三つの鈴の祝い(一) 子どもの育ちを祝う日に、差出人のない反物がひと山
三つの鈴の祝いを、三日後にひかえた朝のこと。
私が社の軒先で祝詞の下書きをしていると、参道の縁台にいつのまにか人だかりができていた。マーサさんガンツさん産婆のヨルダさん、宿の若おかみのネラさん。みんなそろってなんだかそわそわしている。
「なあお社さま」ガンツさんが、腕を組んで切り出した。「その三つの鈴の祝いってやつだがよ。……結局、なにをするんだ?」
「あら。棟梁祝い門を立ててくださったのに、中身をご存じなかったんですか」
「門は、頼まれたから立てた。中身は、これから聞く」
いさぎよい。私は筆を置いて、みんなのほうへ向き直った。
「三つの鈴の祝いは、子どもの育ちを山の神様に報告する日です。三つになった子は、無事に歩けたことを。五つになった子は、ちゃんと話せるようになったことを。七つになった子は、ここまで大きく育ったことを報告します」
「ふうん。……でなんで三と五と七なんだい」ヨルダさんが、煙管をふかす。
「小さい子が無事に育つのは、むずかしいでしょう。だからその節目節目にここまで来られました、ありがとうございます、って。——ひとつひとつ数えて祝うんです」
ヨルダさんの煙を吐く手がふと止まった。産婆のこの人は、だれよりもその「むずかしさ」を知っている人だ。
「……いい風習だね」ぽつりと、言った。「取り上げた子が三つまで五つまで七つまで。そうやって指を折って数えられるってのは、めでたいことさ」
「はい。それにいちばんいいところは」私は、にっこりした。「長寿飴っていう細ーい飴を、食べられるんです」
「飴!」
いちばん先に食いついたのは、子ども——ではなく、なぜか大人たちだった。
「なんだ飴も出るのか」「そりゃあ、子どもが喜ぶ」「いや、おれも食いてえ」
「みなさん、そこですか」
私は思わず、笑ってしまった。祈りだの報告だのより、飴のほうに目を輝かせている。……まあ、いい。おいしいものはいくつになっても、うれしいものだ。かく言う私もあの飴のことを考えると、いまから少しよだれが……。
「あとは晴れ着です」私は指を折った。「その子のいちばんいい着物を——じゃなくて、ええと、いちばんいいよそゆきの服を着せて、めかしこませて連れてきてあげてください。三つの鈴の祝いはその一日の、その晴れすがたがぜんぶですから」
「よそゆきの服、ねえ」
マーサさんが腕を組んでふと眉を寄せた。それから、声を少し落とした。
「……お社さま。それなんだけどね。うちの町にもそんないい服なんぞ持ってない家が、あるんだよ」
しん、と縁台の空気が少ししずんだ。
「日銭で暮らしてる家は、ふところが寂しい。晴れ着どころかその日のパンで、精いっぱいの家もある。——そういう子は、祝いに出てこられないんじゃないかね」
私は、はっとした。そうだ。よそゆきの服なんて、あたりまえみたいに言ってしまったけれど。それがあたりまえじゃない子も、いる。
うつむきかけた、そのときだった。
「ならあたしらでこしらえりゃいいのさ」
声をあげたのは、宿のネラさんだった。赤ん坊のスズナちゃんを抱いたまま、胸を張る。
「うちの宿に客用の反物の余りが、山ほどあるんです。仕立て直せば子ども服の十着や二十着は、すぐですよ。あたしとうちのおっかさんと、ヨルダさんとでこの三日で縫っちまいましょう。——晴れ着のない子には、うちから貸し出します」
「そうだねえ。それがいい」ヨルダさんが、うなずいた。「針仕事なら、まかせときな。子ども服の一枚や二枚、寝る間に縫えるさ」
「決まりだ!」ガンツさんが、手を打つ。「服がねえで祝いに出られねえ子がいるなんざ、うちの町の名折れよ。反物代がいるなら、おれが——」
「その、反物なら」
と。参道の下から、のっそりとホルガーさんが上ってきた。両手に、大きな包みをいくつも抱えている。
「先ほど屋敷に届いておりました。上等の反物が、ひと山。子ども服なら五十人ぶんはゆうに足りましょう」ホルガーさんは、うやうやしく、包みを縁台に置いた。「差出人は……はて。書かれておりませんでしたが」
みんなの目がいっせいに参道の上——山の中腹の、あのお屋敷のほうへ向いた。
「……ホルガーさん」マーサさんが、にんまりした。「その反物どこのどなたから?」
「さあ。手前は届いたものを運んだだけにございます」ホルガーさんは、しれっと目をそらした。「ただ——旦那さまが、けさがためずらしく、御用商人を朝いちばんに呼びつけておられましたな。……はて、なんの用事でしたか」
「わっはっは!」ガンツさんが、大笑いした。「氷の当主さまも、隅に置けねえや!」
私はその反物にそっと手をふれた。上等の、やわらかな布。子どもの肌に、やさしそうな。……ジークさま。祝いのことなんて、ひとことも言っていないのに。いつのまに、こんな。
「あの人、ほんとうにうちの領民のことを、よく見てらっしゃるんですね」
私が、しみじみそう言うと。
なぜだか縁台のみんなが、そろって生あたたかい目でこちらを見た。
「……うん。そうだねえ」マーサさんが、たすきを締め直しながら、にやにやする。「よーく、見てらっしゃるよ。だれのことをいちばんよく見てるかは、置いといてね」
「? どういう意味ですか」
「なんでもないよ。さあ、縫い物だ、縫い物!」
よく分からなかったけれど、みんなやる気にあふれていたので、いいことにした。——こうして三つの鈴の祝いの支度は、町ぐるみの大仕事になっていったのだった。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークと★での応援をいただけますと、更新の励みになります。
——お代は、銅貨五枚。……ではなく、ブックマークをひとつ、いただけたらうれしいです。




