最終話 彼とともに
「さて、ローラン侯爵、それから夫人、君達とも話さなければならないことがあるといえる」
レスティアが玉座の間から去った後、国王様は継母とお父様に視線を向けた。
その視線は、とても鋭い。レスティアの行い、それがまだ尾を引いているようだ。
女神様のこととなると、国王様は性格が少し変わるようである。
いや、それも当然か。女神様によって、この国の運命は良い方向にも悪い方向にも傾くのだから。国を治める者として、彼女を重要視するのは当たり前なのかもしれない。
「国王様、お待ちください。レスティアの主張というものは、知らなかったのです」
「……夫人は、そうでもないようだな?」
「……い、いえ、私は」
国王様に睨まれて、継母とお父様は動揺していた。
その動揺は、継母の方が大きかったといえる。彼女の表情からして、その考えというものが理解できてきた。
つまりレスティアのあの考えは、継母からもたらされたものだったということか。彼女もまた、女神様のことを信じていないらしい。
「……これは、謀反であるといえるかもしれないな。ローラン侯爵、君は前ローラン侯爵夫人と結婚した。それすらも、計画の内の一つだったということかね?」
「な、何を仰るのです?」
「様々な状況を考慮すると、君はローラン侯爵家を熱をあげた者とともに乗っ取ろうとしていたとしか思えない。レスティア嬢が聖女に選ばれたことによって、その計画を進めたのか?」
「ち、違います。そのようなことは、断じて……」
継母とレスティアの主張によって、お父様は一気に追い詰められることになった。
女神様を信じない妹を婿を迎える立場、実質的にローラン侯爵家の後継者とする。それもまた、国王様の逆鱗に触れる行為であったようだ。
とはいえ、それは重要なことだといえる。女神様のことを信じていない者が高い地位にあることで、彼女が機嫌を損ねかねない。国王様はそう思っているのだろう。
実際の女神様は寛大である訳だが、念を入れるべきことだといえる。この国の平和のためには、女神様の存在が必要不可欠なのだから。
「この二人も、連れて行け。ローラン侯爵家を乗っ取ろうとした罪で、だ」
「お、お待ちください、国王様、私は関係ありません。全ては妻と娘が……」
「い、今更何を……あなた、私達を見捨てるのですか?」
「う、うるさい。私は……」
「これ以上、言い分を聞く気にもなれない。さあ、早く連れて行くのだ」
国王様の指示で、継母とお父様は兵士達に拘束された。
結局二人も、レスティアと同じ場所に行くことになったようだ。それはともすれば、哀れといえることかもしれない。
ただ、私は同情なんてしない。真実はどうあれ、私にとってあの三人は本当に、ローラン侯爵家を乗っ取ろうとしていた悪逆に違いはないのだから。
「……ラナシア嬢」
両親と妹が連れて行かれてから、私は安堵して気が抜けていた。
しかしそれは、すぐに引き締まることになった。声が聞こえてきたからである。私に話しかけるその男性の声は、よく知っている者の声だ。
「ゼルファン様……」
「……すまなかった。許してくれ。僕は間違っていたんだ。君との婚約破棄なんて、なかったことにしてもらいたい」
ゼルファン様は、私に対して頭を下げてきた。
しかし、私にはわかる。それは心からの謝罪ではないだろう。
彼は、強い者に取り入ろうとしているだけだ。婚約破棄した時はレスティアに、そして今は私に。ある意味において見事な転身っぷりである。
「……ご自分が私に何を言ったのか、忘れていらっしゃるようですね?」
「婚約破棄の時のことか。あれは、気の迷いだったんだ。今はもう、あんなことは思っていない。君ほどに麗しい女性はいないと……」
「……少し、黙っていただきたいものですね、ゼルファン侯爵令息」
勝手なことを言うゼルファン様に、私は怒りを覚えていた。
ただ、私がそれを発する前に、間に割って入ってきた人がいる。それはウェルード殿下だ。彼は私を庇うように立ち、ゼルファン様に鋭い視線を向けている。
「ウェ、ウェルード殿下、これは僕とラナシア嬢の話で……」
「これ以上、彼女に近づくのはやめてもらいましょうか。二度と、ラナシア嬢の前に姿を現せないと、誓ってください」
「そ、そんな勝手なことは……」
「勝手なことなどでは、ありませんよ。彼女は僕の婚約者なのですから」
「え?」
食い下がるゼルファン様に対して、ウェルード殿下は驚くべき言葉を発した。
それに私は、固まってしまう。ただ動揺を見せる訳にはいかなかった。ウェルード殿下の主張は、正にゼルファン様を退けられるものであったから。
「こ、婚約? そのような話は聞いていません」
「まだ、発表していませんからね」
「……お、横暴だ。彼女との婚約を決めるなんて、王家の権力の乱用でしょう」
「あなたが婚約破棄した時点で、ラナシア嬢は自由の身だったはずです」
「そ、それは……」
「自分の行いを棚に上げて、王家の批判とは、実に立派なものですね?」
ウェルード殿下の言葉に、ゼルファン様は黙った。
小心者である彼は、これ以上何も言えないようである。ウェルード殿下の気迫に押されて、蛇に睨まれた蛙のようだった。
「……さて、もう一度言う必要がありますかね? 早くこの場から去ってください。これ以上、何かするつもりであるならば、僕にも考えがあります」
「くっ……!」
「それから、二度とラナシア嬢の前に現れないように。そうしていただかなければ、僕は本当に権力を乱用しなければなりませんからね」
「ひっ……!」
