第54話 わたしの名前はエレナ。みんなと、命がけのかくれんぼがしたいの!
わたしの名前はエレナ。
六歳。
ほんとうは、王国の王女様なんだって。
でも、お城が魔物さんに襲われて、地下の真っ暗な、カビのにおいがする冷たい石の部屋に、ひとりぼっちで閉じ込められていたの。
毎日お腹がぐーぐー鳴って、とっても怖かった。
でも、マダム先生がずっと守ってくれていて、ある日、ドカーンって大きな音がして、きらきらのお姉ちゃんが助けに来てくれた!
「迎えに来たわよ、私のかわいい妹」
お姉ちゃんは、ドロドロに汚れたわたしをぎゅーって抱っこしてくれたの。
お姉ちゃんから、お日さまとあまいお花のにおいがした。
だからわたしは今、やさしいセレスティアお姉ちゃんのおっきなボレアス領主邸にいるんだ!
きょうは、ぽかぽかのお日さまが執務室に入ってきている。
セレスティアお姉ちゃんのまわりには、いつもニコニコしているメイドのアリスお姉ちゃんと、黒いエプロンのクロエお姉ちゃん。
おっきな扇子を持ったマダム先生と、ふかふかのヴィクトリアお姉ちゃん。
それから、とっても仕事ができて、いつも眼鏡をクイってしながらお腹をさすっている、レイヴンお兄ちゃん。
もふもふの白い仔犬のシロと、トカゲのコンロさんも一緒。
わたしは、お外に出られたのがうれしくて、シロのもふもふの背中をなでなでしながら、セレスティアお姉ちゃんのきれいなドレスの裾をきゅっと引っ張った。
「お姉ちゃん! わたしね、みんなとかくれんぼがしたいの」
お姉ちゃんは「まあ!」とお花が咲いたように笑う。
「楽しそうね。でも、普通のかくれんぼじゃ、エレナちゃんが退屈してしまうわ」
セレスティアお姉ちゃんが、パチンと指を鳴らす。
すると、お姉ちゃんのまわりの空気がピカピカ光って、ソフトボールくらいの大きさの『透明な水晶の玉』が、ふわりふわりと十個も空中に浮かび上がった。
水晶の玉には、小さな羽根が生えていて、ギョロリと動く目玉みたいなものがついている。
「さあ皆、領主命令よ。このボレアス領主邸の全域を逃走エリアとした、サバイバル・かくれんぼを開催します。私がオニね」
「サ、サバイバル……ですの!?」
ヴィクトリアお姉ちゃんが、ぶるんとマシュマロみたいなお肉を揺らして、ものすごくビックリしたお顔になる。
「ええ。この魔法の水晶カメラ十台が、あなたたちの逃げ惑う姿をすべて追いかけ、この執務室のモニターに生中継するわ。最後までエレナちゃんに見つからず、ハンターである私の追跡から逃げ切った者には、私から特上のご褒美を与えましょう。ただし、見つかったり、私の追跡から逃げ遅れたりした悪い子には、それなりのお仕置きがありますわ」
「特上のご褒美ッ!!!」
アリスお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんが、ものすごくこわいお顔で叫ぶ。
アリスとクロエの目から、メラメラした真っ赤な火みたいなものが見えた。
レイヴンお兄ちゃんは、ただ一人、心の中で頭痛に耐えていた。
『(ご褒美……いや、見つかった瞬間にセレスティア様の無自覚な骨格矯正マッサージで昇天させられるか、ダンボール三箱分の決裁書類を押し付けられる未来しか見えんのだが!? なぜ俺までこんな公開処刑に巻き込まれている!?)』
「よろしい。手加減は一切無用。ボレアス領の威信をかけて、エレナちゃんに本気の隠れ身の術を見せてあげなさい」
「御意ッ!!!」
お返事をした次の瞬間、大人のお姉ちゃんたちやお兄ちゃんは、シュバッ、スサァッ、と、風を切るようなへんな音を立てて、お部屋のドアや窓からビュンビュン飛び出していってしまった。
わたしは急いで両手でおめめをかくして、大きな声で数えはじめた。
「いーち、にーい、さーん……もう、いいかい」
「ワンッ」
シロの元気な鳴き声が聞こえる。
十まで数えてから、わたしはもう一度大きな声で聞いた。
「……もう、いいかい」
今度はお返事がない。
わたしがおめめを開けると、さっきまでみんながいたお部屋のなかに、だれもいなくなっていた。
「あれ……? みんな、どこ……?」
お部屋をてくてく歩いて探す。
大きなソファのうしろから、シロの白いしっぽがパタパタと楽しそうに揺れているのが見えた。
そして、お部屋のすみの小さなクッションのうしろには、どう見ても隠れきれていないトカゲのコンロさんの、赤いしっぽがパチパチと弱火の煙を出しながらはみ出している。
セレスティアお姉ちゃんに見つからないよう必死なのか、トカゲのコンロさんはガタガタとマッサージの機械みたいに小刻みに震えていた。
シロとトカゲのコンロさんはすぐに見つかった。
でも、大人のお姉ちゃんたちやお兄ちゃんが、お部屋のどこにもいない。
「お姉ちゃん、みんなおばけになっちゃって、消えちゃったよぉ……」
わたしがなみだ目になっていると、セレスティアお姉ちゃんが「ふふっ」と笑って、空中に四角い光の窓をいくつも作り出した。
「泣かなくていいのよ、エレナちゃん。さあ、この特設空中モニターを見てちょうだい。みんなの逃走劇を、水晶カメラが生中継してくれているわ」
四角い光の窓のなかに、逃げているお姉ちゃんたちの姿が映っている!
