第3話 頼れる人は
「……なるほど?」
「……まあ、信じられませんよね」
「ああいえ、信じていない訳ではないのです。ただ色々と、追いついていないと言いますか……」
王城まで辿り着いた私は、ウェルード殿下を訪ねていた。
突然の来訪となったが、彼は快く受け入れてくれた。そんなウェルード殿下に、私が知った事実を告げるのは、忍びないものである。
とはいえ、知ったからには話しておかなければならない。これは王国にとって、一大事なのだから。
「まず、ラナシア嬢はローラン侯爵家を追放されたのですよね? それはなんとも、ひどい話です。いくらレスティア嬢が聖女になったからといって、血を継いでいない彼女が婿を迎えるなんて、前代未聞の出来事です」
「ええ、そうですね……」
ウェルード殿下は、一つずつ起こったことを整理しようとしているようだった。
私は、彼の言葉に頷く。確かにそもそも、私がローラン侯爵家を追放されたことから大きな問題だ。
しかし今となっては、そのことは些細なことだといえる。もっと大きな出来事があった。
それをウェルード殿下も、理解しているのだろう。彼は次の言葉を躊躇っているようだった。
「それから……女神ファルセリア様の指名、聖女の指名が間違っていたと?」
「ええ、信じられることではないかと思いますが……」
「……そうですね。正直な所、とても信じられることではありません。女神様が間違えるなどということが、あるものなのでしょうか?」
『ぐさっ……』
「……」
「ラナシア嬢?」
ウェルード殿下の言葉に、ファルセリア様はわざとらしく反応した。
ただ、その声色は本当に落ち込んでいるようだった。ウェルード殿下の言葉が、突き刺さったということだろうか。
『こ、こんな間違いをしたのは初めてです。むしろ、今まで千年近く間違わなかったのが、すごいとは思いませんか? これでも、頑張ってきたんですよ?』
『……ファルセリア様、もちろんです。そうですよね。今まで間違わなかったんですから、ご立派ですよ。千年もやっていれば、一度や二度のミスくらい仕方ありません』
『ラナシア嬢……流石は聖女ですね』
私は心の中で、ファルセリア様を慰めておいた。
まあ、本当に千年に一度の間違いを咎めるのは、酷というものだろう。
何も私の時に、よりにもよってあの妹と間違えなくてもいいのに、と思わなくはないが、それはこちらの勝手である訳だし。
「女神様でも、間違えることはあらせられます。もちろん、ウェルード殿下からすれば信じられることではないかもしれませんが……」
「……ラナシア嬢が、嘘を言っているとも思えませんね。まあ、女神様にもミスはありますか。しかし、それが本当ならば、大変ですね。状況は、とてもまずいといえる」
ウェルード殿下は、苦い顔をしていた。
彼は私のことを、信じてくれたようだ。しかし信じたからこそ、頭を悩ませている。
それは当然のことである。これは王国にとって、未曽有の危機といっても過言ではないのだから。
「……今更、説明するまでもないことかとは思いますが、アーデイン王国は女神様のお告げによって、発展してきた国です。その言いつけを守り、女神様を信仰することによって、豊穣などが訪れる」
「ええ、そうですね……」
「ラナシア嬢が言ったことが本当ならば、その仕組みというものが崩れかねません。この国に飢饉など災いが起こる可能性がある」
ウェルード殿下は、女神様のお告げが聞けない状況を改めて確認したようだった。
彼は、天を仰いでいる。第二王子として、当然頭が痛い問題だろう。私が言っていることを、真っ赤な嘘だと思いたいくらいではないだろうか。
『ファルセリア様、実際の所どうなのでしょうか? 本当にこの国に危機が訪れるものなのですか?』
『……はい。そうなると思います。私は今まで、アーデイン王国に降りかかるであろう厄災を防いできましたから。私のお告げには、色々と効果があるものなのです。例えば、お供え物の選択一つで、運命が変わってしまって』
『なるほど……』
女神様は、申し訳なさそうに私の質問に答えてくれた。
