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3.




嬉しい気持ちは直ぐにどこかへ消えてった。

おじいちゃんの機嫌が悪い。

ものすごーく、機嫌が悪い。


薬草の匂い。

薬缶の湯気。

窓から入る森の風。


いつもの家。


なのに、空気だけが妙に重い。

それもそうだ。

ドニーの突撃は今に始まったことではない。何度かじいちゃんがいない時にも彼は来ている。


それを、なぜかおじいちゃんは知っている。

私が何も言わないのも悪いのかもしれない。





リナはそっと息を吐いた。


「……おじいちゃん?」


返事はない。


エドガーは薬研へ戻っていた。

ごり、ごり、と薬草を潰す音だけが響く。





長年一緒にいるリナにはわかる。


今のエドガーは、かなり怒っている。



静かなぶん余計に怖い。


リナは恐る恐る、床へ落ちていたドニーの帽子を拾う。


「……忘れ物、あとで届ける?」


「捨てろ」


即答だった。





リナは思わず苦笑する。


「そこまで怒らなくても……」


「怒ってない」


低い声。


怒ってる。


めちゃくちゃ怒ってる。

エドガーは無言で薬研を回し続ける。


だが力が強い。


ごり、ごり、ごり、と、

普段より音が重かった。


たぶん、薬草が粉になりすぎている。


後で調整しないといけないやつだ。


リナは視線を逸らした。


触らぬ神に祟りなし。触れない方がいい。




相変わらず、古い薬缶が、ことことと音を鳴らす。


窓の外では、鳥が鳴いていた。


森はいつも通りなのに、家の中だけ妙な緊張感がある。


リナは小さく肩を落とした。


「……納品、行ってくるね」


「……」


「午前中には戻るから」


エドガーは少しだけ顔を上げた。


そして短く言う。


「ベルンの店内には入るな」


「え?」


「薬だけ置いてこい」


どうやら本気で怒っているらしい。


リナは困ったように笑った。


「でもゲルルトさんに納品書を……」

ゲルルト・ベルン。

ベルン商会の会長であり、エドガーの雇い主だ。

先代がとてもいい商売だったぶん、ゲルルトが会長になってからは薬が安く買われることも多くなりあまりいい気持ちで商売ができる相手ではない。

しかし、先代とのある契約の恩義もあるためエドガーは「別にいい」と、気にしてない様子だ。




「店員に渡せ」


「そこまで?」


「……」


返事がない。


だが、黙る時のエドガーは、大体“譲らない”。





結局。


リナは苦笑しながら、納品の薬箱を抱えて家を出た。


森の空気がひんやり気持ちいい。





さっきまでの重い空気が嘘みたいだった。

今日もアルトシュタットは、良い天気であった。



午前中の配達は慣れたものだ。


頼まれた薬を届け。

食品加工の保存薬を渡し。

腰痛用の湿布を置き。





最後に、ベルン商家へ向かう。


なるべく静かに。


なるべくドニーへ会わないように…






店先には、帳簿を抱えたカーク・ベルンがいた。


リナを見るなり、疲れた顔をする。

失礼とも取れるが、仕方ないであろう。





「……弟が悪かったな」


第一声がそれだった。


リナは思わず瞬きをする。


「え?」


「今朝、そちらに行っただろう?

毎回やめろと伝えているんだがな…」




知られてる。


あまりにも早い。


リナは苦笑した。


「……そんなに騒いでました?」



「騒ぐというか…」


カークは遠い目をした。


「あのバカが半泣きで帰って、母上が更に大声で怒っていたからな」




想像してしまった。


ドニーは、なぜかリナに突っかかってくるし、

その母マルティナはリナと二人っきりのときは遠回しな嫌味ばかり言ってくる。

嫌われているのは明白だった。






「薬はこちらへ」


「はい」


「……納品書も私から父上へ渡そう。

お前はもう帰った方がいい。

ドニーは屋敷の方に帰ってるはずだがな…」




リナもそれに同意する。


「ありがとうございます」


「エドガーに、よろしく頼むと伝えてくれ」


カークは少し迷ったあと、静かに言った。


「エドガーは、かなり怒っているのか?」


「……はい」


「だろうな…」


他人事みたいに頷く。

カークはあの弟のせいで、そして父が仕事をしなさすぎて…

ある意味いちばん苦労している男は、カーク・ベルンであるかもしれない。





納品を終える頃には、昼前だった。


リナは家へ戻り、簡単に昼食の準備をする。


パン。

干し肉。

薬草茶。


それを布へ包み、小さな籠へ入れた。




「おじいちゃん」


エドガーはまだ机に向かっていた。


今度は紙へ何かを書いている。

作るものが終わったのだろう。

研究モードだ。

さっきよりは機嫌が戻っている。





---------たぶん。


「午後、森の奥いってくるね」


「……一人でか」


「薬草少なくなってるし」


「……」


少し考えてから、エドガーは小さく頷いた。


「日が落ちる前に戻れ」


「はーい」


リナは笑って、籠を抱えた。





外へ出ると、森の匂いがした。


湿った土。

木漏れ日。

風に混じる薬草の香り。


リナは小さく息を吸う。


やっぱり、

この森が好きだった。





ベルン商家の兄ちゃん。

カークは苦労人です。仕事しろ、父親…

カークが成人(15歳)してからはもうほとんどカーク任せです。



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