第4話 協力者は
私は、ウェルード殿下とともにある人の元を訪れていた。
この国の王太子であるアルセルヴ殿下は、私達の話に表情を歪めている。
「にわかに信じられることではないな、レスティア嬢が聖女ではないなどということは……」
「……もちろん、兄上が信じられないのは当然のことかと思います。しかし、これは事実です。ラナシア嬢が、真の聖女なのです」
ウェルード殿下は、とりあえずアルセルヴ殿下に事情を話すことを提案してきた。
王太子という地位にある彼に信じてもらえれば、ある程度状況を改善できると考えたのだろう。
ただアルセルヴ殿下は、あまり良い反応ではなかった。当然のことではあるが、女神様が直々に指名したレスティアを聖女だと思っているようだ。
「女神様が勘違いされて、レスティア嬢を聖女に指名したか。あまりにも信じられないことだな。女神様が、そのような間違いを犯すとは考えにくい」
『……耳が痛いですね』
アルセルヴ殿下は、女神様のことを信じているようだった。
ただその彼の言葉は、ファルセリア様を傷つけている。実際に彼女は、大きな失敗をしてしまった訳だから。
「……アルセルヴ殿下、お言葉ですが、女神様とて完璧な訳ではありません。間違えることもあるということです」
「それは、女神様に対する侮辱……という訳ではなさそうだな」
アルセルヴ殿下は、私の方に視線を向けてきた。
彼は私の様子を観察しているようだ。だから私は怯まない。堂々としている。自分の主張が、嘘ではないとわかってもらうために。
「……なるほど、ウェルード、お前の主張は理解できた。確かに、ラナシア嬢が嘘をついているとは考えにくい。彼女の目を見れば、それはわかる」
「兄上、それなら……」
「しかし、それは結局の所、俺達の主観的な考えでしかない。それだけのことで、女神様が直々に指名したレスティア嬢が聖女ではないとするのは、無理があるな」
アルセルヴ殿下は、私個人のことは信じてくれているようだった。
それは嬉しく思う。ただ、彼はウェルード殿下程、私への協力に積極的ではなさそうだ。
「例えば、彼女が乱心していると考えることもできる。心から自分が真の聖女であると思い込んでいるとしたら、どうだ?」
「そのようなことはないと思いますが……いえ、兄上が言いたいのは、そういうことではないのですね?」
「……結局の所、お前とラナシア嬢の主張は、誰も納得させられないということだ。せめて何か、物証でもあれば違うが」
私とウェルード殿下は、顔を見合わせることになった。
物証と言われても、私達に出せるものは何もない。それがないからこそ、アルセルヴ殿下への協力を仰ぎに来たともいえる。
私達としては、なんとも苦しい状況だ。何か良い策が、あればいいのだが。
◇◇◇
私とウェルード殿下は、女神様の像が立てられている部屋に来ていた。
そこには既に、いくつかのお菓子が供えられている。これらの中に、私達はあるものを紛れさせなければならない。
「……無理がありますかね?」
「……僕と兄上の権限で、この部屋にはしばらくの間人はいれません」
お菓子の横にバナナを置いた私は、明らかに目立つそれを誰が見つければ、問題となることだろう。
しかし、この部屋はしばらくの間封じられることになるらしい。それならば、大丈夫だろうか。なんとかばれなければ、良いのだが。
「アルセルヴ殿下が協力してくれることは、心強いことではありますね……」
「まあ、兄上もレスティア嬢の要求には違和感を覚えていたようですから。とはいえ、兄上はそこまで大々的に助けてはくれないでしょう。中立の立場を貫くはずです」
「それでも、助かります。王太子様の助力というものは……」
アルセルヴ殿下が、ある程度とはいえ力を貸してくれる。その状況は私達にとって、とてもありがたいものであった。
とりあえず、それでこのお告げに関してはなんとかなりそうだ。バナナを供えれば運命がいい方向に行くと、女神は仰っている。
「他の方々にも、力を貸していただけないでしょうか?」
「どうでしょうか? 姉上などには、信じてもらえる可能性はあるとは思います。ただ問題は、父上と母上ですね。二人は……女神様の失敗など、兄上以上にあり得ないと考えそうです」
「取り付く島がないと?」
「ええ、兄上にはまだわかってもらえると思っていたから、話したのです。父上などに話すのは、むしろ状況を悪化させかねません」
ウェルード殿下は、色々と考えた結果、アルセルヴ殿下を頼ったようだ。他の者も彼と同じようには、いかないということだろう。
ただ、私達の主張を通すためには、とにかく協力者を増やすしかない。一人一人、信じてもらう者を見極めていくしかないのだろうか。
「……そこで、何をしていらっしゃるのですか?」
「……え?」
私がこれからのことを考えていると、声が聞こえてきた。
その声には、聞き覚えがある。忘れたくても、忘れらない声だ。
「……レスティア嬢、ですか」
「ウェルード殿下……それにそちらは、お姉様ではありませんか。どうして、あなたがウェルード殿下と、このような所に?」
「……」
部屋に入ってきたのは、レスティアであった。
彼女は不愉快そうに私の方を見て、それからお供えの方に視線を向ける。
それから彼女は、考えるような仕草を見せた。彼女なりに、状況を整理しているということだろうか。
「……まあ、お二人が何をしているのかはよくわかりませんが」
