第66話 はい、というわけでクッキングのお時間です!
はい、というわけで始まりました! 突発! お姉様と行く生中継クッキングのお時間です!
いええええええい! ぱちぱちぱちぱち!
……って、テンション上げてる場合じゃねえええええ!!!
現在の状況。
目の前にお姉様。
プラチナブロンドの御髪を揺らし、純白のフリルエプロンを身にまとったセレスお姉様。
尊い。
眩しい。
私の網膜が浄化の光で消滅寸前。
あ、これ本当に死ぬやつだわ。
私の脳細胞、生中継の電波に乗って全宇宙に蒸発しちゃいそうなんですけど!?
おねだりシュン顔とかされたら、全人類が光の粒子になって成仏するレベル。
いや、死んでる場合じゃない! 今日の私の役割は、完璧にして至高のお姉様をアシスタントとしてお支えする、愛人(メイド※自称)なのだから!
隣にいる黒い泥棒猫が、メガネをキラーンと冷たく光らせて殺気を放ってるけどスルー。
あいつ、相変わらず重い、お嬢様への愛が重すぎる! っていうか、お姉様の左隣をキープするなんて、今すぐあのエプロンをハサミでミリ単位に切り刻んでやりたいですわ……!
「皆さま、ごきげんよう。本日は、ボレアス特製のふかふかパンケーキを、皆さまと一緒に作っていきますわね」
お声が甘い!
ロイヤルハニーがお耳から脳みそに直接ドクドク流れてくるんですけど!?
お姉様がカメラの向こうの視聴者へ向けて女神の微笑みを浮かべた瞬間、私の「お姉様同一化メーター」が限界を突破して光のオーラを放ちそうになりましたが、お行儀お行儀!
お姉様に嫌われちゃう!
あ、お姉様がボウルを片手に、新鮮な卵をコンと割った。 ……って、おい待てコンマ一秒後の未来予測!
卵の殻の微細な破片が! 生地の中に落下しようとしてるじゃありませんか!
お姉様のお上品な手際とお名前に、一ミクロンの不浄を及ぼすなど……万死! 万死決定! っていうか、お姉様の美しい指先に、卵の白身の一滴でもこぼれようものなら、私、その場で舌を噛み切って果てるべきゴミ屑ですわ!
現在のカメラワーク:お姉様の手元が、ほんのコンマ一秒だけフレームアウト。 よし、死角キターーーー!
スキル【神罰の白銀】、極小・超収束出力で起動! ターゲット、落下中の卵の殻! 射撃、ゴー!
――シュパッ。
はい、生地を傷つけることなく、殻の分子構造だけをチリ一つ残さず消滅・蒸発完了!
どうよ私!
完璧な妹分アリスちゃんの鉄壁の愛護スキル、舐めんなよ!
「あら? ボレアスの卵は、殻が空気のように消えてしまうのね。本当に素晴らしい素材だわ」
お姉様、今日も絶好調でございます。
尊い。
自分のクッキングの才能が天才的であるに違いないと、深い自信とともに微笑んでいらっしゃる。
ああ、その笑顔を守るためなら、私は神様だって何回でも殺せますっ♡
お次はバターの投入。
あ、火力が強すぎ。
お姉様のフライパンの端っこが焦げそう。
お姉様の至高の料理に、炭素の不純物を混入させるなど、メイドとして万死に値する――
って、隣の黒い泥棒猫が動いた! 死角のコンマ一秒!
あいつ、お姉様の視線がハチミツの小瓶に向いた一瞬の隙に、スカートの陰から【虚空断ちの銀糸】を放ちやがった!
フライパンの柄に糸を絡めて、音速を超える速度で微振動をスタート!
摩擦熱と熱伝導率を強制ハッキングして、焦げる寸前のバターをミリ単位の精度で適温に冷却コーティング!
チッ、泥棒猫の分際で、お嬢様の物理的お世話スキルに特化してやがる……!
悔しい、でもお姉様が喜ぶなら今回だけは許す!
「まぁ! ボレアスのフライパンは、勝手に熱が均一に広がって、バターがお上品に溶けていくのね! 私、お料理の才能までお針子のように天才的だわ!」
はい、お姉様!
