第10話 領地視察という名のお忍びデートです。
アリスの規格外な開拓魔法から数週間。
今日は、急激に発展したボレアス領の市街地を視察するため、私たちは身分を隠して街へ繰り出していた。
「お姉様、その町娘風のワンピース……とっても、とってもお似合いですっ! ああ、眼福……っ!」
「ふふ、ありがとう。アリスさんも可愛らしいわよ」
二人で街の大通りを歩きながら、私は周囲を見渡して首を傾げた。
「それにしても……私の書いた都市計画書って、こんなに派手でしたかしら?」
大通りはチリ一つなく浄化され、街角の噴水からはなぜか万病に効く『聖水』がこんこんと湧き出ている。
極めつけは、中央広場にそびえ立つ、身の丈10メートルはある『私の純金製巨大スタチュー(神々しい後光のエフェクト付き)』だ。領民たちがその像に向かって、熱心に祈りを捧げている。
「ええっと……あんな像、予算に組み込んだ覚えはないのだけれど……」
「気のせいですわ、お姉様! 領民たちの、お姉様へのささやかな感謝の気持ちが形になっただけです!」
アリスが満面の笑みで誤魔化す。(※全額、アリスが王家の裏金と錬金魔法で勝手に建造したものである)
「そう……? なら良いのだけれど。あっ、あそこの屋台のクレープ、美味しそうね」
「私が買ってまいります!」
アリスが屋台へ走っていった直後。
私の背後から、酒臭い息をした大柄な男が声をかけてきた。
「へへっ、お姉ちゃん一人? すっげえ上玉じゃん。俺と一緒に遊ばねェ——」
男が私の肩に汚い手を伸ばそうとした、その時。
クレープを両手に持ったアリスが、私の隣に『瞬間移動』で帰還していた。
アリスは私に向けてとろけるような笑顔を浮かべたまま。
私の背後へ一瞬だけ視線を流した。その視線の先に、音もなく『極小サイズの亜空間ゲート』を展開する。
『シュンッ』
「えっ? お姉ちゃん、俺と——あ、あれ?」
男は次の言葉を発する前に、開かれたゲートに吸い込まれ、音もなく成層圏の彼方へと強制転送されていった。
「お待たせいたしました、お姉様! イチゴたっぷりのクレープですっ♡」
「ありがとう、アリスさん。……あら? 今、誰か私に話しかけてこなかったかしら?」
「気のせいですわ! きっと風の音です。さあ、あーんしてさしあげます!」
私が振り返った時には、男の姿は影も形もなく、ただ静かな風が吹いているだけだった。
「そう……? ぱくっ。……んっ、美味しい!」
「えへへぇ……お姉様の唇、可愛いですぅ……っ」
アリスは幸せそうに微笑みながらも、かすかに肩で息をしていた。
……亜空間ゲートの精密展開は、聖女であっても莫大な魔力と集中力を消費する。そんなこととは露知らず、私は彼女の様子を見てハッとした。
「アリスさん、少し顔色が悪いわ。……ごめんなさい、私ったら。人混みが苦手なあなたを連れ回してしまって」
「えっ?」
かつて王都で虐められていた(と私が勘違いしている)彼女にとって、見知らぬ人が大勢いるこの街は、まだ恐怖の対象なのだ。それなのに、私を喜ばせるために無理をして笑ってくれていたなんて……!
「……もう大丈夫ですよ。はぐれないように、しっかり手を繋いでいましょうね」
私がアリスの華奢な手をギュッと握りしめると、彼女は顔を真っ赤に染め上げて硬直した。
「あ、あわわわっ……! お姉様の方から、手を……っ! ひゃいっ! 私、一生離しませんっ!!」
アリスが私の手にすりすりとおでこを擦り付けてくる。
(遠くの屋根の上から、護衛としてこっそり同行していたメイドのクロエが『チッ、抜け駆けしやがって』と舌打ちしているのには気づかなかったが)
こうして、迫り来るチンピラどもが数秒で空の彼方へ消え去るという謎の都市伝説を残しつつ。
私とアリスのお忍び視察デートは、最高に甘い空気のまま幕を閉じるのだった。




