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『悪役令嬢の断罪イベント、ヒロインが欠席したので私が代役もやっておきますね。〜殿下に恥をかかせまいと必死に一人二役をしたら、本物よりも「ヒロインらしい」と絶賛され極甘溺愛ルートへ〜』

作者: 家守 慈絵夢
掲載日:2026/05/15

王立学園の卒業パーティー。

天井に輝く豪奢なシャンデリアの光を浴びながら、私は扇子で口元を隠し、震える体を必死に押さえ込んでいた。


「セシリア・フォン・ローゼンベルク! 貴様のような悪逆非道な女は、私の婚約者に相応しくない! 今この場をもって婚約を破棄させてもらう!」


大広間の中心。黄金の髪を揺らし、私が世界で一番愛する人——ルイス殿下が、声高らかに宣言した。

周囲の貴族たちがざわめき、無数の冷ややかな視線が一斉に私へと突き刺さる。


(ついに来たわ、殿下が真実の愛を証明する運命の舞台!)


私は扇子の裏で、愛しさと切なさが入り混じった笑みを浮かべた。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したと気づいた日から、私はずっとこの日を待っていた。大好きなルイス殿下が、真実のヒロインと結ばれるのなら、私は喜んで彼のための「悪役」になり、この舞台から美しく散ろうと。


さあ、愛しの殿下! 次のセリフをどうぞ! 私を追放し、真実の愛を証明してください!


「……」

「……殿下?」


しかし、殿下は気まずそうに視線を泳がせ、一向に言葉を続けない。

無理もない。だって、殿下の隣で庇われているはずの可憐なヒロイン『アリア』の姿が、どこにも見当たらないのだから。


「あー……その、なんだ。……アリアの姿が見えないが」


(えっ!? なんでアリア様がいないの!?)

ヒロイン不在のまま一人で怒鳴り続ければ、殿下は「見えない妖精さんと喋っている痛い王太子」として大勢の貴族の笑い者になってしまう!


(大好きなルイス殿下に、大勢の前で恥をかかせるなんて絶対に許さない! アリア様が来ないなら……私が代役をやって、このシナリオを無理やり成立させてみせる!)


私は扇子をバシッと閉じ、悪役令嬢らしく傲慢な声を張り上げた。

「殿下! それはどういうことかしら!」

ビクッとする殿下を尻目に、私は大きく息を吸い込む。


「……ちょっと失礼しますわね!」

私はドレスの裾をガバッと掴み、猛ダッシュで近くの大理石の柱の裏へ隠れた。

「えっ? セシリア?」


柱の裏で、咄嗟に白いレースのハンカチを頭に乗せる。よしっ!

私は柱からひょっこりと顔(半分)を出し、2オクターブ上の可憐な裏声を出した。


「お、お待ちください、ルイス殿下! セシリア様は私をいじめてなどいません!」(※裏声)

「なっ!? アリア!? いや、お前はセシリア……」

「ちょっと待っててくださいね!」(※地声)


あまりの突然の出来事に、ルイスは目を白黒させて完全に硬直し、周囲の貴族たちもポカンと口を開けて静まり返ってしまった。誰もがただ唖然と見守る中、私の孤独な舞台は続く。


タタタタタッ!!

私は再び柱の裏に引っ込み、ハンカチをむしり取って、素早く大広間の中央へ戻る。

「オーッホッホッホ!(ゴホッ、ゲホッ……っ!) な、何を庇うというの、薄汚い平民!」


「セ、セシリア……? お前、むせているが……」

「いいから黙ってて殿下!(小声)」


タタタタタッ!!(柱の裏へダッシュ)

ハンカチを被る。しまった、焦って顔の半分が隠れてるけど気にしてる暇はない!

「違います! あの時、セシリア様は池に落ちそうになった私を助けて……っ!(ハァ、ハァ……)」


タタタタタッ!!(元の位置へダッシュ)

「ふ、ふんっ! あれは気まぐれよ……!(いてっ!)」

ビリィッ!! と、無情にもドレスの裾を自らのヒールで踏み破る音が響く。しかし、止まるわけにはいかない。優雅に扇子を広げるが、限界を迎えた足のせいで、扇子を持つ手が小刻みにブルブルと震えている。


広間の中央と柱の裏を、一人の令嬢が必死の形相で往復する。

額には尋常ではない量の汗がにじみ、完璧に結い上げられていた悪役令嬢の縦ロールは走るたびにボサボサに崩れ、見事なドレスは泥臭く破けていく。気高い悪役の顔を作ろうとしても、荒い息のせいで全く格好がつかない。


その異様な光景に、ルイス殿下はハッと息を呑んだ。

(……セシリア。お前、まさか私の威厳を守るために、たった一人で道化を……っ!)

