婚約破棄イベントの途中で「早押しボタン」を押したら大正解だったので、南の海竜島への旅行券を獲得しました
王立学園の卒業パーティー。
豪奢なシャンデリアが眩い光を落とす大広間の中心で、王国の第一王子であるレオンハルト殿下は、婚約者である私——セシリア・フォン・ローゼンベルクを指差して高らかに宣言した。
「セシリア! 貴様のような悪逆非道な女とは、今日この時をもって婚約を破棄させてもらう!」
オーケストラの演奏がピタリと止まり、広間が水を打ったように静まり返る。
色とりどりのドレスを纏った貴族たちが息を呑む中、儚げな魅力を持つ男爵令嬢のリリィが、殿下の腕にすがりついて「まあ、殿下……!」と潤んだ瞳を向けていた。
まさに、乙女ゲームのエンディングにふさわしい、完璧な『婚約破棄イベント』の幕開けである。
「お前は次期王妃としての立場を笠に着て、この可憐で愛くるしいリリィを日々虐げてきた! その罪、決して許されるものでは——」
私はスッと右手を上げ、いつの間にか目の前に出現していた『真っ赤な丸いボタンが付いた解答台』ごと、勢いよく叩き潰す勢いで押下した。
『ピーン・ポーン!』
荘厳な大広間に、一切の情緒とシリアスを破壊する、気の抜けた電子音(魔力音)が鳴り響いた。
「えっ」
間の抜けた声を漏らし、呆然と私を見る殿下を完全に無視し、私は卓上に生えたマイクへ向かってハッキリと、そして優雅に微笑みながら答えた。
「お答えいたしますわ。【第一問】の答えは『決して許されるものではない』! そして次に続くセリフは『よって国外追放を命ずる』でよろしくて!?」
次の瞬間、私の専属執事であるセバスチャンがどこからともなく現れ、指を鳴らした。
バァン! と小気味良い破裂音と共に大広間の照明が落ち、代わりに私の頭上に眩いピンスポット照明が当てられる。
『正解!! セシリアお嬢様、見事な予測と無駄のない押しです! まずは50ポイント獲得です!!』
「な、なんだ!? なんなんだお前たち! 突然どこからその妙な台と光を!?」
タキシード姿でビシッと決めたセバスチャンは、スパンコールが輝く司会者用の杖をマイク代わりに握りしめ、大広間の全員に向けて高らかに宣言した。
『さあさあ皆様、大変長らくお待たせいたしました! ただいまより、全10問の白熱バトル! 第1回・王立学園チキチキ!【第一王子の赤裸々!セリフ当てろクイズ大会】の決勝戦を開幕いたします!』
けたたましいファンファーレが鳴り響き、天井から無数の鮮やかな紙吹雪が舞い散る。
「き、貴様ら、王族である私の威みある宣言を何だと……! 近衛騎士! こいつらを捕らえろ!」
『おーっとレオンハルト殿下、ここは【出題者】としての自覚を持っていただきたい! ちなみに本大会の優勝賞品は……【南の海竜島・常夏リゾートへのペア転移魔法陣チケット】! そして副賞はなんと、【最高級A5ランク・幻の魔牛一年分】となっております!!』
その言葉が広間に響き渡った瞬間。
殿下の隣で「可憐に」震えていたはずのリリィが、ピクッと不自然な角度に首を曲げ、弾かれたように顔を上げた。
「……ま、魔牛? あの、滴る肉汁がマナの塊だと言われ、一口食べれば三年若返る……闇市でグラム金貨十枚は下らないっていう、あの伝説の……?」
『左様でございます、リリィ選手! 一年分、すなわち毎日ステーキ食べ放題! 換金すれば男爵家の借金など秒で完済できる額でございます!』
「……殿下、ちょっとどいて。邪魔」
今まで響かせていた可憐な猫撫で声は、ドス黒い地声へと完全に変貌していた。
リリィは、自分を護るように抱きしめていた殿下の胸ぐらを掴んでドンッと無慈悲に床へ投げ飛ばすと、いつの間にか横に設置されていたもう一つの解答台に陣取り、ドレスの袖を肩までビリッと荒々しく破り捨てた。
その目は、完全に獲物をロックオンした飢えた肉食獣——いや、餓死寸前の野盗のそれである。血走った眼球が、ギラギラと剥き出しの欲望で濁っている。
