第5話 玉座の間にて
私は、ウェルード殿下とともに玉座の間に立っていた。
今日は、国王様とローラン侯爵、つまりは私のお父様の話し合いが行われる日だ。
彼が下した決断、ローラン侯爵家の血を引く私を家から追い出したことについて、国王様は色々と言いたことがあるらしい。
「ローラン侯爵、君はローラン侯爵家に婿入りしたはずだね?」
「は、はい。その通りです」
「ローラン侯爵夫人、あなたは再婚だと聞いている。レスティア嬢は君達二人の子ではあるが、ローラン侯爵家の血は引いていない。その認識は、間違っていないかね?」
「え、ええ、そうです、陛下……」
この場には、継母とレスティアもいる。ローラン侯爵家に関わる全ての者が、呼び出された形だ。
私の婚約者だったゼルファン様もいる。彼はどうやら、レスティアと婚約するらしい。
「さて、まずはっきりと言っておこうか。国家として、家の血というものは重視してもらいたい所だ。ローラン侯爵家に男子はいない以上、もちろん婿を迎え入れる形になるかとは思うが、それでも血を引くラナシア嬢をその立場に据えるべきではないかね?」
「それは……」
「ローラン侯爵、私からすれば、君は侯爵家を乗っ取ろうとしているようにしか見えない。君は今の奥方に熱をあげ、貴族として誤った判断をしたようだ」
「くっ……」
国王様の言葉に、お父様は何も言い返すことができなかった。
その指摘が、的を射ているからだろう。お父様は確かに、継母とレスティアを優遇している。
しかし、国王様がここまで厳正な方だったとは知らなかった。レスティアが聖女であるということもあって、私の追放など見過ごされるものかと思っていたのだが。
「……お言葉ですが、陛下。私の娘であるレスティアは、聖女に就任しています」
「ローラン侯爵夫人、それがなんだというのかね?」
「聖女というものは、特別な存在です。そういった地位にある者が、家を継ぐ方がローラン侯爵家にとって、利益となるはずです」
「それとこれとは、話が別というものだ。聖女だからといって、何もかもが許されるという訳ではない。当然のことではあると思うがね」
「……っ!」
継母が食い下がったが、国王様はゆっくりと首を横に振った。
やはり国王様は、レスティアが聖女であることを今回の件で考慮するつもりはないようだ。
それは私にとって、とてもありがたいことではある。ただ、そのことについて、まだ納得していない者がいるようだ。
「……国王様、少しよろしいでしょうか?」
「レスティア嬢? 何かね?」
レスティアは、ゆっくりと父と継母の横に並んだ。
彼女は、何か言いたいことがあるらしい。それがどのようなことかはわからないが、私にとって好機であった。
私はウェルード殿下と顔を見合わせて、頷き合う。ここが正念場だ。レスティアが聖女でないことを証明しなければならない。
「……待ちなさい、レスティア」
「お姉様?」
レスティアが国王様に言葉をかける前に、私は割って入った。
ここから重要なのは、この妹に失言させることだ。彼女が女神様の存在を信じていないと、国王様に知らせなければならない。
「国王様は、既に仰られたはずよ? あなたが聖女であることと、ローラン侯爵家のことには関係がないと……」
「それに不満があるから、私は進言しようとしているのです。血筋で家を継がせるなんて、古い考え方でしょう? 優秀な者が、家を継ぐ方がいいに決まっています」
「あなたは、自分が優秀だと思っているの? あなたはただ、聖女に選ばれただけでしょう?」
「優秀だからこそ、聖女に選ばれたのです」
私の煽るような言葉に、レスティアは反論してきた。
一応は姉妹であるため、この妹の性格はよくわかっている。煽れば、熱くなる彼女は、確実に零してくれるだろう。自身が女神様を信じていないということを。
「女神様が聖女を選ぶ基準に、優秀さは関係ないと思うけれど? 重要なのは、その声が聞けるかどうか、偶々あなたにその才能があっただけのことでしょう?」
「何を言うかと思えば。それは建前というものでしょう? 聖女が優秀さによって選ばれていることは、今までの歴史を考えれば、わかることです」
「女神様の前でも、同じことが言えるのかしら? そんな基準はないと、仰られることでしょうね」
「ふふっ……」
私の言葉に、レスティアは笑みを浮かべた。