真実に気づいた殿下の瞳が、痛切な後悔と愛おしさに激しく震え始める。


周囲の貴族たちは、最初は「セシリア様が狂ったぞ!?」とドン引きしていた。

しかし、殿下と同じく、その『真意』に気づいた者がいた。厳格で知られる老宰相である。彼は、目から大粒の涙をボロボロとこぼしながら震える声で叫んだ。


「おおお……なんという、なんという健気さだ……!! 見よ、あの痛々しい姿を! アリア嬢に逃げられ、大恥をかきそうになった殿下を救うため……己の矜持も美しいドレスもかなぐり捨てて、自ら道化を演じておられるのだ! あんなにボロボロになりながらも、殿下のために舞台を成立させようとする……あの深く、尊い自己犠牲の愛を!!」


宰相の言葉に、貴族たちは次々と涙ぐみ始めた。

『おお……セシリア様!』『なんという美しき純愛!』


その時だった。

バンッ!!

大広間の重厚な扉が開き、肩で息をする本物のアリアが現れたのだ。

その服はあちこちが不自然に破け、顔にはわざとらしく泥が塗られている。


(よし! これで完璧な悲劇のヒロインよ!)

アリアは内心でほくそ笑むと、床にへたり込み、大粒の嘘泣きを始めた。


「で、殿下ぁ……っ! 会場に向かう途中、セシリア様の放った暴漢に襲われて、こんなに遅れてしまって……っ! 私、怖くて……殿下のお顔を見たら、涙が……っ!」


アリアは、いつも殿下を虜にしてきた「甘えるような上目遣い」と「可憐な涙」で縋り付いた。

普通のいじめではなく、「暗殺未遂」。罪を格上げしてセシリアを確実に破滅させ、自らは同情を一身に集める。それがアリアの計算し尽くされた自作自演だった。


しかし、広間は不気味なほど静まり返り、誰一人として同情の声を上げない。


「……アリア」

ルイス殿下から発せられた声は、今まで向けられたことのないような、冷たく、静かなものだった。


「暴漢に襲われ、命からがら逃げてきたと言うが……君の瞳には、一切の『恐怖』も『必死さ』もないな」

「え……?」

「いつも通りに計算された涙。ドレスが汚れないよう、不自然なほど綺麗に塗られた頬の泥。……そして何より、君のその『私に守ってもらうのが当然』という甘えきった態度が……今は酷く、空々しく見える」


アリアは息を呑んだ。

殿下のその視線は、ずっと彼女の後ろ——大理石の柱の陰で膝をついている令嬢へと注がれていた。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ、で、殿下……わたくしの、出番は……」


ドレスの裾を引きちぎり、縦ロールを爆発させ、尋常ではない滝のような汗を流しながら、満身創痍で立っているセシリア。

その姿を見た殿下の声が、確信を持ったように響き渡る。


「私を救うため、己の矜持も見た目もかなぐり捨てて、必死に汗を流してくれたセシリアの姿を見たからだろうか。……君の口先だけの愛が、ひどく醜い偽物だと、ようやく目が覚めたよ」


「で、殿下!? 何を仰っているのですか、私は本物の——」

「黙れ!!」


殿下の怒号が、広間をビリビリと震わせた。


「セシリアは先程からずっと、私に恥をかかせまいと、なりふり構わず『お前の代役』を一人で必死に演じてくれていたのだぞ! 己のドレスを踏み破り、髪を振り乱して柱の裏を猛ダッシュしながらな!」


「は……?」


「暴漢を雇うような狡猾な真似ができる人間が、このような不器用で泥臭い自己犠牲を払うはずがないだろう! それに、もし彼女がお前を排除したいと企んでいたのなら、お前の不在を幸いとばかりに私にすり寄ればいい。自ら道化となってまで、お前を庇って場を持たせようとする理由がない!」


「そ、それは……っ!」


「見え透いた嘘をつき、誰よりも気高く優しい彼女を貶めようとするとは……最低の女だ!」


「いやぁぁぁっ! 意味がわからないぃぃっ!!」

アリアの緻密な陰謀と薄っぺらな愛は、セシリアの「本物の汗と熱」の前に完全に論破され、粉砕された。女としてのプライドすらへし折られ、状況を一切理解できないまま、彼女は衛兵たちに無惨に引きずり出されていった。


(えっ!? ヒロイン退場!? ちょ、ちょっと待って! これじゃあ殿下とアリア様が結ばれるハッピーエンドが台無しじゃないの!!)