運命さえも操ってしまうなんて、やはり女神様の力は偉大である。その力が失われるということは、アーデイン王国にとって大きな損失である。
「……いや、よく考えてみれば、事態を解決する手段はありますね? 女神様に再び姿を現していただければ、良いのでは? 僕としたことが、単純なことに気付いていませんでした」
「ああ、なるほど、言われてみれば、確かにそうですよね……」
ウェルード殿下の表情が、そこで少し明るくなった。
それは自体を解決する名案が、思い付いたからなのだろう。
ただ彼の顔は、すぐに陰りを見せた。それは当然だ。私もすぐに気付いた。それができるなら、何も苦労はしないのだと。
『女神様、もう一度姿を現すことは……』
『申し訳ありませんが、それはできません。もちろん、努力はしてみるつもりですが、難しいことだと思います』
「やはり、難しいようです」
「そうですか……」
女神様が簡単に姿を現せるならば、聖女の最も重要な役目が必要なくなる。難しいから、ファルセリア様は聖女を選ぶのだ。
しかしそれなら、どうすれば良いのだろうか。私が今から、女神様の声が聞こえるなどと言い出しても、誰も信用してはくれないだろうし。
「……そもそもの話ではありますが、レスティア嬢自身が聖女の役目を下りるということは、考えられませんか?」
「それは、ないと思っています。しかし、一応可能性はありますね。お告げが聞こえないことで、彼女は動揺するかもしれませんし……」
「……今日彼女は、女神からの声を聞くことになっています。その会場に行ってみましょうか。ラナシア嬢は、念のために顔を隠して」
「そうですね」
私は、ウェルード殿下の言葉にゆっくりと頷いた。
レスティアの心が、折れる可能性はない訳ではない。彼女とて、女神の声が聞こえないという事実には、動揺することだろう。
それを指摘すれば、事態が好転することもある。私とウェルード殿下は、その認識を持って彼女がお告げを受け取る会場へと向かうのだった。
◇◇◇
私は顔を隠して、ウェルード殿下とともに聖女が女神様からのお告げを告げる部屋に来ていた。そこには、女神様の像が立てられている
壇上には、レスティアがいる。彼女は女神様からの言葉を待っているようだ。
しかし、ファルセリア様からのお告げを彼女は聞けない。レスティアは、聖女などではないのだから。
「レスティア様、どうですか? 女神様はなんと……」
「……女神様は、お供え物が必要だと申し上げていらっしゃいます」
「お供え物、ですか? それは一体、どのようなものなのでしょうか?」
「……菓子のようです。女神様とそれから聖女にも、菓子を与えるように仰っています」
レスティアには、女神様の声は聞こえないはずだった。
だが、彼女はなんとも堂々と、言葉を発している。迷いのないその言葉に、私は少し面食らってしまう。
『女神様、彼女には話しかけていないのですよね?』
『もちろんです。私は、話しかけてなんていません。それから、今必要なお供えはお菓子などではありません』
『それでは……』
念のため女神様に確認してみたが、やはり彼女はレスティアに話しかけてなどいない。
つまりあの妹は、声が聞こえていないにも関わらず、あれ程までに堂々と嘘をついているという訳だ。少しの動揺もないその様は、なんというか異様に思える。
「ウェルード殿下、レスティアの言葉は嘘です。お菓子のお供えは、今必要ではありません」
「ええ、そうでしょうね」
「ウェルード殿下?」
私の言葉に、ウェルード殿下はすぐに頷いた。
流石に、あれ程堂々とされれば、レスティアの方を信じても仕方ない。そう思っていた私にとって、その反応は少し意外なものであった。
「私のことを信じてくださるのですね? レスティアのあの様を見れば、彼女のことを信じても良さそうなものなのに……」
「ラナシア嬢は、信頼できる方だと思っています。それに、レスティア嬢の主張には疑問があります。今まで、聖女にお供えなど聞いたことがありません」
「ああ……」
ウェルード殿下は、レスティアの主張に対して強い疑念を抱いているようだった。
確かに言われてみれば、聖女にお供えなど前代未聞である。今まで、そんなお告げがされたことはなかった。
