1.
アルトシュタットは、王都から少し離れた地方都市だ。
大きな街道が通っているため旅人は多いが、城壁の内側はどこかのんびりしている。
商人の荷車。
薬草売り。
鍛冶屋の槌の音。
人々の暮らしの大半は手仕事で成り立っていた。
特にアルトシュタットは、森が近い。
そのため、流通が盛んで、森と共に生きる人間が多かった。
そして街外れの森近くに、
少し変わった家がある。
古びた木の家。
庭には乾燥中の薬草。
軒先には薪。
窓際には見慣れない器具。
そこに住んでいるのが、
リナとエドガーだった。
町ではちょっと有名な二人組である。
××××××
朝の鐘が鳴るより先に、リナは目を覚ます。
森に近い家は朝靄が深い。
窓を開ければ、湿った土と木の匂いが流れ込んできた。
台所では、古い薬缶がことこと鳴っている。
火を入れた覚えはない。
「あ」
昨夜、エドガーが薬を煮ていたのを思い出す。
まだ薄く薬草の香りが残っていた。
リナは慣れた手つきで火を整え、水を足す。
その間に、奥の机ではエドガーが突っ伏して寝ていた。
本は開きっぱなし。
紙には細かい文字と数式。
また徹夜だ。
「おじいちゃん」
返事はない。
「寝るならベッドで寝てよ」
肩を揺すると、エドガーは薄く目を開けた。
「……朝か」
「朝だよ」
「薬は」
「煮詰まりかけてた」
「そうか」
それだけ言うと、また目を閉じる。
リナはため息をついた。
「ちゃんと寝ないと倒れるよ」
「倒れたことはない」
「そのうち倒れるの」
「理論上、まだ平気だ」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」
話しながら、リナはパンを切る。
エドガーはようやく起き上がり、火傷痕のある顔をぼんやり掻いた。
町の人は怖がるけれど、リナには見慣れた顔だ。
むしろ、その傷の向こうに整った顔立ちが残っているのを知っているから、不思議な感じがする。
朝食を終える頃には、もう扉が叩かれる。
「リナちゃんー!」
近所のおばさんの声だった。
「はーい!」
扉を開けると、籠を抱えたおばさんが立っている。
「先生いる?」
「いるよ」
「腰がねぇ、また痛くて」
リナはちらりと奥を見る。
エドガーはもう薬棚を開けていた。
無言。
相変わらず早い。
ただ、その無表情と無言のせいで怖い。
おばさんも少し引き気味に、
「……今日機嫌悪い?」
と小声で聞いてくる。
「普通だと思う」
「そう?」
「たぶん研究のこと考えてるだけ」
「あぁ……」
納得したような、してないような顔。
そして、到底理解できないという顔。
リナは慣れた様子で薬包紙を用意する。
「あとで湿布届けるね」
「助かるよ、リナちゃん」
結局、会話は全部リナ経由だ。
昼になる頃には、
リナと同じくらいの子達が怪我をしたとやってきたり、二日酔いだとやってくる老人がいたり、とにかく賑やかになる。
そして、面倒くさがりなエドガーは必要最低限しか喋らない。
「飲め」
「安静」
「三日」
終わり。
その横でリナが、
「一日三回です」
「お酒はだめだよ」
「熱下がらなかったらまた来てね」
と補足する。
完全におじいちゃんの通訳だった。
リナはおじいちゃんっ子です。
エドガーじぃちゃんは、リナ以外と話すのが嫌です。
とくに、井戸端会議するおばさんたち、元気すぎる子供は苦手。