お料理の才能も宇宙一でございます!
お隣のメイドも「はい。お嬢様の手が触れるものは、すべて自発的に形状を整えて平伏するのが宇宙の物理法則でございます」とか澄ました顔で調子いいこと言ってる。
眼鏡クイってすんな眼鏡クイって! 元伝説の暗殺者のくせに、実演販売員みたいな構成力と家事スキルを武器化して、お嬢様の隣をキープしやがって!
……って、あれ?
何か窓の方から悲鳴が聞こえるような? 気のせいかしら。
【魔力探知】:ガルディア帝国魔法省の極秘防衛モニター室、阿鼻叫喚の地獄絵図。
『ば、馬鹿な……! あのユグドラシル家の追放令嬢、手を一ミリも動かす気配すら見せずに、卵の殻を分子レベルで分解し、さらにフライパンの熱量と重力を無詠唱でハッキングしてコントロールしてやがる……! あれは料理番組ではない、我々帝国への「いつでもお前たちを分子レベルで分解できる」という、無言の軍事デモンストレーション(脅迫)だ……ッ!!』
『ひ、ひぃぃぃっ! 化け物だ、ボレアスは本物の魔王領だ! 逆らえば国ごと灰にされる! 今すぐ全員で、防衛省の窓から決死のダイブをキメて逃げるぞォォッ! 窓からダイブだァァッ!!』
……いやいや。ただのほのぼのクッキング番組なんですけど。
なんで中継の電波を受信しただけの帝国の超エリート魔導士たちが、勝手に深読みして失禁しながら全員窓からダイブして逃げ回ってるんですか?
帝国、お茶会を前にして今日で滅びるんじゃない? まあ、お姉様の文化的で優雅なスローライフを脅かすネズミどもが、勝手に自滅してくれたんだから、お行儀の良いネズミ取りとしては満点ですね!
さて、そうこうしているうちにパンケーキがふかふかに、それはそれは美しく焼き上がりました。
「アリス、クロエ。とっても上手に焼き上がったわ。頑張ってお手伝いしてくれてありがとう。はい。あーんして?」
……。
…………は?
今、なんて?
お姉様から、直々に、あーん……? お姉様の手から、メープルシロップたっぷりの、出来立てパンケーキが……?
【脳内システム:警告。尊熱量がアリス個体の全魔力許容量を一瞬でオーバーフローしました。精神回路が物理的に融解します。防衛結界、全損。意識の維持、不可能です】
目の前に迫るスプーン。お姉様の白磁の指先。お姉様の甘い微笑み。
あ。 これ、システム、強制終了するやつだわ。
「――ッッッ!!!!」
脳みそどろどろに融解! 魂、天に昇華! 私は今、世界の真理(お姉様の太ももの上)に到達した! すべては一つ、光も闇もお姉様の太ももの上に等しく存在していたのですわ……!
両手で全力のガッツポーズをキメた姿勢のまま、床へドサァァァッ!!!
あ、鼻から滝のような血柱が止まらない。
温かい。これ、三途の川の匂いだわ。
隣を見れば、黒い泥棒猫も「私は、神の国へ……」と呟いて成仏してやがる。引き分けよ、泥棒猫……!
「ちょっとぉぉッ! なんでお料理番組のクランクアップが、お嬢様のあーんで白目を剥いた限界オタクの集団成仏墓場(屠殺場)になってますのーーッ!?」
すかさず響き渡る、ヴィクトリアちゃんの魂からの絶叫。 マシュマロお腹を揺らしながらの、お見事なツッコミ。今日もボレアス領の夏空へ、綺麗に木霊していきました。
そのすぐ横では、番組収録を無邪気にお手伝いしていた、旧王国のロイヤル・マスコットことエレナちゃん(6歳)が、 『(お姉ちゃん……お料理って、フライパンを爆破する遊びだったの……?)』 という、極めて純真無垢な瞳をキラキラと輝かせていた。英才教育が捗って何よりです。
お姉様が「美味しすぎて気絶しちゃったのね、作り甲斐があるわ」って微笑みながら紅茶を傾けている。尊死。
今日もボレアス領は、とっても平和で、文化的な一日でしたとさ。ちゃんちゃん♪




