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転生社不の更生録  作者: 弥生
第一章 「血染めの国と竜の導き手」
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第十八話「決裂」

「お前ら──随分と早かったな」


 アッシュは動揺することもなく、ただ堂々としていた。

 まるで、俺たちがこの場へ来ることを分かっていたかのように。


 ふと、奴の傍らに倒れている女に視線がいく。

 喉元から血を垂らしており、見ているだけで痛々しい。


 だというのに、目線を逸らせなかった。

 あの女には、どこか見覚えがあったのだ。


 彼女は、確か──


「おい、アッシュ。お前、何を血迷ってんだ」


 レントの言葉が飛ぶ。


「血迷ってなんかないさ。俺は元からこういう人間だ」


 アッシュは肩を竦めながら平然と答える。


 その右手には、血の滴る剣が握られていた。

 かつての団欒からは考えられないほど、奴の瞳は狂気に滲んでいる。


______まるで、別人だ。


「──てめえ、何企んでやがる」


 その声は、揺らいでいた。

 怒りか、困惑か。

 俺には、そのどちらなのか分からなかった。


「なんでメルトナの姉ちゃんを売った? 金か? そこまでして金が欲しかったのか?

仲間を売ってまで手に入れたそのご立派な服は、さぞかし着心地がいいんだろうな?」


 抑えていた感情を叩きつけるように、エルマが一気に捲し立てる。


「......」


 アッシュは答えない。

 ただ、鋭い眼差しでエルマを睨みつけていた。


「それに、そっちの姉ちゃんはなんだ?」


 エルマの視線が、倒れている女へ向く。


「仲間を売るだけじゃ飽き足らず、今度は女攫って斬りつけるたぁ......。

てめぇ、随分と気色の悪ぃ性癖をお持ちのようだな」


「......」


 アッシュは、なおも黙っている。

 エルマはそんな奴を一瞥すると、ふっと鼻で笑った。


「......なるほどな」


 そして、アッシュの姿を改めて眺める。


 仲間を踏み台にして。

 弱い相手には好き勝手に振る舞って。

 そのくせ、自分だけは立派な身なりをして、人の上に立ったつもりでいる。


 まるで──。


「──ハッ、盗賊が貴族サマの真似事たぁ、随分と出世したもんだ」


______その瞬間。

 アッシュが初めて歯を食いしばった。


「──()()()()が、綺麗ごと語るんじゃねえ」


「......あ?」


 エルマの眉が、ぴくりと動いた。

 次の瞬間──。


「来るぞ!」


 レントが叫ぶ。

 アッシュが地面を蹴った。


 同時に、路地の奥から二つの人影が飛び出してくる。

 現れたのは、覆面を被った男と、ベールをつけた女。


「──っ!」


 俺は反射的に身構えた。

 ──連れがいたのか。


「勘違いすんなよ。三対一じゃねえ」


 迫りくるアッシュが薄く笑う。


「──三対三だ」


 アッシュの剣先がエルマを捉える。

 対するエルマは臆することなく、懐から一本の短剣を抜いた。


「‘’ヴィネクト‘’」


 短い詠唱。

 直後、淡い紫の魔力が短剣へ絡みつく。

 それはやがて、滴る樹液のように刃を覆った。


「来いよ」


 エルマは動じず、アッシュを煽る。

 直後、鋭い剣閃が彼女へ迫った。

 だが──。


「──チッ」


 振り下ろされた剣が、エルマを捉えることはなかった。

 

 ──その刹那。

 すぐ傍で、建物の壁を一つの影が駆け抜ける。


______速い。俺の目では追い切れない。


 やがてエルマは壁を強く蹴り、その身体を弾丸のように飛び出す。

 一直線に、アッシュの懐へ。


「なっ──」


 アッシュが振り返る。

 しかし、もう遅い。


「終わりだ」


 エルマの短剣が、アッシュの喉元へ向かって突き出される。

 だが──。


______キィン!!


 その刃が届くことはなかった。

 横から伸びた剣が、短剣を弾き返す。


「クソッ......!」


 エルマが睨んだ先。

 アッシュの前へ、覆面の男が割り込んでいた。


「......ふん」


 男はそう吐き捨て、剣を構えなおした。


※ ※ ※ ※ ※

 

______同刻、その一方。


 少し離れた場所で、レントがベールの女と対峙していた。

 女の両手には、それぞれ一本ずつ短剣が握られている。


「......邪魔すんじゃねえ」 

 

 レントは剣柄に手を当て、構えを取る。


「それはこちらのセリフだ」


 女は短剣を逆手に持ち直す。


______直後。

 女が地面を蹴り、レントに迫った。


(あの構え......)