「あのな、こちとら実家の弟妹たちに毎日具なしの塩スープ飲ませて生きてんだよ。魔牛一年分? それ、うちの領地の国家予算超えてっから。悪いけど、この肉はあたしの命に代えても持って帰る」
「リリィ!? お前は俺に庇護される可憐なヒロインだろう!? なんでそんなスラムの用心棒みたいな目をしてるんだ!」
「あ? ヒロイン? 寝言は寝て言え。愛だの恋だので腹が膨れるかよ! こちとら今日の朝から井戸水しか飲んでねぇんだよ! ほら、さっさとテンプレの続き吐けやクソ出題者! あたしは肉のためなら神でも殺す!!」
ポカンとする殿下をよそに、会場の空気も急速に変化し始めていた。
最初は事の成り行きに青ざめ、殿下を守るために剣に手をかけていた近衛騎士たちだったが、セバスチャンの巧みな話術と空間を覆う謎の洗脳(進行)魔法により、徐々に『最高の観客』へと変貌を遂げていく。
「見ろ……セシリア様のあの指先を。扇子を持ちながらも、常にボタンの1ミリ上をキープしている。あれは一切の無駄を省いた神速の構えだ……!」
「俺は公爵令嬢の圧倒的知念に金貨100枚!」「いや、俺は男爵令嬢の『肉への執念』に賭けるぜ! あの目はガチだ!」
気付けば、あちこちで「セシリア命」「肉食い姫リリィ」と魔力で発光する『推し活うちわ』が振られ、騎士団長自らが胴元となって白熱の裏カジノまで開帳されている始末。
さらには、来賓席の特等席で事態を収拾すべき玉座の国王陛下までもが、ポップコーン(弾けトウモロコシのキャラメル魔力炒り)を貪り食いながら身を乗り出していた。
「うむ、今年の卒業パーティーは実にエンターテインメント性が高いな! よし、スポンサー賞として我が王家から『伝説の聖剣』も追加提供しよう!」
「父上ぇぇぇ!? なぜ止めてくれないのですか!? 俺の婚約破棄ですよ!?」
悲痛な叫びを上げる殿下。しかし、容赦ないクイズの時間は止まらない。
『さあ、怒涛のクイズバトル、続いては【第二問】!! セシリアお嬢様がいじめたとされる、教科書事件の真相は!?』
『ピーン・ポーン!』
「ふふっ、『噴水に投げ捨てただろう!』ですわね! わたくしならそんな三流の嫌がらせなどせず、出版元ごと買収して彼女の教科書だけ全ページ白紙にして差し上げますけれど」
『大正解! 悪役令嬢としての格の違いを見せつける! しかしここでリリィ選手が補足のボタンを叩いた!』
「あ、それ違います! 腹減りすぎて目眩がして、中庭で勝手に転んで落としただけです!」
『なんと事実確認によりリリィ選手にも特別ポイント!』
『間髪入れずに【第三問】!! 階段突き落とし事件の真相は!?』
『ピーン・ポーン!』
「『嫉妬に狂って階段から突き落としたのだろう!』ですわ! 物理攻撃など野蛮でよろしくないわ。わたくしが突き落とすなら、階段ではなく社会の底辺ですもの!」
「違う違う! 厨房から逃げ出した豚を追って、私が全力でダイブしただけだっつーの! お肉(豚)は私が身を呈して守ったから無事だったんだよ!」
『野生の証明!! 冤罪が次々と自白によって晴れていくゥ!』
「お、お前らぁぁ! 俺の純愛と正義を何だと思ってるんだ!」
ここから先は、まさに『異種格闘技戦』の様相を呈し始めた。
『【第四問】! 殿下が昨日のお忍び視察で、こっそり買い食いしたものは!?』
次期王妃としての完璧なプロファイリングから答えを導き出そうとした私の横で、解答台が壊れんばかりの打撃音が響いた。
『ピーン・ポーン!』
「『屋台の激辛オーク肉の串焼き』です!!」
リリィさんが身を乗り出し、鼻をヒクヒクとさせ、よだれを拭いながら叫んだ。
「さっきから、アンタの襟元から微かにクミンと焦げた脂の匂いがしてんだよ! 間違いねぇ!!」
『正解!凄まじい嗅覚だ!! では【第五問】、殿下が今朝食べたメインディッシュは!?』
『ピーン・ポーン!』