セレスティアお姉ちゃんは、テレビの監督さんみたいに、空中に浮かぶ水晶カメラに向かってパキパキと指示を出しはじめた。
「三番カメラ、廊下を走るヴィクトリアを追いかけなさい。もっと下からあおりの構図で、緊迫感を出すのよ」
光の窓のなかで、ヴィクトリアお姉ちゃんが長い廊下をハァハァ言いながら走っている。
『はぁ、はぁ……! ハンターから逃げ切れば賞金……じゃなくて、セレス様からのご褒美が……! お腹のお肉が揺れて、ぜんぜん速度が出ませんわーッ!』
ヴィクトリアお姉ちゃんが泣きべそをかきながら走っていると、いきなり廊下の床がワックスがけしたての氷みたいにツルンと滑りやすくなった!
『きゃああああああっ!? なにこれ! なんで廊下に、こんな意地悪なマナートラップが仕掛けられていますの!? わたくし、かくれんぼに参加しただけですのにーッ!』
「ヴィクトリアの揺れるお肉にスローモーションをかけてちょうだい。ええ、いい画が撮れているわ。次は六番カメラ、マダム先生を映して」
別の光の窓には、大きなヨロイのうしろに隠れようとしているマダム先生が映っていた。
でも、マダム先生のドレスが大きすぎて、ヨロイの横からフリルがいっぱいはみ出している。
『淑女たるもの、かくれんぼの最中であっても背筋を伸ばし、優雅に隠れなければなりません! ヨロイと同化するための、お行儀のよいマナーです!』
マダム先生は、だれもいない廊下で、ヨロイに向かって大きなお声でお話ししている。
ぜんぜん隠れられていないよぉ。
「ふふふ、マダム先生はお茶目ね。次は四番カメラ、レイヴンお兄ちゃんを映しなさい」
光の窓に、天井の梁の上に逆さまで張り付いているレイヴンお兄ちゃんが映った。
レイヴンお兄ちゃんは、まわりの暗闇と同化するように、気配を消してじっとしている。
『(アリス様とクロエ様のお嬢様への愛は重すぎる。お茶汲みやエスコート権などという些末なご褒美のために、自らの身の安全を捨てるなど愚の骨頂。俺はただ、このまま朝までここに潜み、定時退社を勝ち取るのみ……!)』
中指で眼鏡を押し上げながら、レイヴンお兄ちゃんは心の中で必死に呟いている。
でも、その姿もカメラにはバッチリ映っているの。
「ふふふ、レイヴンもなかなかいい隠れ場所を選んだわね。さて、本命のアリスとクロエはどうかしら。一番カメラと二番カメラ、大広間を映しなさい」
一番大きな光の窓に、広くて天井が高い大広間が映った。
でも、だれもいないみたい。
「五番カメラ、赤外線と魔力感知モードに切り替えて、ズームアップよ」
セレスティアお姉ちゃんが言うと、画面が赤と青の色に変わった。
すると、大広間の大きな柱の影に、アリスお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんがピタリと張り付いているのが見えたの。
『……抜け駆けは許しませんわよ、クロエ』
画面のなかで、アリスお姉ちゃんがものすごくこわい声で言った。
アリスお姉ちゃんのまわりの空気が、ぐにゃぐにゃと曲がっている。
『アリス様こそ。その光の屈折魔法、マナの波長がダダ漏れです。お嬢様への愛が重すぎて、隠密行動の基礎がまるでできておりませんね。暗殺者の恥です』
クロエお姉ちゃんが、コウモリみたいに天井の柱にぶら下がったまま、冷たい声で言い返す。
『なんですって。もう一度言ってみなさい、この泥棒ネコ! お姉様からの特上のご褒美は、完璧な妹分であるこの私にこそふさわしいのですわ!』
『お断りします。お嬢様のご褒美という名の首輪は、忠実な駄犬であるわたくしの首にこそ巻かれるべき。貴女には、ここでリタイアしていただきます!』
クロエお姉ちゃんが手をビュンッと振ると、見えないくらい細い糸がキラッと光って、アリスお姉ちゃんに向かって飛んでいった!
『あぶないっ!』とわたしがさけぶより早く、アリスお姉ちゃんが指先からまぶしい光のレーザーをドカンと撃ち出した!
チュドォォォォンッ!!!
大広間の大きな柱が、お豆腐みたいにスパスパ切れて、大爆発を起こす。
ふたりは、お屋敷のなかをビュンビュン飛び回りながら、ナイフと光のレーザーで、ものすごいケンカを始めてしまった。
『お姉様への愛の深さ、ここで証明してみせますわーーッ!』
『わたくしのメイドスキルのすべてをかけて、貴女を排除します!』
ズガガガガガンッ!! バキィィィィンッ!!