 距離を詰める、その最中。

 レントの構えを見て、女の脳裏を一つの考えがよぎる。


(『環流』か)


______攻撃を捌き、受け流すことに特化した流派──『環流』。

 レントがとったのは、その代表的なカウンター技の一つ『流転の構え』だった。


 それを承知の上で。

 女は危険を顧みず、さらに踏み込んだ。


 左右から、ほとんど同時に短剣が迫る。

 レントは即座に剣を立て、二本の刃を受け流した。


______キィン!


 火花が散る。

 だが、女はそのまま身体を捻り、今度は低い位置から短剣を突き立てた。


「ちっ......!」


 間一髪、レントが身を引き距離を取る。

 だが──。


「‘’ゼクロ‘’」


 女の短い詠唱。

 直後、短剣から細かな斬撃が放たれる。


「──なっ!?」


 不意を突かれたレントは、避け切れない。


______ザザッ!


「ぐっ......」


 肩を切り裂かれる。

 鮮血が飛び散り、レントがよろめく。


「──取った」


 女が一気に畳みかける。

 短剣を構えなおすと同時に、すぐさまレントとの距離を詰めた。


 その凶刃が、レントの胸元へ迫る。

 しかし、その瞬間。


「──‘’シロン‘’」


 力なく垂れていたはずの、レントの指先に。

 ほんの僅かに、白い光が灯った。


「はっ──!?」


 女が驚愕の声を上げるよりも早く。


______パァァン!


 至近距離で、閃光が弾けた。


 女はたまらず目を覆い、顔を背ける。

 視界を奪われ、身体を大きく仰け反らせた。


「小癪な──!」


 誘われた──女が、そう勘付いた直後。


「盗賊ってのは小癪なもんでね」


 剣の柄が、女の鳩尾へ叩き込まれる。


「ぐっ......」


 女はそのまま、力なく倒れた。


※ ※ ※ ※ ※


 俺は、目の前のアッシュを睨みつけていた。

 奴もまた、剣を構えたまま俺を見据えている。


 路地裏は騒然としていた。


 剣戟の音。

 怒号。

 魔術の弾ける音。


 様々な音が、入り交じっている。


 だが──。

 俺の意識は、目の前の大男から離れなかった。


______やがて、奴の右手に掲げられた剣が、月明かりを鈍く反射した。

 俺は短剣を構える。


 手のひらが汗ばんでいる。

 心臓が、うるさいほどに脈打っていた。


 ──来る。

 そう思った瞬間。

 アッシュの姿が消えた。


「──っ!」


 咄嗟に身体を捻る。

 直後、目の前を剣閃が走った。


______シュンッ!


 空を切る音。

 首を掠め、熱いものが伝う。


 ......血だ。

 反応が、遅れていた。


「ぐっ......!」


 痛みに顔を歪める。


 その隙を逃さず、アッシュが踏み込んだ。

 剣先が、再び俺の首筋へと迫る。


______まずい。

 避けきれない。


 そう思った、次の瞬間。


______ヒュッ!


 何かが、横から飛んできた。


「なっ......!?」


 アッシュが、僅かに身を捻る。

 だが、間に合わなかった。


 短剣が、奴の肩へ突き刺さった。


「クソッ──エルマか......!」


 アッシュの動きが止まる。


 奴に刺さったのは、さっきまでエルマが握っていた短剣だ。

 刀には、淡い紫色の魔力が纏わりついたままだった。

 これは、もしや──。


「毒......!」


 俺が呟く。


 アッシュは肩に刺さった短剣を乱暴に引き抜く。

 血が飛び散った。


 それでも──奴は倒れない。

 剣を握り直し、再びこちらへ向き直る。 

 その動きに、僅かな乱れすらない。


______まだ、やれるのか。

 俺は再び短剣を握りなおした。


※ ※ ※ ※ ※


 エルマは、眼前の覆面男と激しく刃を交えていた。

 

