第6話 隣国の帝国軍が侵略してきました。
王国が滅亡してから数週間後。
私たちの住むボレアス領に、突如として地響きが轟いた。
「セレスティア様! 隣国ガルディア帝国の軍勢、およそ三万! 上空にはワイバーンの騎行部隊が迫っております! 王国の結界が消滅した隙を突いて、この辺境ごと呑み込むつもりかと!」
慌てて報告に駆け込んできた自警団員に、私は冷静に頷いた。
「想定内です。私はこれより外交特使として帝国軍の将軍と接触します。交渉が決裂した場合は、南の渓谷へ誘い込み、地の利と補給線の長さで兵糧攻めに——」
領主としての頭脳をフル回転させ、私が作戦を練っていたその時。
背後から、地を這うような低い声が響いた。
「……三万? だから何ですか」
振り返ると、タオル一枚を片手に握りしめたアリスが、虚無の瞳で立ち尽くしていた。
「アリスさん! 危ないですから屋敷の奥に——」
「お姉様。今日は、新しい屋敷に完成した『大浴場』で、私とお姉様が初めて一緒にお風呂に入る、記念すべき日ですよね?」
「え? ええ、まあ、その予定でしたが……今はそれどころでは——」
「いいえ。世界が滅びようとも、それ以上に重要なことなどありません」
アリスの周囲の空間が、パキパキと音を立てて歪み始めた。
彼女の瞳には、帝国への恐怖など微塵もない。ただ『神聖な混浴タイムを邪魔した害虫』に対する、純粋な殺意だけが煮えたぎっていた。
ドォォォォン!! と、屋敷のすぐ外に大砲のような魔法が着弾する。
窓の外には、空を埋め尽くすワイバーン部隊と、傲慢に笑う帝国将軍の姿が見えた。
『降伏せよ、哀れな辺境の民よ! 貴様らの命運は我々ガルディア帝国の——』
「うるさい」
アリスが、苛立たしげに指先をパチンと鳴らした。
次の瞬間、ボレアス領の上空に、太陽がもう一つ生まれたかのような極光が出現した。
『天罰』。
アリスが放った神話クラスの広域殲滅魔法が、帝国の三万の軍勢の『頭上スレスレ』を通過していく。
光の奔流は、兵士を傷つけることなく、彼らの構えていた武器、防具、そしてワイバーンたちの牙だけをチリ一つ残さず『蒸発』させた。
「は……? え……?」
武器と鎧を一瞬で消し飛ばされ、全裸で立ち尽くす三万の帝国兵。
上空で牙を失い、恐怖で気絶して墜落していくワイバーンたち。
先ほどまで高笑いしていた将軍は、白目を剥いて泡を吹き、その場に崩れ落ちた。
たった一秒。
帝国が誇る無敵の軍勢は、物理的にも精神的にも、完全に無力化された。
「……私の交渉カードと、兵糧攻めの計画が……」
私が手の中の作戦書をポロリと落とした直後。
「ふえぇぇん、お姉様ぁっ!!」
アリスが、大粒の涙をボロボロと流しながら、私の胸にダイブしてきた。
「大軍が攻めてきて、すっごく怖かったですぅ……! 私、パニックになって、無我夢中で魔法を撃っちゃいました……っ。嫌だ、怖いよぉ……っ!」
ガタガタと震えながら、私の軍服に顔を擦り付けるアリス。
「ア、アリスさん……っ!(なんてこと! 王都でのトラウマが癒えきっていないのに、三万の軍勢を見せられて完全に恐怖でパニックに陥ってしまったのね!)」
私は慌てて彼女の頭を撫で、ギュッと抱きしめ返した。
「ごめんなさい、私がついていながら怖い思いをさせてしまって! もう大丈夫よ、敵は皆逃げていきましたから」
「ぐすっ……本当ですかぁ? まだ心臓がドキドキして……一人じゃ立てませんぅ……」
「可哀想に……! さあ、一緒にお風呂に入って、ゆっくり温まりましょうね。私が背中を流してあげますから」
「ほんとですかぁっ!? は、はいっ! お姉様に全身隅々まで洗っていただきたいですっ♡」
(背後に転がる三万の全裸の兵士たちなど一瞥もせず、アリスの口角は限界まで吊り上がっていた)
こうして、新たな脅威であったガルディア帝国軍は秒殺され。
ヤンデレ聖女の巧妙な誘導により、私はついに彼女と『初めての混浴』という名の甘すぎる罠に落ちることとなったのだった。