彼女は、私を嘲笑っている。聖女を信じている私は、この妹はそういう対象なのだろう。
それなら、後もう少しだ。もう一押しで、レスティアは零してくれる。決定的な一言を。
「何を言っているのか、わかりませんね。聖女を決めているのは王家の方々でしょう?」
「……」
レスティアは、その言葉を発してくれた。
それによって、玉座の間の空気は一気に張り詰めることになった。国王様も、目を丸めている。
概ね、私の思い通りになった。後は、ウェルード殿下が進めてくれるはずだ。
「……聖女を王家の者が決めている? レスティア嬢、それはどういうことでしょうか? そのようなことを言われると、こちらとしては困ってしまいます」
「ああ、これは秘密でしたか。失礼しました。でも、実際の所そうなのでしょう?」
ウェルード殿下は、レスティアに話しかけた。
彼はわざとらしい態度である。その態度を見て、レスティアは自分のことが正しいと、改めて思ったことだろう。
しかし、それは大きな間違いだ。この場において、女神様の存在を信じていないのは、彼女だけなのだから。
「……」
「お姉様のように、女神様を信じている方々には、真実を告げるのは酷というものですか。しかし、私としては王家の判断というものを重視していたきたいものです」
『……ラナシア嬢」
レスティアが失言を重ねた後、私の耳には声が響いてきた。
いや、それだけではない。私は自分の隣に気配を感じていた。
そちらの方向に視線を向けると、一人の女性が立っていた。女神ファルセリア様が、姿を現したのである。
「ファルセリア様? どうして、あなたがこちらに……?」
「運命というものが、定められたからです。最早、私が直々に出て来ずとも、事態は解決していたでしょう。しかし、出て来られるなら出て来た方がいいですからね」
女神様は、ゆっくりと歩いていった。
彼女の来訪に、玉座の間にいる人々は驚いている。特に国王様は、固まっているようだ。
しかしすぐに、国王様は座っていた玉座から下りる。女神様の前では、一国の王であっても態度を変えなければならない。
「ファルセリア様、どうしてこちらに?」
「アーデイン王、あなたに伝えるべきことができたからです。レスティアは、聖女ではありません」
「……そのようですね。先の言葉を聞き、私も理解いたしました」
女神様も言っていた通り、レスティアは先の失言によって、既に終わっていた。国王様も理解したのだ。あの妹が、女神様の存在を信じていないということに。
そのレスティアは、目を丸めている。女神様が突然ここに現れたことには、彼女も混乱しているようだ。
「こ、これは、どういうことですか? 意味がわかりません……」
「レスティア、あなたと会うのは二度目ですね。あの時、あなたを聖女に選んだのは大きな間違いでした……」
国王様は、皆に背を向けて言葉を発していた。
ただ立ち位置的に、私とウェルード殿下にはその表情が見えている。女神様は、苦笑いを浮かべていた。
文字通り、彼女は間違えた。私とレスティアを勘違いして、聖女に任命したことは、本当に大きな間違いとしか言いようがない。
「な、何の権利があって、そのようなことを……」
「レスティア嬢、口を慎め。女神様の前であるのだぞ?」
「国王様、それは……女神様なんて、そんなものがいるはずがありません」
「……この者を連れていけ。最早、彼女は聖女などではない!」
困惑するレスティアは、なおも食い下がろうとしていた。
しかし、それは大きな間違いであったといえる。彼女のその態度は、国王様の逆鱗に触れてしまった。
ウェルード殿下の言う通り、国王様は女神様を強く信仰しているらしい。彼女に対する無礼は、許せないということだろう。
「ま、待ってください。私は、私は……」
「レスティア!」
「お母様……お父様」
「くっ……!」
兵士によって拘束されるレスティアに、継母は手を伸ばそうとした。
一方で父は、顔を伏せる。最早、どうにもならないということがわかったのだろう。
そのまま、レスティアは兵士達に連れて行かれた。彼女はこれからしばらく、牢屋の中で反省することになるだろう。
あの妹にとって、それは多大な苦痛であるはずだ。耐えられるかどうかも、怪しい所である。
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