22 便利な道具
この日、珍しくスナックFOXは満員御礼になっていた。
カウンター席には大柄な熊川、戌井、大神と、さらに龍ケ崎が並んで腰掛けている。
6席だけのテーブル席には、鶴岡と田貫、そして馬渕が腰掛け、チーママ、ミマ、そしてジェニーがそれぞれの馴染み客の隣に座り、酒を楽しんでいた。
「最初に言っておくけど、今から話すことは全部私の推理。ただの妄想かもしれないし、物的証拠は何もない。でも、今日クマさんが『まだ何も手がかりがない』って言ってた状態が続いてるなら、何かの役に立つかも知れない。さてと、全員お飲み物は行き渡ったわね? じゃあ説明の前に」
ひょい、と木常ママが自分のグラスを持ち上げると、テーブル席の常連客と、すでに馴染みとなっている熊川と戌井も条件反射のようにグラスを持ち上げた。
「お帰りなさい。ようこそFOXへ」
テーブル席の6人がそれぞれ酒を口にしたが、警察の4人はそのままグラスをカウンターに静かに下ろす。
「それでママ、その推理っていうのは?」
「あら、クマさんずいぶん急かすじゃない? ……ま、良いわ。本来スナックって会話を楽しむお店だけど、クマさんたちはお仕事だものね。じゃあ単刀直入に結論から私の推理を言うと——」
ママはしなやかな指を和服の袖の中に入れ、スマホを取り出した。
「歓喜観音会の受付、烏丸っていう女は多分コレよ」
「多分コレ……スマホ?」
「AI。人工知能っていうやつかしらね。戌井さん、あなた確か、『烏丸という人に連絡をしたらいつでも同じ人が応対した。真夜中でも同じ』って言ってたわよね?」
「あ、あぁ。確かに同じ相手だった。ボイスチェンジャーとかデータベースとかを使って、何人かがローテーションを組んで対応してると思うんだが」
「だとしたら不自然じゃないかしら。それなら『烏丸』なんて特徴のある個人名にしないで、『受付担当』とか『問い合わせ窓口』だけで良いんじゃない? なのに、歓喜観音会のサイトにはハッキリと『担当の烏丸』って書いてある。そして電話口に出た人も『烏丸』を名乗ったのよね?」
「確かに……そうだったな」
龍ケ崎は、店に入ってから一言も喋らず、ただじっとグラスの中で減っていくビールの泡を睨みつけていた。
「私もね、店でつかうおしぼりだとか紙類とか、それにナッツとか? 発注するときにサポートセンターとか使ったりするんだけど、システムで過去の発注履歴とか問い合わせ履歴とか、調べるのって時間かかるのよ。『前発注したナッツが評判が良かったけど、銘柄何だったっけ?』とかね。大抵窓口の人が『お調べしますので少々お待ちください』って返ってきて1分とか2分とか、短くても30秒は待つのよ。どうだった? 戌井さん、どれくらい待った?」
「待たなかった……名乗った直後に『戌井様ですね、今日のお昼にお電話を頂いていますね』って返ってきたな。これは同じ人間が対応してるか、って思ったんだが……」
「もしシステムでの情報検索何かが必要のない、AIが自動で音声を使って応答してたとしたら? 辻褄合うんじゃないかしら? それに、『たった1人で宗教団体の窓口をこなす』なんてのも、出来るんじゃないかしら」
「でも、そんなAIなんて出来るのか? 自分たち専用のAIを開発するなんて、そんなの専門家でも難しいんじゃ——」
「いや、そうでもないですよ」
店の奥から戌井に声をかけたのは、意外な事にジェニーの作る梅酒サイダーを飲んでいた馬渕である。
「ローカルLLM、っていうのがあるんですけど、そう言うのをベースにチューニングっていうか、フルファインチューニングという処理をすれば、例えば自分たちの宗教についての情報とかを使ったAIを作ること自体は出来ます。それも、やろうとすれば僕レベルでも」
「うへぇ、マブちゃんそんな事できるの?」
「いやタヌさん、僕が出来るってわけじゃなくて、僕レベルのAIの専門家じゃなくても出来る、っていう感じの話なんですよ。去年とか一昨年とかなら専門家じゃないと難しかったかもですけど、今なら僕でも、それこそAIに聞きながら出来ると思います」
「あの、マブチさん言うこと、ホントだと思いマす。私、四川大学でAIの授業も取ったデス。私もAI使てマすけど、そういうコト、多分出来るマす」
店内にあって実年齢でもっとも若い2人は、日頃から生成AIに触れている。
薬学部に所属する26歳のミマこと白美真は、大学の授業や実験の補助的なツールとして、また中国語から日本語への翻訳や、日本語のスラングを検索するのにもAIを使用することがある。
印刷機械を保守する技術者である馬渕は、機械のメンテナンス方法やエラーの対応方法などを調べたり、プライベートでも画像の生成などを試して遊んでいる。
「まぁ、さっきも言ったけど証拠はないわよ。ただの推理というか、妄想でしかない。根拠を出せって言われたら何もないんだけどね。少なくとも穴熊さんが死んだ時の目撃情報がある鳩ヶ谷妙見ってのはともかく、姿形が見えてないっていう烏丸というのがAIだとすれば、少なくとも烏丸って女の正体については説明が出来るんじゃないかしらね」
「熊川、戌井」
ようやく口を開いた警視総監、龍ケ崎は、高級ウィスキーである白州のロックを一息に飲み干すと、ゆっくりと立ち上がる。
「大神もだ。明日からでいい今のAIの線、調べてみろ。俺は本庁に帰る」
「総監!? 今からですか!?」
「ママ、すまんがタクシー呼んでくれんか。あと今日のコイツラの払い、これから出してくれ。釣りが出たら熊川に渡してくれ」
そう言うと、龍ケ崎は財布から万札をカウンターに3枚差し出した。
「ご協力に感謝する。おい大神、お前酒好きだろ。時々客として飲みに来い。売上に貢献すれば礼になるだろ」
「あら、それは嬉しいわね。こちらとしてもお巡りさんが立ち寄ってくださると何かと安心だわ。ね? ツルさん?」
警察官4人の視線が、店の奥の鶴岡に向けられる。
鶴岡はにこ、と優しげな笑みを浮かべて白ワインのグラスをひょいと掲げて答えた。
「タクシーはすぐ来るわ。じゃあ龍ヶ崎さん、行ってらっしゃい」
ふ、と苦笑のような表情を浮かべ、警視総監はカウンターに背を向けたまま小さな声で『また来る』と呟き、晩秋の夜の街へと歩み出ていった。