「……」
「気に入らないですね。ここで、勝手なことをするなんて。女神様に選ばれた私の決定に、何か不満でもあるのですか?」
レスティアはゆっくりと歩いてきて、女神様の像の前に立った。
彼女はあくまで、ファルセリア様に選ばれた聖女として振る舞うつもりなのだろうか。
「レスティア、あなたはまだ聖女として振る舞うつもりなの? あなた自身は、よくわかっているはずでしょう? 女神様の声なんて、聞こえていないのだから」
「女神様の声?」
「……レスティア?」
私が質問を投げかけてみると、レスティアは首を横に傾げた。
その反応は、妙なものである。まさか彼女は、声が聞こえているとでもいうつもりだろうか。
アルセルヴ殿下ではないが、彼女は思い込んでいるということなのかもしれない。レスティアならば、その可能性はある。
「……何を言い出すかと思えば、お姉様は女神様なんて信じているのですか?」
「……え?」
レスティアから返ってきた返答は、意外なものだった。
彼女は女神様の像の隣に腰かけて、そこにある菓子を一つ手に取った。
レスティアは、菓子にかかっていた包みを開ける。それからそれを口に運んだ。
「女神様なんて、迷信に決まっているじゃないですか。そんなものはいませんよ」
「……レスティア? あなたは、何を言っているの? あなただって、実際に見たはずでしょう? 女神様の姿を」
「あれは、それらしい人を王家が呼び出したのでしょう? そんなこともわからないなんて、お姉様はひどく幼稚なようですね?」
レスティアは、私のことを嘲笑っていた。
その表情によって、私は理解した。彼女が本当に、女神様の存在を信じていないのだと。
つまり、お告げの時にあれ程堂々としていたのは、元より女神様の存在を信じていなかったから、ということか。
それならば、納得できる。聞こえないと思っているならば、動揺することもない。
「……レスティア嬢、それならば、あなたはお告げをどのように考えているのですか?」
「あれは、聖女が適当な決定を下す、ということでしょう? お姉様のように信じている方々のためにも。まあ、私は精々、贅沢させてもらいますよ」
「レスティア、あなたは……」
「これももらっていきましょうかね……」
レスティアは、私達が供えたバナナを手に取った。
彼女はそれを持って、踵を返す。女神様を信じていない彼女は、お供え物をくすねるために、ここに来たということかもしれない。
私にとってそれは、まったく持って信じられないことであった。実際に女神様の姿を見たというのに、こんな反応なんて、どういうことなのだろうか。
『……ラナシア嬢、落ち着いてきいてください。また、お供え物を変える必要ができました』
『そうですか……』
『次はリンゴです。今、レスティア嬢がお供え物を持ち出したので、また運命が変わってしまいました』
レスティアが去って行ってから、私に女神様が話しかけてきた。
あの妹は、どこまでも場をかき乱してくれるものだ。また、新たに必要なものができてしまった。
私はとりあえず、ウェルード殿下の方を見る。すると彼は、何かを考えるような仕草をしていた。
「ウェルード殿下、また新たなお供え物が必要になりました。今度は、リンゴのようです」
「……ラナシア嬢、レスティア嬢の主張をどう思いますか?」
「……まさか、ウェルード殿下は彼女の主張を支持するというのですか?」
「いえ、そういう訳ではありません。ただ彼女の考えは、利用できませんか」
「利用?」
ウェルード殿下の言葉に、私は首を傾げることになった。
レスティアの主張を利用する。それは一体、どういうことだろうか。
いや、言われてみれば確かにそうだ。彼女が女神様を信じていないということが、仮に誰かの耳に入ったならば。
「なるほど、彼女自身が女神様を信じていないと口にすれば、聖女の地位にはいられなくなる、ということですね?」
「ええ、当然そうなると思います。そして彼女は、僕の前でああいった主張をした訳です。彼女は王家が、女神という虚像を作っていると考えている」
「それならば、手はありますね。例えば、国王様なら……」
「有効だと思います。父上の前で、彼女が今の主張をすれば……」
レスティアが女神様を信じていないことは、この状況を一気に覆せる要素であった。
何故、そのような考えに至ったのかはわからないが、ともあれありがたい。付け入る隙ができたことを嬉しく思う。
「……とはいえ、慎重にことは運ばなければなりませんね? レスティアとて、馬鹿ではありませんから。国王様の前で、口を滑らせる状況を作らなければ。そもそも、彼女が国王様と話す場を設けなければなりません」
「そういうことなら、ご心配なく。実の所、父上は別件でローラン侯爵家と話をするつもりですから。あの家の後継者について、父上は色々と納得していない所があるのです」
「ああ……」
ウェルード殿下に言われて、私は思い出した。自分が家を追放されていたということを。
そうだ、ローラン侯爵家の後継者の問題、それも大きなものであった。女神様のことの方が重要であるため、忘れていたけれど。
それらを一気に解決することが、できるかもしれない。ここは、気を引き締める必要があるだろう。問題を解決するために、策を練らなければ。
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