7.
リナは、言葉を失った。
「……狙われた」
その単語だけが、頭の中で何度も反響する。
森で見た光景が、もう一度蘇る。
馬車。血の匂い。倒れる少年。青白い唇。
そして――“毒”。
「でも……」
リナは小さく息を吸った。
「助けないと、死んでたよ」
エドガーは一度だけ目を伏せた。
そして、静かに答える。
「何度も言わせるな、今回はいい。よくもないがな。」
ごり、と薬研の音が戻る。
一定のリズム。
いつもの仕事の音。
「問題はそこじゃない」
エドガーは淡々と言う。
「お前が“見てしまったこと”だ」
リナの背中に、冷たいものが落ちる。
「……見たこと?」
エドガーはようやく顔を上げた。
その目は、いつもより少しだけ鋭い。
「黒蜘蛛草」
「貴族の護衛」
「領主の家紋の馬車」
一つずつ、静かに並べる。
「偶然で済む範囲を越えている」
リナは喉が詰まったように、言葉が出ない。
エドガーは続ける。
「そして、向こうは“見た者”を基本放置しない」
部屋の空気が、さっきよりさらに重くなる。
リナは無意識に籠を握りしめた。
「じゃあ……私」
エドガーは即答した。
「お前は守る」
一拍。
「そのために、魔法の扱い方を教えた。毒や薬についても教えた。」
その言い方は、やさしくも冷たくもなかった。
ただ事実としての線引きだった。
リナは俯く。
「おじいちゃんは、貴族だったんでしょ?私もなの?」
「言ったはずだ、私たちは秘された存在であると。」
エドガーは立ち上がり、薬缶に水を足す。
すぐにしゅんしゅんと蒸気が出た。
「それ以上は、見るな」
エドガーは外を見ながら言った。
「貴族の問題に踏み込むな」
少し間を置いて、さらに低く続ける。
「……それと」
振り返らないまま。
「しばらく、魔法は使うな」
リナは小さく頷いた。
「……うん」
返事はした。
けれど、胸の奥に残るざわつきは消えないままだった。
エドガーは何も言わず、再び薬研へ戻る。
ごり、ごり、と音が戻る。
その音だけが、いつも通りだった。




