一言だけでした……最後の最後に、陽平くんから『おかえり』と言ってやれたことが、陽平くんにとっても救いだったようです」
「そうでしょう。人は死ねばそれまでですからね。本来、葬式も法事も残された人のためにするものです。陽平くんが少しでも救われたなら、それこそ警察にとっても救いですよ」
「ホントそうっすね。……例の教祖の鳩ヶ谷妙見でしたっけ? 素性を調べるどころか、今どきのカルト宗教ってのはウェブサイトにSNSまでやってて、ご丁寧に紹介ページまでありますよ、ほら」
戌井がノートパソコンの液晶パネルの向きを変えて熊川に向ける。
画面上に映し出されていたのは、なんと歓喜観音会のウェブサイトである。
『教祖鳩ヶ谷妙見が、不景気と値上げに苦しむあなたの心に寄り添います』
『御本尊は大聖歓喜観音菩薩、障害を取り除く満願成就の仏様です。特に学業成就、商売繁盛にご利益があるインドにルーツのある仏様です』
『あなたの願いを、妙見菩薩の化身にして大聖歓喜観音菩薩の使徒、鳩ヶ谷妙見が叶えます』
『無料セミナー申し込み、お問い合わせはこちら』
いかにも怪しげなカルト集団のサイト、という雰囲気は微塵も感じさせない。
むしろ爽やかな印象すら抱かせるような、白と青、緑を基調として、青空に美しい景色、山といった雄大な自然の写真をふんだんに使用している。
「随分手が込んだものですね」
「このセミナーってのは、今はやってないみたいですがね。まぁオウムの時の『ヨガセミナー』とはちょっと違って、日常生活で疲れた者への無料カウンセリングに占い、あとは法話? とか先祖供養ってモンらしいですよ」
「なるほど、こういった『無料セミナー』を使って人を集めていたわけですか……」
熊川がふむ、とつぶやいて腕を組むと、上腕二頭筋と三頭筋が盛り上がり、薄手のシャツの生地が悲鳴を上げた。
「手口としてはカルトによくあるものですね。陳腐化しているとすら言えるものですが、陳腐化するほど使われるということは、効果があるということです」
「そうっすね……なかなか救われない状況にいる人をすくい上げる……本来なら行政だの警察だのの仕事って言われりゃ、そうかもしれないっすけど」
「警察も動けるケースと動けないケースがありますからね。我々は我々に出来ることをする、それだけですよ」
歓喜観音会の活動は、表立ったものではなくなっている。
表面上、ウェブサイトの情報を信じるならば、セミナーのたぐいは半年ほど前を最後に開催されていない。
だが、依然として東京都内を中心に『アムリタ』は発見が続いている。つい先日は神奈川県の相模原市でも、職務質問を受けた大学生が所持していた、ということで現行犯逮捕されている。
警察として最も悩ましいのは、歓喜観音会の拠点である『道場』がどこにあるのか、警察も掴みきれていないということだ。
「ったく……コイツらどこにいやがる……」
戌井はノートパソコンのウィンドウを切り替え、再度マップを表示させるが、残念ながらマップ上に『カルト教団のアジト』などというものが表示されているわけもない。
再びウィンドウを切り替えて歓喜観音会のウェブサイトを前面に出す。
教祖、鳩ヶ谷妙見の写真などはどこにも掲載されていない。唯一、観音会の幹部として顔が公開されていたのは、『教導師』として名前が挙げられている壮年の男だけだ。
「鵜殿宏和……か……コイツから当たるしかねぇか」
「教導師というのがどれくらいの位置にいるのかはわかりませんが、『副代表』というからにはナンバー2あたりと見て間違いないでしょう。手がかりにはなりそうですね」
「よっし!」
がた、と勢いよく立ち上がり、空になったカップ焼きそばの器を持ち上げると、戌井は物静かな上司熊川へと振り返る。
「これ、片したら、例の奥多摩の道場にいた教団の連中に話聞いてきます。鵜殿ってやつについて、何か情報が掴めるかもしれないっすから」
「そうですね。じゃあ、一緒に行きましょうか」
「了解っす。3分で支度します」
そう言い残し、戌井は給湯室へと消えていった。




