第2話 家族からの扱い
「ローラン侯爵家は、レスティアのものだ。彼女が当主を迎える立場となる」
ローラン侯爵家の屋敷に戻ってから、私は父の執務室でそう告げられた。
周りには、継母とレスティア。それから何人かの使用人がいる。ただ継母と妹は、特に驚いていない。事前に、聞かされていたということだろう。
「まあ、当然のことですね。レスティアは聖女になったのですから」
「……レスティアは、ローラン侯爵家の血を引いていません。それはこの国において、重大なことだと思いますが」
「口の減らないものですね。まあ、あなたからすれば、そうなのかもしれませんが……」
継母であるカルティアは、私に対して侮蔑的な笑みを向けてきた。
彼女は私が物心つく前から、お父様と再婚した訳だが、その時からずっとこうだったそうである。私のことを、疎ましく思っているようだ。
だから私も、この人のことを母などと思うことはなかった。ともに暮らす赤の他人でしかない。
「お姉様? 残念ですけど、私は聖女なんです。この国において、特別な存在なんですよ? その私が、ローラン侯爵家をもらった方が良いに決まっているではありませんか」
「……」
「ふふっ、いくら睨みつけても無駄ですよ? あなたはもう、終わりなんです」
レスティアは、カルティアによく似ていた。この二人が親子であるというのは、実に納得できることだ。見た目も性格も、似通っている。
この妹がローラン侯爵家を背負うことが、良いことであるとは思えない。大体、聖女には聖女としての仕事もあるはずだ。
「聖女の仕事をしながら、このローラン侯爵家を守っていけると思っているの?」
「それは、婿に任せれば良いことです。ああ、お姉様の婚約者であるゼルファン様から求婚されましたよ?」
「彼に務まるものかしら?」
「負け惜しみでしかありませんね」
レスティアは、笑っていた。私のことを嘲笑っていた。彼女とは、そういう人間なのだ。
これが偉大なる女神様の声を聞く聖女だというのか。まったく以て、納得はできない。才能と性格は、両立しないものであるようだ。
「レスティアの言う通りだ。ローラン侯爵家の血など、この際問題ではない。この決定に反対する者がいると思うか? 誰もしないだろう。なぜなら、レスティアは聖女なのだからな」
「聖女だからといって、そのような決定には反対する方もいると思いますが」
「ふん、聞き分けのない奴だな。そろそろ、我慢の限界だ。お前には、この家から出て行ってもらう」
嘆かわしいことではあるが、父も継母と妹の味方であった。
一応私も、彼の実の娘であるのだが、そう扱われたことはないといえる。政略結婚した母との間にできた私は、父にとってはむしろ疎ましい存在なのかもしれない。
結局の所、私にはローラン侯爵家において居場所がなかった。この決定を覆すこともできない。私にはそのような力はないのだった。
◇◇◇
ローラン侯爵家を追放されることになった私は、荷物をまとめていた。
周囲には何人かの使用人達がいる。皆、古くからローラン侯爵家に仕えていた人達だ。
皆の視線は、不安そうである。それは当然だろう。ローラン侯爵家は今、大きく変わろうとしているのだから。
「……お嬢様、この度のことは本当になんと言っていいものか」
「トルドンさん、私は大丈夫です。幸いにも、当てがありますから。ですから、お父様などに進言することはやめてください。そのようなことをすれば、あなたが危ないのですから」
「老い先短いこの命、惜しくはありません」
「ご家族がいらっしゃるでしょう。その方達を悲しませるものではありませんよ」
古くから仕えてくれているトルドンさんは、お父様に食ってかかるような気迫が感じられた。
だから私は、釘を刺しておく。滅多なことがあってはいけない。私のために、彼が傷つくなどあってはならないことだ。
「しかし、お嬢様。はっきりと言って、お嬢様がいないローラン侯爵家に価値などありません。大旦那様が亡くなられて、旦那様が後を継いで、どうなりましたか? 奥様が亡くなられた後は、もう最悪です。平民の立場から言わせていただけるなら、彼は……」
「ベルルナさん、申し訳ありません」
「え? あ、何故、お嬢様が謝られるのです」
「ローラン侯爵家がこうなったことの責任の一端は、私にあります。正統なる後継者が不甲斐ないばかりに……だから、謝るのです」
私は、ベルルナさんに謝罪した。
そのことについては、本当に申し訳なく思っている。私は結局の所、父を止められなかった。
もう少し私に勇気や力があれば、何か変えられていたかもしれない。私はただ、ローラン侯爵家が落ちぶれるのを静観していただけだった。