私は内心で頭を抱えた。

(でも……少なくとも、殿下が見えない妖精と喋って大恥をかく『痛い王太子ルート』だけは回避できた……。最悪の事態バッドエンドだけは、防げた……わね……)


緊張の糸が切れ、私はへなへなとその場に崩れ落ちそうになった。ヒールで走り回った足が、生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。


「セシリア……!」

不意に、ルイス殿下が駆け寄り、倒れ込む私の体を力強く抱きとめた。


「で、殿下……ハァ、ハァ……私、きちんと悪役を、演じられましたか……?」


私がそう尋ねた瞬間、殿下の端正な顔が、これ以上ないほどの苦痛と自責の念に歪んだ。

「……馬鹿だな、君は」

殿下の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。彼は私のボロボロになった縦ロールに優しく触れながら、震える声で絞り出すように言った。


「馬鹿は……私だ。私はなんて愚かだったんだ。あんな女の嘘に踊らされ、誰よりも私を愛してくれていた君を、大勢の前で傷つけ、切り捨てようとした……っ!」

「殿下……」


殿下は私の手を取り、全貴族の前で、まるで罪人が許しを乞うように深く片膝をついた。王太子としてのプライドなど微塵もない、痛切な後悔に満ちた姿だった。


「私の愚かさのせいで、君にどれほど惨めな思いをさせたか。ドレスを破き、息を乱し、足が震えるまで君を走らせてしまった……! 君が守ってくれたこの威厳すら、今の私には不釣り合いで、ただただ恥ずかしい!!」

「そんなことありません! 私は、殿下のためなら——」


「セシリア」

殿下は私の言葉を遮り、私の両手を彼自身の額に押し当てた。

「私には、君を愛する資格すらないのかもしれない。……だが、それでも。君のその不器用で底なしの愛に、一生をかけて報いさせてはくれないか。この命に代えても、二度と君をこんな目に遭わせないと誓う!」


殿下の言葉に、私は嬉しさよりも先に、激しい戸惑いで頭が真っ白になった。

「で、ですが殿下……! わたくしは悪役令嬢です! 殿下の『真実の愛』のお相手は、アリア様のような可憐なヒロインでなければ……っ!」

「違う」


殿下は私の言葉を遮り、泥と汗にまみれた私の手を、愛おしそうに強く握りしめた。


「私が求めていた『真実の愛』は、偽りの可憐さなどではなかった。私を守るためになりふり構わず奔走してくれた……君のそのひたむきな献身こそが、私のたった一つの『真実』だ」


その瞬間、私の心に頑なに張り詰めていた「悪役令嬢としての責務」が、音を立てて溶けていった。

大広間に、割れんばかりの拍手と祝福の歓声が巻き起こる。


「殿下……っ!」

私は嬉しさのあまり、思わずポロポロと大粒の涙をこぼした。


悪役令嬢とヒロインの一人二役を必死に演じ切った結果。

腹黒ヒロインは完全に自滅し、私は大好きなルイス殿下からの「生涯をかけた甘すぎる溺愛」という、最高のご褒美を手に入れた。


「殿下の威厳を守れるのなら……あのようなお芝居、あと何度だって走ってみせますわ」

涙を拭い、悪役令嬢らしく気丈に微笑んでみせた、その瞬間。


「っ、きゃあ!?」

ふわりと体が浮き上がった。

限界を迎えてプルプルと震えていた私の体は、ルイス殿下のたくましい腕によって、軽々と『お姫様抱っこ』されていたのだ。


「で、殿下!? わ、わたくしは悪役令嬢ですのよ!? このようなはしたない真似、早く降ろしなさいませ……っ!」

必死に気高く振る舞おうとする私に、殿下は私の耳元で、甘く、そして強い独占欲に満ちた声で囁いた。


「駄目だ。もう君を走らせるわけにはいかない」

「君が私のために走ってくれた分……これからの人生は、私が君のために何度でも走ろう。だから君は一生、私の腕の中で『私だけの愛おしいお姫様』として守られていてくれ」


「〜〜〜ッ!!」

悪役令嬢としての最後の抵抗も虚しく、顔から火が出るほど赤くなった私を見て、殿下は今日一番の、この上なく愛おしそうな笑顔を浮かべた。


筋肉痛の足の震えなんて、もう関係ない。

私は大好きなルイス殿下の腕の中で、これ以上ないほど甘く、幸せな熱に溶かされていくのだった。

【作者よりお知らせ】

本作をお読みいただきありがとうございます。

もしよろしければ、こちらの悪役令嬢作品もあわせてお楽しみいただければ幸いです。


『悪役令嬢が身分を隠して深夜ラジオを始めたら、最大のライバルが相方で、アホな婚約者がヘビーリスナーになっていた件』


『婚約破棄イベントの途中で「早押しボタン」を押したら大正解だったので、南の海竜島への旅行券を獲得しました 』


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