10 見つけられない
東京都内での歓喜観音会の拠点捜索は一向に進まなかった。
それどころか、調べれば調べるほど謎が次から次へと湧いてきて、警察の捜査がまったく追いついていない、というのが実情だ。
「とりあえず教祖鳩ヶ谷妙見という女の顔は解ってる。以前、交流されていた穴熊の面会に訪れた女がいるんだが、監視カメラの映像が残っていた。ぱっと見た限りでは30代から50代の女——のように見えるんだけどな」
戌井が差し出したのは、拡大され、印刷された写真である。
「元の画像は結構粗かったから、AIを使って高解像度版にしてある。念のため、見覚えがないかどうか聞いておこうと思ってな」
カウンターに置かれた写真に魅入っているのは、いつものスナックFOXのメンバーだ。
常連の田貫に馬渕、さらには指定席となっているテーブルにいた鶴岡も覗き込んでいた。
「僕は知らないねぇ。どう? タヌさんにマブちゃん、知ってる?」
「いやぁ、私も知らないなぁ……なんとなくママに似てる気がするけど、目の感じが違うよね」
「あらやだ、ちょっとタヌさん? 変なこと言わないでくれる? ボッたくるわよ?」
「たはは、やめてよぉママ、ゴメンって」
木常ママに睨みつけられて、田貫はあっさりと引き下がる。
「どうだろう陽平君、見覚えはないかな」
「いやぁ……ありません」
「私も見たことないわね。ママと似てるとは思わないけど」
「えー全然違うじゃんタヌさん。ママって髪ほどいたらもっと長いよ? 腰ぐらいまであるし。ねーママ?」
ママと付き合いの長い伊立は、ママが髪をおろした姿を知っている。
チーママも、普段は束ねている髪を解くことは、風呂に入る時くらいだ。
「そうそう。私、髪ほどいたらこんな背中までじゃないわよ。上背もミマちゃんと同じくらい?」
「ごめんナさい、私も見たことナいです……。寅之介サンは?」
キッチンから出てきて身を乗り出していた寅之介も、無言で首を横に振った。
「しかしアレだよね、何ていうかさ……特徴がないよね。ほら、この人と駅ですれ違っても、多分気づかないような気がするなぁ」
「あ、僕もタヌさんと同じこと考えてました」
馬渕は再び2Lサイズに印刷された写真に顔を近づける。
極端な美人でもなければ、極端な不美人でもない。
いわゆるモブ顔というのだろうか、人混みどころではない、人探しのプロでもなければ見つけられないような、絶妙に特徴のない風貌だ。
まるで、『誰かの記憶に残らない』ことを目的として作られたかのような、そんな顔立ちに、背格好。
この写真と見比べながら、例えば朝の通勤ラッシュ時の駅で同じ顔の持ち主を探せ、と言われても、ほとんどの者はできないだろう。
「やっぱりそうか……まぁ、そうだろうな。まぁ監視カメラの『映像』から解ったのは、この女が左利きだったということと、面会記録に『鳩ヶ谷妙見』と書いた、ということくらいだ。他の誰かが妙見を名乗っているという可能性もゼロじゃない。いずれにせよ、警察が掴んでる歓喜観音会の教祖、鳩ヶ谷妙見という女に関する情報はこれくらいなんだ」
「ワンちゃん、この前のほら、奥多摩でのガサ入れのときに連行した観音会の人たちがいるんでしょ? その人たちから情報は?」
「いや、何も……。なにせ奥多摩道場とやらの責任者だった、猪俣って男すら、妙見には会ったことがないらしい。姿を表すのは教団ナンバー2の、鵜殿教導師ってやつくらいらしい」
「その鵜殿、っていうやつの情報はどこから?」
「どこからも何も——」
戌井は懐からスマホを取り出すと、ブラウザを起動して見せた。
「ほら、歓喜観音会のウェブサイト。ここに顔も名前も出てるよ。表に出てるのはこの鵜殿宏和ってやつだけだな。一応調べたら、この鵜殿には姉がいるが、そいつは一切表に出てこない。教団に関わってるかどうかも分からない」
「うへぇ、今どきのカルト宗教って、ウェブサイトまであるんだ……しかも何て言うかこう……随分爽やかというか、馴染みやすいっていうか——」
「いや、タヌさん危ないですよ。コイツら、クスリ使って人を洗脳するような集団ですよ?」
「そ、そうだよね。そうだったね、いやぁ、そう思うとかえって怖い気がするなぁ……」
じっとウェブサイトを見ていたミマは、怯えたような顔で田貫の手に自分のか細い手を重ねる。
「あの、中国で『笑裏蔵刀』ていう言葉があるデす。笑顔の裏に刀を隠す、テいう意味で、味方のフリをしテ近づいテ、油断したところデ刺す、テいう兵法の言葉デす。それ、思い出しマした……」
「うへぇ、そんな言葉あるんだ……兵法の本家本元はまた凄いね」
「ま、それで合ってるだろうな。優しい顔をして近づいて、その手をとったらもう最後ってやつだ。こんだけ地味だと見つけられんかもしれんが、ナンバー2の鵜殿は目立つ顔だ。ほら」
戌井が画面を切り替えると、そこに映し出されていたのはジャニーズ俳優など比較にもならないほどの、40代ほどの優男だ。
街を歩けば、恐らく10人の女性がいたら12人は振り返るであろうというほどの美男子で、写真もまるで芸能事務所の宣材写真か、ファッション雑誌の1カットであるかのように計算して撮影されている。
「コイツなら見つけやすいんだが、いかんせんコイツも居場所がわからねぇ」
「なるほど、捜査が行き詰まってるから、そうやって疲れてるのね? そう言うときはママの梅酒よね。どう? 炭酸割りにする? それともロック?」
にこ、と優しい笑顔を浮かべ、ジャネットがハイボール用のジョッキとロック用のカットガラスのグラスを掲げる。
この日、戌井のキープボトルはご丁寧に熊川のボトルの隣に置かれる事となった。