「お嬢様、そのことでお嬢様が悪いなんて、誰も思っていませんよ。奥様が亡くなれた時、あなたはまだ赤ん坊でした。今だってまだ、子供といえるような年齢です」
「……ヨーゼフさん、私は皆さんがいてくれたから、こうして成長できました。その恩に報いることができなかったことが、本当に申し訳ないのです」
「恩に報いるなんて、俺達はそんなことのためにお嬢様を助けてきた訳じゃありません」
「ありがとうございます」
ヨーゼフさんは、私の感謝にその表情を歪めていた。
そんな顔しかさせられないことが、やはり辛いものだった。ただ私は、皆に言っておかなければならない。それは、大切なことだ。
「……私のことは、どうか忘れてください。皆さんにも、暮らしがあるでしょう。父達に従い、今まで通り使用人として務めてください」
「お嬢様、私達はそんなことは望んでいません。このようなことをした旦那様には、もう……」
「トルドンさん、使用人であるあなたが、そんなことを気にするものではありませんよ。これは私の家族の問題なのですから」
「お嬢様……」
「皆さんは、皆さんの生活をどうか守ってください。私は本当に、大丈夫ですから」
私は、笑顔を浮かべてそう言った。
ここにいる使用人の皆には、私のことを背負わせたくはない。
とりあえず、ウェルード殿下を頼ってみるとしよう。彼ならきっと、力になってくれるはずだ。
しかし、王都まで無事に辿り着き、かつウェルード殿下に取り次いでもらえるものだろうか。
色々と心配ではあるが、私は屋敷を出るしかない。このまま笑顔で、去るとしよう。
◇◇◇
「本当にすみませんね……」
「いえ、お気になさらないでください。ラナシア様にはいつも助けていただいていましたから。むしろ、力になれて光栄ですよ。まあ、乗り心地は悪いかもしれませんがね」
「いえ、とてもありがたいです。本当に、ありがとうございます」
御者の男性にお礼を言ってから、私は馬車に乗り込んだ。
以前、ローラン侯爵家の一員として、彼を助けたことがある。そのことを覚えていてくれて、私を王都まで運ぶことを買って出てくれたのだ。
それは本当に、ありがたいものである。とりあえず王都までは、辿り着くことができそうだ。
「ふう……」
馬車が動き始めて、私はため息をついた。
色々とあって、急いでここまで来たものだから、疲れは溜まっている。
少し眠った方が良いだろうか。馬車の揺れなんて気にならない程に、私は眠気に見舞われていた。
「……」
ゆっくりと目を瞑ると、体から力が抜けた。やはり私は、疲れていたようだ。
とりあえず、しばらく眠るとしよう。馬車の揺れもあって、まるで揺り籠の中にいるようだ。これなら結構、安眠できるかもしれない。
『あー、あー、聞こえますか?』
「……」
これはもしかして、夢なのだろうか。何か声が聞こえてくる。
聞き覚えのある女性の声だ。まあ、これが夢であるならば、それは当然か。私の記憶の中にいる誰かが、出てきているということだろう。
しかし、まだ目覚めたくはない。せっかく眠ったのだから、もう少しゆっくりさせてもらいたい所である。
『……なんでしょうか?』
『うん? あれ?』
私が呼びかけに答えてみると、女性の声色が少し変わった。
彼女は、困惑しているようだ。しかし、一体何者なのだろうか。その姿は、まったく見えてこない。
『えっと、あなたはレスティア嬢?』
『……妹がどうかしましたか?』
『妹? あれ? あなたは……』
『私はラナシア、レスティアの姉です。母は違います……』
『……え? ええっ?』
私が名乗ると、女性の声が上ずった。
彼女は、焦っているようだ。というか、私をレスティアと勘違いしていたのか。
私達、姉妹はそこまで似ている訳でもないのだが。あの妹と同じと思われるのは、不服とも思ってしまう。
『ちょっと待ってくださいね? 今、女神の手帳を確認しますから……』
『……女神の手帳?』
『あ、あはは……えっと、ですね? あれ? ま、間違っちゃったのかなー、なんて……か、勘違いしてしまいましたぁ』
『間違った? ……いや、もしかしてあなたは』
そこで私は、これが夢ではないということに気付いた。
そうだ、この声は女神様の声だ。つまり、私には彼女の声が聞こえているということになる。
しかしそれは、おかしな話だ。女神様の声が聞こえるのは聖女――つまりは、レスティアである。
ただ、今女神様が言ったことから、ある一つの結論が考えられる。まさかとは思うが。
『妹は女神様の手違いで聖女に選ばれただけだったんですか?』
『……はいぃ』
ファルセリア様は、私の言葉を肯定した。
目を覚ました私は、頭を抱えることになった。これは、一大事である。
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