とはいえ、こう思えるのは恐らくウェルード殿下くらいだろう。
私からレスティアが聖女ではないという情報を聞いていなければ、彼だって信じたはずだ。別に今までになかったことを女神様が言わないとは、限らないのだから。
『……まずいですね。レスティア嬢の心には、欲望があります』
『欲望……まあ、レスティアはそうかもしれません。しかし、何がまずいのでしょうか?』
『聖女には、清い心が必要なのです。それが彼女にはありません。そのことは、この国を良くない方向へと導く恐れがあります』
『……そうですか』
女神様は、不安そうに言葉を述べていた。
どうやら、レスティアが聖女になったことは、この国にとってかなり痛手であるようだった。やはりこの国は、危機的状態といえるのかもしれない。
「……もどかしいことではありますが、今ラナシア嬢が主張するのは得策ではないでしょうね」
「まあ、そうですよね……」
レスティアの様子を観察しながら、私はウェルード殿下の言葉に頷いた。
今の状況で、私が真の聖女であるなんて主張した所で、あまりにも意味はない。そんなことを言っても、誰も信じてはくれないだろう。
とはいえ、正しいお供え物を認識しておくことは必要だ。それをどうにかして備えることで、お告げ通りにことを運ぶことができるかもしれない。
『女神様、正しいお供え物とは、何なのでしょうか? それを備えることで、どうにかなりませんか?』
『それは無理です。レスティア嬢が指示したお菓子が備えられた時点で、運命は変わってしまいますから。それが供えられることが避けられないのならば、元のお供えをしても意味はありません』
『なるほど……』
女神様の質問に対する答えに、私は思い出していた。女神様へのお供え物とは、過不足なく用意しなければならないものだということを。
レスティアの指示によって用意されるものは、余計なものになる。それが供えられた時点で、元のお供えを用意した所で無駄ということか。
『とはいえ、お菓子が供えられた後ならば、私も改めてお告げを出せます。それでなんとか、この国の危機を回避いたしましょう』
「……ウェルード殿下、お菓子が供えられた後、改めてお供えを用意しましょう。それで、なんとかなるかもしれないそうです」
「そうですか……それなら、なんとかしたい所ではありますね。しかし、この状況を根本から覆す必要もあります。何か足掛かりでも、あれば良いのですが……」
ウェルード殿下は、悩んでいるようだった。
レスティアが聖女の座にある限り、状況はどんどんと悪い方向へと向かっていく。その根本的な原因を、取り除かなければならない。
しかし、それはなんとも難しいことだった。女神様が直々にレスティアを指名してしまった以上、それを覆すには同等以上の何かがいる。
『私が姿を現すことさえできれば、解決することができるのですが……』
『それは、無理なのですよね?』
『はい、今の所は……二年か三年くらい経てば、可能かもしれません。とはいえ、それは人間の方々にとっては長い時間でしょう?』
『そうですね……』
女神様が次に姿を現せるまで、早くても二年、その期間内で、どれだけのことが起きるだろうか。
女神様も言う通り、あまりにも長すぎる。そこまで待っているのは、悠長としか言いようがない。
とはいえ、打開策がないならば、耐えるしかないということである。それも一つの選択肢と、考えておくべきなのかもしれない。
『とはいえ、お供えや様々な状況によっては、私が姿を現せるようになるかもしれません』
『そうなのですか?』
『とにかく、レスティア嬢の動向に注視しておく必要があります。どうか、お願いします、ラナシア嬢』
『はい、もちろんです……』
今の状況をなんとかすることができるのは、女神様の声が聞こえる私と信じてくれるウェルード殿下だけであった。
二人でなんとかすることが、できるだろうか。いや、やるしかない。この国の未来のためには、それが必要だ。
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