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三つの鈴の祝い(三) 報告する親がいないなら、今日から町ぜんぶが親代わり

「……お名前を聞いてもいいですか」


「……ルカ」


 ルカ。この春七つになった、とその子はぽつぽつと話してくれた。北の村が戦にまきこまれたとき、父さんと母さんをいっぺんに亡くして。いまは教会の孤児院で暮らしていると。


 ――ああ。


 私の胸がきゅう、と痛んだ。だって、それは。むかしの私自身の姿と、そっくり同じだったから。教会の孤児院。親のない子が、身を寄せる場所。私もそこで育った。


 参道のざわめきが、その子のまわりだけ、すっと引いていく。晴れ着の子たちが、きょとんとルカを見ている。マーサさんが、飴を配る手を止めた。ガンツさんが、槌を握ったまま動かなくなった。


 私はゆっくりと祝い門をくぐって、ルカのそばまで歩いていった。そして、その子の目の高さにしゃがみこんだ。


「ルカさん。ひとつ、教えてください。——山の神様が、どなたの神様か知っていますか」


 ルカは、首を横に振った。


「山の神様はね」私は、ゆっくりと言った。「あなたのお父さんとお母さんの神様であると同時に、この町ぜんぶの親御さんの——そのまた、親御さんみたいなものなんです」


「……おやのおや」


「そう。おじいさんとかおばあさんとか、そういうのをもっとずうっと大きくした感じ。だから山の神様はちゃーんと見てるんですよ。あなたのお父さんとお母さんがいなくなったあとも、ずっと」


 私はルカのまだ小さな肩に、そっと手をおいた。


「あなたが朝いちばんに起きて、水を汲んでいたこと。自分より小さな子の面倒を見ていたこと。だれにも言われないのに、髪をこんなにきれいにして、ひとりでここまで来たこと。——あなたの七年を、山の神様はぜんぶちゃんと見てました」


 ルカのくしゃりと結んだ唇が、ふるえた。


「でも」ルカの声が、かすれた。「でも山の神様のこと、ぼく今日はじめて知りました。ぼくのことこの町の人はだれも知らないのに」


 もっともな言葉だった。この子は、この町の子じゃない。今日はじめてここへ来たよその孤児院の子だ。だれもこの子の七年をそばで見てはいない。


 けれど。


「知らなくても、いいのさ」


 マーサさんがたすきをきゅっと締め直して、前に出た。


「あんたのことは今日はじめて知った。あんたの七年も、あたしらはそばで見ちゃいない。——でもね、ルカ坊。それが、どうしたって言うんだい」


 マーサさんは、しゃがんでルカと目の高さを合わせた。


「報告する親が、いないんだろ。だったら今日からあたしらが親代わりだ。この町ぜんぶが、あんたの親御さんの代わりになる。——それじゃあ、だめかい?」


 ルカが顔を上げた。


「あたしが親代わりだ!」ヨルダさんが、手を挙げた。「取り上げてやれなかったのは残念だが、これから先はあたしが見てる」


「おれもだ!」ガンツさんが、拳を挙げる。「困ったことがあったら、いつでも来い。この棟梁が、なんとかしてやらあ」


「あたしも」「うちもだよ」「なんなら、うちの子ときょうだいだ」


 手がひとつまたひとつと挙がっていく。畑帰りのおじいさん。赤ん坊を背負ったお母さん。宿のネラさん。参道じゅうの大人たちが、次から次へとその小さな子に手を差しのべていく。


「なルカ坊」ガンツさんが、ぶっきらぼうに鼻をすすった。「報告する親が、いねえんじゃねえ。今日からこの町ぜんぶがおまえの親代わりだ」


 と——その、いちばんうしろで。


 ひときわ背の高い手が、ひとつすっと挙がった。


 みんなが、はっと振り返る。参道の、いちばん端。いつのまに来ていたのか、氷の当主さまが——ジークさまが、腕を組んだまままっすぐにルカを見ていた。祝いの警備に来ていたはずの人が。


「エルデの司祭から、聞いている」


 低い、静かな声だった。


「あの孤児院でいちばん小さな子らの世話を、おまえがよくしていると。ひとことも弱音を吐かないと。——よく、やっている。俺の兵より、根性がある」


 参道がしん、となった。あの、氷の辺境伯さまが。よその孤児院の子の名を知っていて、まっすぐに褒めた。それだけで、みんななんだか目のふちを赤くしている。


 ルカの目から、とうとうぽろりと大きなしずくがこぼれた。


「泣くな、とは言わない」ジークさまが、ふ、と表情をやわらげた。「今日は、泣いていい日だ」


 私はルカのそばにしゃがみこんだ。そしてその小さな少しかじかんだ手を、両手でつつみこんだ。


「さあ、ルカさん。いっしょに、行きましょう。山の神様にごあいさつです」


 ルカはこくり、とうなずいて私の手をぎゅっと握り返した。


 私が立ち上がると、ジークさまがすぐ隣に来ていた。そして——ごく自然に、私のもう片方の手を取った。手袋を外した素手で。


 どき、とした。


「……ジークさま?」


「三人のほうが、はぐれない」


 なんでもないことのように、ジークさまは前を向いたままそう言った。けれどその耳の先がほんのり赤かった。私の手を包むその手のひらはあのはじめて触れた夜とおなじで、ちゃんとあたたかい。


 私が手を引いて、ルカが歩く。その反対の手を、ジークさまが引いて。三人で手をつないで祝い門のほうへ、参道を歩いていく。


 ……なぜだかまわりのみんなが、そろってにやにやしていた。


「……ねえあんた」だれかが、こそこそと隣にささやく。「王都から帰ってきてから、あの二人。なーんか自然になったと思わないかい」


「思う思う。前はもちっと、ぎくしゃくしてたよねえ」


「やっぱり王都でなにか、あったんだよ」


 ひそひそ、くすくす。私にはなにを言われているのか、さっぱり分からなかった。ジークさまはなぜだかひとつ咳ばらいをして、あさっての方角を向いていた。つないだ手だけは、はなさないまま。

ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

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 ——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。

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