三つの鈴の祝い(四) ちりん。——七つに、なりました
祝い門の下で私は社の軒から持ってきた、いちばん大きな鈴を、ルカの手のひらにのせてやった。
「山の神様への報告は、言葉じゃなくてもいいんです。この鈴をいちど鳴らしてください。あなたの声のかわりに、この音が山のてっぺんまで届きますから」
ルカは、こくりとうなずいた。両手で鈴をぎゅっと握る。
参道が、しんと静まった。だれも、なにも言わない。飴を煮る鍋も、いつのまにか火からおろされていた。みんながその小さな手もとを見つめている。すぐそばに私とジークさまが、寄りそって立っている。
ルカはゆっくりと鈴を持ち上げた。それから山のてっぺんのほうを、まっすぐに見上げて——
「……七つに、なりました」
ちりん。
澄んだ音が、ひとつ秋の空へのぼっていった。
返す言葉は、いらなかった。だれも、なにも言わなかった。ただそのちりん、という音の余韻が消えるまで、みんなが山を見上げていた。きっと山の神様もいまうなずいてくれた。私には、そんな気がした。
私はたもとからあたらしいお守りを取り出して、ルカの首にそっとかけてやった。
「はい。よく、がんばりました。——これは、あなたのお守りです」
「……あ。ぼくお金」ルカがあわてて継ぎのあたったふところを、探る。「お金持ってなくて」
「いいんですよ」
私はその探る手をやんわりと、押しとどめた。
「これは私からのお祝いです。あなたの、七つのお祝いの。——だからお代はいりません」
「でも、聖女さん。お守りは、銅貨五枚って」
「今日は、特別です」
私はルカのなでつけた髪を、くしゃりとなでた。ごく自然に手がそう動いていた。
「たくさん生きてくれてありがとう。……これからもいっぱいごはんを食べて、大きくなりなさいね」
ルカはお守りを、ぎゅっと両手で握りしめた。うつむいた顔からぽたり、とひとつ地面にしずくが落ちて。
それからその子ははじめて笑った。
「……はい。ぼく、大きくなります」
「はい。楽しみに、しています」
そのやりとりを見ていた、まわりの大人たちが。またなにやら、にやにやと笑いあっていた。
「……お社さますっかりお母さんだねえ」マーサさんが、目もとをたもとでおさえながら、ぽつりと言う。「銅貨五枚に、あんなにうるさいくせに。ああいうときは、ぱっとただにしちまうんだから」
「金の勘定にゃあんなにきっちりしてるのによ」ガンツさんも、鼻をすする。「肝心なところはいつもあれだ。……敵わねえや」
私はなにを言われているのか分からなくて、きょとんとした。だって、あたりまえのことだ。お祝いの子から、お金なんてとれるわけがない。
――そう思っていた私は、まだ知らなかった。
この日「特別です」を口実に、こっそり自腹を切ったお守りが、ルカのほかにもぜんぶで五つほどあったことを。そしてそのぜんぶを目ざといマーサさんに、あとで帳簿でばっちり見つかって、こってり油をしぼられることを。——それはまた別のお話。
* * *
祝いが済むと広場はそのまま宴になった。
長寿飴を口にくわえた子どもたちが、きゃあきゃあと駆けまわる。大人たちは、縁台に腰かけて甘酒を酌み交わす。逆風だなんて、どこ吹く風。いや逆風があるからこそ、この日の光はいつもよりうんと濃かった。
宿のネラさんが赤ちゃんを抱いて、やってきた。
「聖女さま。この子スズナもお祝いに連れてきましたよ。——三つにはまだまだですけど」
スズナちゃん。この門前町で、いちばんはじめに生まれた「社の子」。私の名前を一文字もらってつけてくれた、大事な子だ。
「わあ、スズナちゃん。ようこそ。……あ、そうだ」
私は軒の鈴にそっと赤ちゃんの、ちいさな手を触れさせた。
ちりん。
スズナちゃんはきょとん、としたあとその澄んだ音にきゃっきゃっと声をあげて笑った。
「気に入ってくれましたか。よかった。——この音がね、あなたのことずうっと守ってくれますからね」
ネラさんが、目を細めて笑った。宴のあちこちで、笑い声がはじけている。ルカもいつのまにかほかの子どもらの輪にまじって、長寿飴をなめながら、はにかんでいた。もうひとりぼっちの顔は、していなかった。
ああ、いい日だなあ、と私は思った。
――そう思っていた。
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——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。