ゼルファン様は、その場から早足で去っていった。
完全に怯え切っていたので、彼は本当にもう私の前に姿を現すことはないだろう。
それはとても、ありがたいことであった。ウェルード殿下に、感謝しなければならない。
「ウェルード殿下、ありがとうございます。お陰で、助かりました」
「いえ……しかし、少し大人げなかったかもしれませんね」
「そんなことは、ないと思いますよ? でも……」
私は、ウェルード殿下に感謝を述べていた。
彼は苦笑いを浮かべている。先程は、かなり語気を強めていたので、それを気にしているということだろうか。
しかし、そんなことは心配する必要がないことだ。私を守るために、ああしてくれたのだから、少なくとも私はそう思う。
「婚約というのは……」
「ああ、いえ、あれは方便です」
「方便なんですか? それは少し、残念ですね……」
「残念? そう思って、いただけるのですか?」
「もちろんです。ウェルード殿下と婚約できるならば、それはとても嬉しいことですから」
ウェルード殿下が言った婚約という言葉が、私は気になっていた。
というよりも、期待していた。本当にそうなってくれるのではないかと。
私にとってウェルード殿下は、ずっと手を差し伸べてくれる人だった。そんな彼と結婚できるならば、幸せなことだと思ったのだが。
「……それなら、改めて言わせてください。ラナシア嬢、僕と婚約していただけませんか?」
「ウェルード殿下、それは……」
「今回の件で、あなたと一緒に歩み、わかりました。僕はあなたを妻に迎え入れたいと思っています。あなたのことを……愛しています」
少し落ち込んでいた私だったが、その気持ちは一気に吹き飛ぶことになった。
ウェルード殿下が、私の目を真っ直ぐに見て、その言葉をかけてくれたからだ。
少し動揺しながらも、私は笑顔を浮かべる。彼に対する返答は、もう決まっていた。
「ウェルード殿下……私も、同じ気持ちです」
「そうですか……それなら、良かった」
私とウェルード殿下は、笑顔を浮かべていた。
彼との婚約、それはなんとも幸せなことである。自然と、笑顔が零れてしまう。
「……」
「……」
そんな風に笑っていた私だったが、重要なことを思い出すことになった。ここは玉座の間で、女神様や国王様がいるということを。
それは、ウェルード殿下も同じだったのだろう。彼も同じ方向を見つめていた。
「父上、あの、ですね……」
「ウェルード、私としては問題はないと思っている。ラナシア嬢は、ローラン侯爵家の正当な後継者だ。実の父親によって家を追い出された彼女は、言わば被害者といえる」
「認めていただけるのですね?」
「もちろんだ。これからローラン侯爵家を彼女一人に背負わせる訳にもいくまい。お前が支えてやるのだ。そうだ、ファルセリア様から話は聞いたぞ? 彼女が真の聖女であるそうだな?」
「ええ、そうなのです」
国王様は、私とウェルード殿下の婚約を認めてくれるようだった。
そのことに、私は安心する。ただ同時にまた、思い出していた。自分にはこれから、聖女としての使命もあるということを。
「女神様……」
「ラナシア嬢、ウェルード殿下とのことを私も祝福します。二人が正式に婚姻する際には、是非とも私の像の前に来てください。改めて祝福いたします」
「ありがとうございます、とても嬉しいです……」
「これからも、私はあなたとともにあります。それをどうか、覚えていてください。また、話しかけることはあるでしょうが……」
「ええ、いつでも声をかけてください」
女神様も、私達のことを祝福してくれているようだった。
これからも、彼女が傍で見守ってくれている。それはなんとも、心強い言葉であった。
そう言った後、女神様の体は薄れていっていた。どうやらもう、この世界で姿を現すことができなくなったようだ。
「……ファルセリア様、所で最後に疑問が一つあるのですが」
「アーデイン王? どうかされましたか?」
「どうして、レスティア嬢を聖女として指名なされたのです? そのことが、私にはまだよくわかっていないのですが……」
「……」
消えゆく女神様に対して、国王様は質問を投げかけた。
それは純粋な疑問であったのだろう。ただ女神様にとって、それは答えにくいことであった。
私とウェルード殿下は、苦笑いを浮かべる。どうするべきだろうか。真実を教えてあげるべきなのか、判断に困る。
「お、大いなる意思というものは、常に巡っていくものです。これからも、色々なことがあるかもしれません。それは、私であっても時には逆らえないような……」
「はい、肝に銘じておきます、ファルセリア様……」
「あーあ、だから、ですね? つまり、なんというか、女神であっても間違えるということを、わかっていて欲しいと言いますか……」
「……む?」
「そ、それでは皆さん、またの機会に――』
目を丸める国王様の前で、女神様は消えていった。
それから国王様が私達に視線を向けてきたので、やはり苦笑いを浮かべておく。
『も、もう、うっかりミスはしないようにしないと、いけませんね……ああ、女神に厳しい世の中です』
『あ、あはは……』
そして私は、心の中でも苦笑いを浮かべることになった。
女神様の嘆きを聞いてあげられるのは、私くらいなのかもしれない。
まあともあれ、これからも頑張っていくとしよう。ウェルード殿下とともに、この国の未来を私は守っていかなければならないのだから。
END
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