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2.




朝いちの患者が軽く引いていくと、

リナは窓を開けながら、

小さく伸びをする。


「今日はもう、患者さん来なそうだね」




机には、

乾燥途中の薬草。


壁には束ねられた保存草。

エドガーは黙々と薬研を回していた。


無言。


いつものこと。


リナも慣れている。


「おじいちゃん、お茶いれる?」


「……いる」


短い。


でも機嫌は悪くない。


たぶん。






その時だった。


勢いよく扉が開いた。


「リナーー!!」


リナがびくっと肩を揺らす。

聞き覚えのある声。


「……ドニーさん?」


ドニー・ベルンだった。

エドガーが薬を卸す商家の次男坊である。

エドガーが嫌いなうるさい人間のひとりであった。



しかも、じいちゃんの研究時間に来た。


リナは嫌な予感しかしなかった。





ズカズカと、部屋に入ったドニーは、ニヤニヤしながらリナを見る。


「お前さぁ、昨日店のとこ来なかっただろ」


「え、昨日?」


「親父めっちゃ機嫌悪かったぞ」


「薬は今日持っていくお約束でしたけど……」


「だからさー、先に言えって」



(先も何も、関係ないじゃない…)

ドニーは、ベルン商家の次男である。

ベルン商家はエドガーの薬や薬草を販売している。

このアルトシュタットではそこそこ大きな商家である。

だが、所詮次男。

跡取りでもなんでもない。

事実、ドニーは商家同士を結ぶ結婚が重視されている。と、彼の母親から何度も聞かされていた。

だから、なんだと言うのだ。

こっちから、彼に会いに行ったことなど1度たりともないというのに。



そんな心の声は言わないが。

ドニーは勝手に患者用の椅子へ座る。





完全にくつろいでいる。

リナは困った顔になる。


まだ朝だ。いや、もう、朝なのだ。

手仕事をする人達はとうに仕事を開始する時間である。


しかもエドガーは仕事中。


一番邪魔してはいけない時間である。




だがドニーは気づかない。

エドガーが静かにしているし、積み重なった本の影で彼の目に入っていないのであろう。

ドニーは、いつも見たいものしか見えてないのでは?と思うぐらい周りが見えていない時がある。

同じぐらい話も聞いてないと思う。



「なぁリナ、今日街にいこ?」


「え?」


「昼飯奢るからさ!」


「えっと、薬を納品したあともお仕事が……」


「じゃあ決まりな」


いや、話を聞いて欲しい。決まってない。

行くとも、行きたいとも言ってない。

本当に、私の声は聞こえているのだろうか?と不安になるほどだ。



リナは口を開きかける。


だがドニーの口は止まらない。




「相変わらずここって、暗ぇ家だよな!」


「……」


「もっと街側住めばいいのにさ!」


「薬草育ててるので……」


「んなもん店の裏でもできるだろ」


できない。



エドガーの薬草管理はかなり特殊だ。


湿度。温度。土。



他にも、全部調整している。

どうせ理解するつもりがないのでリナは反論せずに黙っているがそろそろエドガーが怖い。





「つーかさぁ」


ドニーはにやにやしながら言う。


「お前、いつまであの変人と住むんだよ」


空気が止まった。

リナの開きかけた口が、表情が固まる。



部屋の温度が急激に冷えたような。

寒々しさを感じはじめる。


だが、ドニーだけが気づかない。

この鈍感勘違い男、口を塞いで欲しい。




「リナはさ、可愛いんだからさー、もっと楽できるって」


「……」


「はやく、俺んとこ来れば「ドニーさんっ!」」




リナは慌てて止めようとした。


だが、遅かった。







ぎ、と椅子が鳴る。


エドガーが立ち上がった。


静かに。


本当に静かに。


だがその空気だけで、

部屋の温度がさらに下がる。




ドニーがようやく振り返った。

そして、変人呼ばわりした男が部屋の隅で仕事をしてることに気づいた。


遅かった。

どうみても、止めるのが遅かった。

失敗してしまった。


「……え?」




エドガーは何も言わない。


ただ、

じっとドニーを見る。


沈黙。


長い。


怖い。


森の奥みたいな目だった。


ドニーの喉がひくっと鳴る。


「な、なんだよ……」


返事はない。


エドガーは一歩近づく。


それだけ。


それだけなのに、

ドニーが椅子ごと後ろへ下がった。




「……帰れ」


地響きのような低い声。


感情がないような声色。


平民街の怒鳴り散らすような怒り方じゃない。

エドガーの怒り方は、ここ周辺の人達が避けるぐらい怖かった。

「い、いや別に俺っ!…居るの知らなくってっ!」


「帰れ」


今度は少し強かった。




ドニーは怖さで足が動かなかった。




リナが慌てて間へ入った。


「お、おじいちゃん落ち着いて……!」


「リナ」


「はい」


「仕事をしろ」


「……はい」


ドニーは完全に怯えていた。


普段の軽薄さが消えている。


エドガーはさらに一歩近づく。




「ここに来るな」


「……はい」


「勝手に入るな」


「……はい」


「リナを物みたいに言うな」


最後だけ、

少し声が低くなった。


ドニーは完全に縮こまる。


「ごっ…ごめんなさぃいいいい!」




椅子から転げ落ちそうになりながら、

逃げるように外へ出ていった。




カランと、戸の開閉音がなって静寂が訪れた。


しばらくして、

リナがそっと振り返る。


エドガーは既に薬研へ戻っていた。


何事もなかったみたいに。


リナは苦笑する。


「……おじいちゃん、怒ってた?」


「別に」


怒ってた。


めちゃくちゃ怒ってた。




それが、少し嬉しかった。

ドニー坊ちゃん、そのうち兄ちゃんも出てきます。

とりあえずエドガーじいちゃんはドニーが嫌いです。

何回かこの場面は出くわしている、エドガーじぃちゃんです。

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