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八月三十二日のラジオ 〜夏休みが終わらない町で、十年前に消えた子どもたちの声が聞こえる〜  作者: 虎野屋


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7/8

第7話「夜のほうが、よく聞こえる」

ラジオが黙ってから、ぼくは、天井を見ていた。


ユウタくん。みつけた。


声は、もうしなかった。しないことが、こわかった。用件だけ言って切る電話みたいだった。みつけた、のあとに続くことばを、向こうは言わなかった。言わないまま、どこかで、続きを持っている。


眠るのは、あきらめた。


ぼくは布団から出て、机の電気スタンドだけ、つけた。ノートを開いた。ミナが在庫調べに使っているのと同じ、うすい水色のノート。ぼくのは、ほとんど白紙だった。白いページが、スタンドの明かりで、よけいに白かった。


絵日記も、手紙も書けなかったのに、怖いことだけは、いくらでも書けた。


わかっていることを、書き出した。


九月一日が、来ない。

大人は、きのうをやっている。

サチコも、きのうをやっている。

町から、出られない。

食べたものは減る。売るふりだけのものは、減らない。

夜十二時すぎに、放送がある。あっちは、日にちを数えている。

足音は、道をゆずれば、行く。

話しかけると、つながる。


そこまで書いて、ぼくは、鉛筆を止めた。


町から、出られない。そう書いたとき、ミナの顔が浮かんだ。出られないということは、ミナも出られないということだった。そのことに、まだ、少しだけ、安心してしまう自分がいた。ぼくは、その一行の上に、鉛筆を強く押しつけた。押しつけただけで、消さなかった。


八つも、書けた。八つも書けたのに、いちばん大事なことが、ひとつも書けなかった。


あの声は、誰なんだ。


ぼくは、鉛筆のおしりを、かんだ。かむと、頭が動く気がする。テストのときの、くせだった。木の味がした。


声のことを、考えた。大人の声じゃない。子どもの声でもない。きれいな声。きれいすぎる声。学芸会の劇で、六年生が一年生の役をやるときの声に、少し似ている。ほんとうの子どもじゃないものが、子どもの声を、しているみたいな。


思い出せる放送のことばを、書けるだけ、書いた。


ラジオをつけてください。

あしたも、あそぼうね。

いちばん高いところ。

まちは、とてもきれい。


ならべて、読んだ。ぼくは、あることに気がついた。


どれも、命令じゃなかった。おどしでも、なかった。ぜんぶ、誘いだった。


あそぼう。おいで。見においで。まるで――。


鉛筆が、止まった。


まるで、友だちを、さそうみたいに。


転校生が、はじめてクラスに来た日みたいに。誰かとあそびたくて、でも、さそいかたが、ちょっとへたな子みたいに。


そう思ったら、ぞっとした。こわい声だと思っているあいだは、まだ、よかった。さみしい声かもしれない、と思ったとたん、なにかが、ぐっと近くなった。同情したら、まけだ。理由はわからないけど、たしかに、そう思った。ナツメのことばが、頭の中で鳴った。話は、つながっちゃうから。


考えることと、話しかけることは、ちがう。ちがうはずだ。


ぼくは、ノートの続きに、書いた。


質問。「みつけた」って、なんだ。


かくれんぼなら、みつかったら、どうなる。つかまえに来る。それとも、こんどは、ぼくが鬼になる。どっちにしても、みつけた、は、おわりのことばじゃない。はじまりのことばだ。


窓の外で、なにかが、動いた気がした。


ぼくは、スタンドの電気を消した。暗くしてから、カーテンのすきまに、目を寄せた。


町は、暗かった。街灯が、ぽつ、ぽつ。よその家は、みんな寝ていた。大人たちは、あしたも同じ一日を繰り返すために、律儀に眠る。ぼくの家の門の前には、誰もいなかった。足音の主も、今夜は、いない。


山の上に、赤い灯が、ついて、消えた。


また、ついた。


ぼくは、カーテンのすきまから、それを見ていた。三日前に見つけてから、毎晩、見てしまう。誘ってる、と思ったのに、見てしまう。灯は、ついて、消えて、ついて、消えた。ゆっくりだった。ねむい目の、まばたきみたいだった。


そのとき、気がついた。


まばたきが、ずれた。


ついて、消えて――消えたまま、一拍、長い。それから、二回、はやく、ついた。また、ふつうに戻る。しばらくして、また、長い消え。二回の、はやい点滅。


規則が、ある。


ぼくは、ノートに写した。長い、短い、短い。長い。短い、短い。書きながら、心臓が、へんな打ちかたをした。ノートを持つ左手が、汗で湿って、紙が、少しへこんだ。これ、知ってる。見たことある。ケンジの店の、無線の本の、表紙の裏。


モールス信号。


ぼくは、読めない。読めないけど、これが「ただの故障」じゃないことだけは、わかった。壊れた電球は、規則正しくは、またたかない。


誰かが、山の上から、なにかを、言っている。


あの放送の声が? それとも――べつの、誰かが?


ぼくは、ノートを抱えたまま、布団に戻った。ノートの最後のページに、点と線を、写せるだけ写した。あしたの朝いちばんに、ケンジに見せる。ケンジなら、読める。読めなくても、読みかたの本を、持っている。


布団に入っても、目は、さえていた。


カーテンのすきまで、赤い灯は、まだ、またたいていた。ぼくは、暗い天井にむかって、思った。声にはしなかった。声にしたら、つながってしまうから。思っただけだった。


――おまえは、あの声と、同じやつか。


――それとも、おまえも、みつけてほしいのか。


いつのまにか、眠っていた。


夢は、見なかった。見なかったと思う。ただ、朝、目がさめたとき、ノートを抱えた腕が、しびれていた。ぼくは、ぼんやりした頭で、ページをめくって、たしかめた。


点と線は、ちゃんと、あった。夢じゃなかった。


そして、最後の一行に、ぼくの字じゃない字が、あった。


ちいさな、ふるえたみたいな、鉛筆の字。


――きこえてるなら へんじして


ぼくは、その字を、指でなぞりかけて、やめた。


字の下に、うすく、点と線が透けていた。ぼくが写した点と線じゃない。もっとうすい、紙の奥から浮いてきたみたいな点と線が、字の形に、集まりかけて、集まりきらないまま、残っていた。


ゆうべの、赤い灯と、同じ間隔だった。

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