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第9話 元暗殺者の有能メイドが帰ってきました。

 崩壊した王都から数週間。

 辺境の屋敷に、一人の客人が訪れた。


「セレスティアお嬢様。王都の残骸から無事生還いたしました。今日から再び、お嬢様の専属メイドとして腕を振るわせていただきます」

「クロエ! 無事だったのね!」


 完璧なカーテシーでお辞儀をしたのは、私の右腕であるメイドのクロエだった。

 実は彼女、元々は裏社会を牛耳っていた伝説の暗殺者なのだが、私に拾われてからは家事全般を極めた超有能なメイドとして仕えてくれている。


 感動の再会を喜ぶ私。しかし、その空気を切り裂くように、アリスがスッと私の前に立ち塞がった。


「……はじめまして、メイドさん。私は聖女のアリスです。でもお気遣いなく。お姉様のお着替えからお風呂の世話、お茶汲みからベッドの温めまで、全て『私』がやっておりますから。あなたは庭の草むしりでもしていてくださる?」


 アリスの目に、一切の光がない。

 その圧倒的な威圧感プレッシャーに対し、クロエは涼しい顔で微笑み返した。


「ご心配なく、聖女様。私はお嬢様の『すべて』を熟知しております。お嬢様が好む紅茶の温度、寝返りを打つ回数、そして……『誰に触れられるのが一番安心するか』も、ね」

「……ほう?」


 バチッ!!

 二人の視線が交差した瞬間、空間に火花が散った気がした。


「まあまあ、二人とも。せっかくですから、一緒にお茶にしましょう。クロエ、紅茶を淹れてもらえるかしら?」

「かしこまりました、お嬢様」

「ああっ、私もお手伝いしますねっ!」


 二人は仲良くキッチンカウンターへ向かった。

 私はテラスの席に座り、微笑ましく二人の背中を眺めていた。


(……ああ、良かった。アリスさんはトラウマのせいで警戒心が強くなっていたけれど、クロエとはすぐに打ち解けられたみたい)


 私の視点からは、二人が肩を並べて仲良くお茶の準備をしているように見えた。

 ——しかし、カウンターの裏側(私の死角)では、音速を超える死闘が繰り広げられていた。


『(お姉様のティーカップに触るな、泥棒猫)』

『(素人はすっこんでいろ、狂犬)』


 アリスが不可視の『光の刃』を放ち、クロエの手首を斬り落とそうとする。

 しかしクロエは、表情一つ変えずに銀のティースプーンでそれを弾き返し、同時に『毒塗りの暗器』をアリスの首筋へと投擲。

 アリスはそれを『聖なる結界』で蒸発させつつ、ポットのお湯を魔法で沸騰させ、クロエの顔面にぶちまけようとする——が、クロエは空のティーカップを超高速で回転させ、熱湯を一滴残らずキャッチしてみせた。


 キンッ! カキンッ!! ズババババッ!!


「あら? キッチンから何か物音が……」

 私が首を傾げると、二人はクルッとこちらを振り返り、満面の笑みを浮かべた。


「ふふっ、クロエさんと美味しい紅茶の淹れ方について『熱く』語り合っていたんですぅ♡」

「ええ。聖女様の情熱的なご意見、大変『身に染み』ましたわ」


 二人の足元には、真っ二つに斬られたまな板や、壁に突き刺さった無数のナイフが散乱しているが、私からはカウンターの影になって全く見えない。


 やがて、二人は「どうぞ」と極上の笑顔で、一杯の紅茶を私の前に差し出した。

 アリスの完璧な温度管理(魔法)と、クロエの完璧な抽出技術(物理)が奇跡の融合を果たした、芸術的な一杯だ。


「いただきます……まあ、美味しい! 二人で協力してくれたのね。出会って数分で阿吽の呼吸だなんて、本当に仲良しなのね」


 私が心から嬉しそうに微笑むと、二人はピタリと動きを止め、同時に顔を真っ赤にした。


「お、お姉様の笑顔……尊い……っ! 今回は引き分けにしておいてあげます!」

「お嬢様が喜んでくださるなら……。フッ、聖女様、あなたもなかなかやりますね」


 私に褒められたことで、二人の殺気は強制的に浄化されたようだ。

(相変わらずテーブルの下では、互いの足を思い切り踏みつけ合っているのだが)


 こうして辺境の屋敷には、『私の世話』を巡って高度な情報戦と暗殺術が飛び交う、賑やかで少しだけ物騒な日常が追加されたのだった。

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