三つの鈴の祝い(二) 祝いの列のいちばん後ろに、継ぎのあたった服の子が
そして祝いの日は笑ってしまうくらい、いい天気になった。
朝いちばんの参道には、飴を煮る甘いにおいが、ふわりと流れていた。マーサさんの茶屋の前で、大きな鍋がことこと湯気を立てている。あめ色の蜜が木べらの先で、つやつやと糸を引いた。私は思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
「お社さま、味見は禁止だよ」
「まだ、なにも言ってません」
「顔に書いてあるんだよ」
マーサさんは、お見通しだった。
鳥居の手前にはガンツさんの立てた祝い門が、どーんとそびえている。二本の柱に色とりどりの布と、小さな鈴がいくつも結んであった。
「棟梁、これまた壁が?」
「ねえよ。当ったりめえだ」ガンツさんは、鼻の下をこすって得意げに笑った。
「壁のねえ門はくぐるやつの心が変わる門なんだろ? おれぁ、もう覚えたぜ」
「棟梁、卒業ですね」
私は、ぱちぱちと手を叩いた。ガンツさんが、照れくさそうにそっぽを向く。
鈴の音と飴のにおいと槌の音。逆風だなんだと、王都のえらい人は言うけれど。この山のうえは、けさもこんなにあたたかかった。
* * *
昼まえから晴れ着の子どもたちが、親御さんに手を引かれて坂道をのぼってきた。
ふだんは泥だらけの子も、けさばかりは髪をなでつけ、めいっぱいめかしこんでいる。ネラさんたちが寝る間を惜しんで縫った、あのおそろいの晴れ着を着た子も、何人もいた。どの子も、少しばかりすましている。
三つの子はまだ足もともおぼつかなくて、祝い門をくぐるのに、ぺたん、と尻もちをついた。それだけで参道じゅうから、わあっと拍手がわいた。
「よし! よく歩いた!」
「立てた立てた! えらいぞ!」
三つの子は拍手にびっくりして、それからにっこり笑ってまた歩き出す。それだけのことが、こんなにもめでたい。
私はといえば、もう朝からずっとそわそわしっぱなしだった。
「か……かわいい。かわいいです、マーサさん! 見ましたか、いまの! あのぷくぷくの手で、よいしょって! はぁ、尊い……」
「はいはい。お社さままだ一人目だよ」マーサさんが、あきれ顔で私の肩をぽんと叩く。
「その調子で七つまで数えてたら、日が暮れちまう。ほら、しゃんとおし」
「だ、だって……」
「気持ちは、分かるよ。分かるけどね。あんたが泣いたら、めでたい日に子どもらが心配するだろ。——ほうら、次の子が来た」
言われて、あわてて涙をひっこめる。まったくこんなことでは、七つの子までもたない。私は、ぐっと腹に力を入れた。
五つの子が祝い門の下で私に向かって、大きな声で名前を言った。
「フィンです! いつつになりました!」
「はい、フィンさん。ごあいさつ、上手にできましたね」
私がうやうやしくお辞儀を返すと、フィンは得意満面で胸をそらした。母親が目もとをおさえて、何度もうなずいている。話せるようになった。ただ、それだけ。それだけのことが、この人にはどんなに待ち遠しかっただろう。
狛犬のアンとウンも、けさは正装だった。首に、赤い鈴のリボンを結んでもらっている。アンは参拝の子どもたちに、営業用のいい笑顔をふりまいて、頭をなでられては尻尾を振っていた。ウンのほうはリボンが気に食わないのか、むっつりと祝い門の柱にもたれている。
「ウンそのお顔台なしですよ」
声をかけるとウンはちらりと私を見てふん、とそっぽを向いた。……そういうところは、どこかの氷の当主さまに、そっくりだ。
列はゆるゆるとけれど途切れなく続いた。破門だなんて、だれも気にしていないみたいに。いや——気にしていないふりを、みんなでしてくれているのかもしれなかった。逆風のなかでめでたいことを、めいっぱい盛大に。それが、いちばんの返事なのだと。
私はひとりひとりの子の首に、小さなお守りをかけながら、胸がいっぱいになっていた。
* * *
その子は列のいちばん後ろにいた。
みんなのような、晴れ着ではなかった。継ぎのあたった、洗いざらしの服。けれど髪だけはきちんと水でなでつけてある。自分で、そうしてきたのだろう。手には、なにも持っていない。付き添いの親御さんも、いない。ひとりで、ぽつんと坂の下に立っていた。
ふとそのさらに下——山道のずっとふもとに、白い法衣の人がひとり、立っているのが見えた。教会の、司祭さまだろうか。参道には、上ってこない。破門の布告のあとだ。教会の人が、この社に近づくわけにはいかないのだろう。
その人は、遠くからじっとこの山を見上げていた。そして私と目が合うと——ふかぶかと、頭を下げた。まるで「この子をよろしく」とでも、言うように。
どなただろう。見覚えの、ない人だった。けれどそのていねいなお辞儀には、なにか、あたたかいものがこもっている気がした。私も、あわてて会釈を返す。顔を上げたときには、その白い後ろ姿はもう坂の下へと遠ざかっていた。
私は坂の下のその子に手招きをした。男の子はこくりとうなずいて、けれど祝い門の手前で足を止めた。
「こんにちは。どうしました。こちらへ、どうぞ」
「……ぼく、いいです」
男の子はうつむいたまま小さな声で言った。
「この祝いは、山の神様に報告する日なんでしょう。三つまで生きたよ、五つまで生きたよって。——ぼく報告する親がいないから」
ことん、と。私の胸の奥で、なにかが鳴った。
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