「『特級ワイバーンの厚切りベーコン』! 息から微かに燻製の香りがします。あと、ネクタイに脂が飛んでるぜ!」
「お、お前……! 俺に甘く抱きしめられてる時に、ずっと肉の匂い嗅いでたの!?」
「当たり前だろ! こちとら朝から井戸水しか飲んでねぇんだよ! 目の前に美味そうな匂いさせる肉があったら嗅ぐに決まってんだろ!」
『さあ、知の反撃なるか!? 【第六問】!! 殿下が用意している、婚約破棄の慰謝料の財源は!?』
『ピーン・ポーン!』
私が優雅に扇子を揺らして答える。
「『王室の第三書庫裏にある隠し金庫のヘソクリ、金貨3万枚』ですわ。まったく、浅知恵にも程がありますこと」
「なっ!? なぜ俺しか知らないはずの金庫の場所まで知ってるんだ!」
『完璧な財務把握能力ゥ!! では【第七問】、その隠し金庫の暗証番号は!?』
『ピーン・ポーン!』
「『1129(いい肉)』です!!」
『なんとリリィ選手、当てずっぽうからの大正解!!』
「えっ!? 俺、そんなにリリィの肉好きに影響されてたの!?」
「チョロい奴で助かったぜ!」
殿下はその場に膝をつき、仕立ての良いタキシードを握りしめて両手で顔を覆った。
「もう……もう嫌だ……。誰も俺の悲壮な決意を聞いてないし、誰も俺を愛してないじゃないか……。俺はもう帰る……もう何も喋らんぞ……ッ!」
ついに心が折れたのか、殿下が胎児のように床に丸まってストライキを起こし始めた。
普通のクイズ番組ならここで放送事故だが、我が優秀なるセバスチャンは全く動じず、不敵な笑みを浮かべた。
『おーっと、ここで出題者が完全に沈黙! しかしご安心ください! こんなこともあろうかと、殿下の自室の隠し金庫から【厳重な魔力鍵と鎖で封印された黒革の日記帳】を押収してまいりました!!』
「は!?」
『これより、一発逆転の大チャンス! 【殿下の黒歴史暴露クイズ・ポイント100倍】へと突入いたします!!』
セバスチャンが掲げたその禍々しい装丁の黒い手帳を見た瞬間、殿下の顔からスッとすべての血の気が引いた。
「や、やめろ……! なんでお前がそれを持っている!! 結界はどうした!!」
『【第八問】!! 殿下が13歳の頃、自らの右腕に封印された【黒炎の龍】を鎮めるために、毎晩鏡の前で左手で顔を半分隠しながら唱えていた呪文はなんでしょう!!』
『ピーン・ポーン!』
私は優雅に紅茶を一口飲み、ノールックでボタンを叩いた。
「『静まれ、俺のダークネス・インフェルノ』。……ちなみに当時、中二病を拗らせた殿下の右腕に巻かれていた、無駄に血のりペイントが施された包帯の替えを、毎回手洗いで優しくお洗濯して差し上げていたのはこのわたくしですわ」
『大正解ィ!! ちなみに昨夜も自室でこっそり唱えていたことが日記の最新ページから判明しております!!』
「やめろおおおおおお!! 俺の尊厳を削るなあああ!!」
殿下が絶叫し、床をのたうち回る。
『続いて【第九問】!! 殿下が毎晩一緒に寝ている、クマのぬいぐるみの名前は!?』
『ピーン・ポーン!』
「『モフ太郎』!! 殿下のベッドの下から漂う、長年愛用された綿と布の匂いで分かります!!」
『大正解!!』
「ああああああああっ!!」
精神的ダメージが致死量に達し、殿下は白目を剥いて痙攣し始めた。
『さあ、次が泣いても笑っても最終問題! ポイントはなんと1000倍!!』
「ひっ……! やめ、やめてくれ……それ以上読まれたら、俺は次期国王として……ッ!」
『【第十問】!! 殿下の日記の最新ページ、一行目に大文字で書かれた赤裸々な【本当の夢】はなんでしょう!?』
『ピーン・ポーン!』『ピーン・ポーン!』
私とリリィさんの手が、全く同時にそれぞれのボタンを弾き飛ばした。
「「『結婚と次期国王のプレッシャーから逃げて、南の島で毎日お肉を食べてダラダラ生きたい!!』」」