大広間のきれいな窓ガラスがぜんぶ割れて、高そうなツボや絵画が、木っ端みじんに吹き飛んでいく。
わたしは、ぽかんとお口を開けて、光の窓を見つめる。
『(かくれんぼって……お屋敷をドカーンってこわして、お友だちをやっつける遊びだったの……!?)』
セレスティアお姉ちゃんは、壊れていくお屋敷の画面を見ながら、なぜか満足そうにうんうんと頷いている。
「あらあら、みんな一生懸命隠れてくれて、大広間のリフォームまで始めてくれたのね。でも、アクションシーンとしては最高のカメラワークだわ」
お姉ちゃんは、手で四角い枠を作りながら、楽しそうに監督さんを続けている。
でも、ふと大きなため息をついた。
「これじゃあ、いつまで経ってもエレナちゃんがかくれんぼを楽しめないわね。仕方ないわ。私がオニの代わりをして、隠れているネズミたちをあぶり出してあげる」
セレスティアお姉ちゃんが、きれいな指先をパチンと鳴らした。
「エレナちゃん、お姉ちゃんが社交界を生き抜くための『護身術』を見せてあげるわ」
光の窓のなかで、お姉ちゃんのお声が大広間や廊下に響き渡る。
次の瞬間、アリスお姉ちゃんやクロエお姉ちゃんが戦っていた大広間の床が、ピカピカに光る極上ダンスフロアに変わったの。
『なっ……!? 足場が——きゃあっ!』
『しまっ……踏ん張りが利きませ——っ!』
空中で戦っていたふたりは、ツルッと足を滑らせてドシンと床に落ちた。
暗殺者のお姉ちゃんたちは、氷の上で転んでスッテンコロリンとひっくり返ってしまった。
「あら、足元がお留守よ。社交界では命取りですわ」
いつの間にか、大広間の光の窓のなかにセレスティアお姉ちゃんが立っている。
さっきまで執務室にいたはずなのに、お姉ちゃんは風と一緒にスゥッと滑って、アリスお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんの腰をガシッと抱え込んだ。
「さあ、ワン、ツー、スリー!」
お姉ちゃんが、ふたりを抱えたままクルクルと超高速で回り始める。
アリスお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんは、ものすごいスピードで強制的に社交ダンスを踊らされはじめたの。
『あはぁっ……お姉様との密着ステップ……昇天しそう……っ』
『くっ……背筋の角度から指先の動きまで、一ミリのズレも許さない規格外の体幹……わたくしの暗殺術が、ただのステップにねじ伏せられ……っ』
ふたりはお顔を真っ赤にして必死に抵抗しようとする。
でもセレスティアお姉ちゃんは、涼しいお顔で優雅にクルクル回りながら、ふたりの背中や肩のツボを容赦なくグイグイと押していく。
「ふたりとも、肩甲骨がガチガチに凝っているわ。見つけたご褒美に、私が直々に骨格矯正とリンパ流しをしてあげるわね」
『ひぃぃんっ!? 骨の髄までとろけますぅぅぅ……っ』
別の光の窓では、ヴィクトリアお姉ちゃんがツルツルの床に足をとられていた。
大きなお胸とお腹をぽよんぽよんと跳ねさせ、廊下の壁から壁へゴムボールみたいに何度も跳ね返り続けている。
『目が……目が回りますわーッ!』
マダム先生は大きなヨロイの影から飛び出し、ハンカチを振り回しながら大きな拍手をしている。
『背筋! 素晴らしいですわセレスティア様! あれぞボレアス家が誇る無敗の護身術、エンドレス・ワルツ!』
五分後。
光の窓のなかでは、アリスお姉ちゃんとクロエお姉ちゃんがお口からキラキラした魂を出していた。
幸せそうなお顔のまま、バタッと床に倒れ伏す。
「ふふっ、みんなたくさん運動していい汗をかいたわね。さあ、次はレイヴンの番よ」
セレスティアお姉ちゃんは、天井に張り付いているレイヴンお兄ちゃんに向かって、にっこりと微笑んだ。
「レイヴン。見つけたご褒美に、明日までにこの新市街地の予算編成を徹夜で終わらせる業務命令を与えましょう。ダンボール三箱分よ」
『……ッ!?』
レイヴンお兄ちゃんは、白目をむいて天井からドサッと落ちてきた。
セレスティアお姉ちゃんは涼しいお顔のまま、スカートの裾を少しだけつまんで優雅におじぎをした。
それから執務室に戻ってくると、お花が咲いたような笑顔でわたしをぎゅっと抱っこする。
「さあエレナちゃん、かくれんぼはおしまい。おやつにしてお絵かきしましょうか」
わたしは、お口から魂を出して倒れている大広間のお姉ちゃんたちと、まだ壁をバウンドし続けているヴィクトリアお姉ちゃんを見ないようにした。
無言でトカゲのコンロさんを抱きしめて、うんうんと何度も首を縦に振った。
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