______キィン!


 剣撃がぶつかり、火花が散る。


「はあっ!」


 男の剣が、再び迫る。

 エルマは身を捻り、紙一重で躱した。


 そのとき。


「......っ!」


 視界の端に、チハルの姿が映った。

 アッシュの剣が、彼へ迫っている。


 ──避けられない。

 そう判断した瞬間、エルマの手が動く。


______ヒュッ!


 彼女は、握っていた短剣をアッシュへと投擲した。

 その刃は、一直線に戦場を横切り──アッシュの肩へと突き刺さった。


 おかげでアッシュの凶刃は止まり、チハルの危機は救われる。

 だが──


「武器を捨てたな」


 男は、その隙を見逃さない。

 

「チッ......」


 見透かされたかのように、エルマは舌打ちをする。

 丸腰となった彼女は、ただ──じっと男を見据えるだけだった。


「終わりだ」


 勝ちを確信し、男が剣を振り掲げる。


______そのとき、エルマの口元が僅かに吊り上がった。


 彼女の袖口から一本の小さなナイフがするりと垂れ下がる。

 それを指先で掴んだかと思えば──刃に、淡く青白い光が纏う。


 次の瞬間。

 ナイフは男の脇腹へと投擲された。


「......?」


 その一連の動きを、男は視認することすらできなかった。

 ただ、気づけば──脇腹に、僅かな痛みが走っていた。


「──あ?」


 困惑する男。


 だが──。

 次の瞬間、男の身体から力が抜けた。


「なに......を......」


 膝が崩れる。


 そして──。

 男はそのまま、力なく地面へ倒れこんだ。

 眠りに落ちるように。 


※ ※ ※ ※ ※


 俺は、必死にアッシュの攻撃を捌いていた。

 隙を見て右腕を掲げ、短剣の先へ魔力を集める。


「──ヴォ......」


「させねえよ!」


 詠唱が終わるより早く、剣が迫る。


「──っ!」


 頬を掠める痛みを気にも留めず、咄嗟に身を引く。

 もう一度、魔力を集める。


 だが、それすらも許されない。

 アッシュは執拗に距離を詰め、俺へ剣を振り続ける。


 ──くそっ。

 このままじゃ、押し負ける。

 俺はもう、体力が限界だ。


 せめて、魔術を放つ隙さえ作れたら......。


______そう思った直後。


 アッシュの動きが、僅かに鈍り始める。


「……?」


 踏み込もうとした足が、僅かによろめいた。

 身体の奥から、力が抜けていくように。


「──っ!」


 俺は理解する。

 先ほどエルマから受けた短剣。

 ──その毒が、効き始めた。


「ハァ......ハァ......」


 アッシュは息を荒くしながら、剣を支えにするように、地面へ突き立てた。


______今だ。


 俺は、迷わなかった。

 再び、右腕を掲げる。


 身体の奥から、魔力を一気に引き出す。

 熱が、腕を駆け抜けていく。


「──‘’ヴォルトナ‘’」


 瞬間。

 短剣を媒介に、魔力が一気に増幅される。

 その切っ先から、凄まじい閃光とともに、膨大な炎が放たれた。


______ドォォォン!!


「がっ......!」


 炎の奔流が、アッシュの身体を真正面から捉える。


 その身体が宙へ浮き上がり──。

 勢いのまま、背後の壁へと叩きつけられた。


______ズドン!!


 石壁に亀裂が走る。

 アッシュは、そのまま動かなかった。


「......」


 俺は荒い息を吐きながら、目の前の男を見つめる。

 奴の傍らには、先ほどまで必死に握っていた剣が転がっていた。


______完全に、決着がついた。

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