『大・正・解ェェェェッ!!! 殿下が婚約破棄を企てた真の理由は、政務から逃げ出したかっただけでしたァァ!!』
「ああああああああっ!! 俺の心の奥底の真実がああああ!!」
殿下は震える手で宙に向かってすがりつくように叫んだ。
自分が本当に欲しかった夢(南の島と肉)が、よりにもよって今まさに「景品」として二人の女に奪われようとしているのだ。
「オ……オーディエンス……ッ! 誰か、誰かこの狂った茶番を止めてくれ……! 助けて、父上ぇぇぇ!!」
『なんとここで、殿下からの最後のライフライン要求!! 会場の皆様、お手元の魔力端末でご投票をお願いいたします!!』
会場の巨大モニターに、無慈悲な円グラフが表示される。
結果は数秒ののち、残酷なパーセンテージとなって弾き出された。
『A:エンタメとしてクイズを続行する(99%)』
『B:可哀想だから殿下を助ける(1%)』
「きゅぅん……」
モニターの端で、国王陛下が抱いていた王室の飼い犬が、前足で『B』のボタンを誤タップした音が虚しく響いた。
「……犬しか……俺の味方は……いない……のか……」
ガクッ。
その言葉を最後に、王国の第一王子レオンハルトは、完全に真っ白に燃え尽きて大理石の床に沈没した。
『カンカンカンカンッ!! ここで試合終了ーッ!!』
凄まじいファンファーレと共に、大量の魔力花火が大広間をド派手に彩る。
『優勝は、圧倒的な知識と冷静な連打力を見せつけたセシリアお嬢様!! そして準優勝は、野生の嗅覚と貧困の底力で食らいついたリリィ選手です!!』
割れんばかりの拍手と熱狂的な歓声の中、私はドレスの乱れをスッと直し、隣の解答台でへたり込んでいるリリィへと歩み寄った。
「ふふっ、見事な執念でしたわ、リリィさん。わたくしも危うく負けるところでしたわ」
「セシリア様……。私、優勝は逃しちゃいましたけど、これで実家の借金が返せます。弟たちに白いパンと、分厚いステーキを食べさせてあげられます! 本当にありがとうございました……!」
涙ぐみながら分厚い『魔牛一年分の目録』を力強く抱きしめる彼女に、私は優しく微笑みかけた。
「リリィさん。わたくしが獲得した南の海竜島へのチケットですが……よろしければ、お供を許して差し上げますわ。旅行券はペアですもの」
「えっ!? い、いいんですか!? 私みたいな平民上がりの貧乏令嬢が……」
「ええ、もちろん。せっかくですもの、その魔牛を持ち込んで、南国のビーチで優雅にBBQと洒落込みましょう」
「行きます!! 私、最高の焼き加減で肉を焼きますから!! 焦げ目一つつけさせません!!」
私たちは固い握手を交わした。
もはやそこに、悪役令嬢とヒロインという忌まわしい壁はない。あるのは、熾烈なクイズ番組を共に戦い抜き、肉を食らうという共通の目的を持った戦友としての熱い絆だけだ。
「さあ、そうと決まればすぐに出発ですわ。セバスチャン、転移魔法陣の用意をなさい!」
「かしこまりました、お嬢様。既に特注のシャツとサングラスのご用意も完了しております」
私たちは重苦しいドレスを脱ぎ捨て、鮮やかなアロハシャツを羽織り、頭にハイビスカスの魔力花を飾った。
白目を剥いてピクピクと痙攣している大型犬(元婚約者)を軽やかに跨ぎ越え、光り輝く転移魔法陣へと足を踏み入れる。
「それじゃあ殿下、わたくしたちは優雅なバカンスに行ってまいりますわ! オーホッホッホ! ごきげんよう!」
「殿下の『本当の夢』、私たちが代わりに叶えておきますねー!」
歓喜に沸くプロの観客たちに「いってらっしゃーい!」とサイリウム代わりの魔法陣で見送られながら、私とリリィは真夏の太陽と海原が待つ南国へと旅立った。
後に残されたのは、精神と夢を完全に破壊されたポンコツ王子と、白熱の裏カジノの精算に追われて熱狂する貴族たちだけ。
——かくして、わたくしに訪れるはずだった悲劇の婚約破棄イベントは、極上の魔牛と南国の潮風と共に、最高にハッピーな結末を迎えたのであった。




