第52話 パジャマパーティーと、酔いどれ領主のぶっちゃけ話ですわ。
ボレアス領主邸の一室。
今夜は、ヴィクトリア様の広い私室に集まって、はじめての「パジャマパーティー」を開催していた。
ふかふかの絨毯の上にクッションを並べ、車座になって座る。
私とヴィクトリア様、アリスさんとクロエ。
持ち寄ったお茶菓子を囲み、すでに夜も更けていた。
「お姉様の右隣は、光の聖女である私の指定席ですわっ!」
「寝言は棺桶の中で仰いなさい。お嬢様の右腕たるメイドの私が、右側に控えるのが道理ですわ」
お茶を淹れる段階から、早くもバチバチと視線で火花を散らす二人。
テーブルの上には、ヴィクトリア様が持ってきてくれたドワーフ特製の強烈なフルーツ酒のボトルが置かれている。
「ハッ、ならばお酒をどちらが多く煽れるかで、お姉様の隣にふさわしい者を決めましょう!」
アリスが黄金色の瞳をぎらつかせてグラスを掴む。
「望むところです。メイドの肝臓を侮らないでいただきたいですね」
クロエも冷徹な無表情のまま、ボトルを引っ掴んだ。
トクトクトク、と並々と注がれるフルーツ酒。
アリスとクロエはグラスを合わせるや否や、ものすごい勢いで喉へと流し込み始めた。
小細工はいっさいなし。純粋なアルコール耐性と意地のぶつかり合い。
グラスが空になるたび、いそいそと次のボトルへ手を伸ばす。
一歩も引かないデスマッチ。
「ちょっと二人とも、パジャマパーティーでお酒のデスマッチを始めないでくださー」
ヴィクトリア様が、ボトルの裏のラベルを見て悲鳴を上げる。
「って、あら!? フルーツ酒、アルコール度数がえげつないですわねっ!?」
声も気にせず、私はグラスに注がれた琥珀色の液体をくいくいと煽った。
甘くて、いくらでも飲めてしまう。
喉の奥がカッと熱くなる感覚。
心地よい疲労感に包まれて、手元が少しだけふらついた。
すっかり気持ちよくなった私は、ふにゃふにゃと微睡みながら呟いた。
「んふふ……お酒が進むと、少し冷たいおつまみが欲しくなるわね……。極北の氷でキンキンに冷やした、新鮮なマグマ・ピラニアのカルパッチョなんて、とても合いそうだわぁ……」
直後。
一気飲みを続けていたアリスとクロエの脳髄へ、主の無自覚な呟きが落雷した。
『(お、お姉様が、極北の氷とピラニアをご所望……ッ!)』
ハッと顔を見合わせる二人。
『(……ええ。お嬢様の胃袋を満たすのは、メイドの義務。事務官、出番でございますわ……)』
アリスが虚空に魔法陣を展開し、クロエが鋼糸を編み上げる。
深夜一時に自室で寝ていた筆頭事務官を、ベッドごとヴィクトリア様の私室へ強制召喚した。
「事務官、今すぐ極北の凍土から最上級の氷を削り出し、火山帯から狂暴なマグマ・ピラニアを仕留めてまいりなさい」
光の檻と無数の鋼糸に首筋を締め上げられるレイヴン。
「三分遅れたら、即座に消去します」
深夜のパシリを命じられた事務官は、光を失った濁った瞳で夜の闇へと消え去っていく。
「さあ、お姉様! おつまみの到着まで、さらに飲み明かしましょうねっ!」
「お嬢様の杯が空くことなど、万死に値しますわ。さあ、どうぞ」
アリスとクロエはすました顔に戻り、フルーツ酒の一気飲みデスマッチを再開した。
「ちょ、ちょっとセレスティア! 顔が真っ赤ですわよ! 飲みすぎですわーッ!」
ヴィクトリア様が目をむいてグラスを奪おうとするが、すでに遅い。
視界がぐらりと揺れ、頭の芯がふんわりと痺れていく。
「んんっ……ヴィクトリア様ぁ……」
グラスを置き、目の前にあった豊かなマシュマロ――ヴィクトリア様のお腹へ、遠慮なくダイブした。
ぽよん、と未知の反発力が顔をやさしく受け止める。
スパルタエステによって究極のクッションへと進化したわがままボディは、酔っ払いの体重をすべて吸収し、ふかふかと包み込んでくれた。
「ひゃうッ!? セ、セレスティア!? いきなり甘えてくるなんて、どうしましたの!?」
顔を真っ赤にするヴィクトリア様。
「いつもの凛としたお姿はどこへ行きましたのーッ!」
「いいじゃないですかぁ……減るもんじゃなしぃ……」
ヴィクトリア様のやわらかいお腹にすりすりと顔を押し付ける。
瞬間、背後から急激な気温の低下を感じた。
一気飲み対決でベロンベロンになったアリスとクロエが、ヴィクトリア様を殺す目で睨みつけている。
お酒が入って普段より殺意がむき出しになったオーラに、空気が凍りつく。
わかる。
私には、はっきりと理解できた。
「アリスさぁん……クロエぇ……」
ヴィクトリア様のやわらかいお腹から顔を上げ、とろんとした目で二人を指差す。
「あなたたち、いつも私の見えないところで……お行儀の悪い、喧嘩をしてるでしょぉ……?」
「「…………ッ!?」」
ヴィクトリア様さえも喉をひきつらせて硬直した。
「アリスさん……いっつもニコニコしてるけどぉ、テーブルの下でクロエのつま先を、ヒールで思いきり踏みつけてるの、知ってるんだからぁ……」
「お、お姉、様……?」
「クロエもよぉ……。お茶の準備をするフリして、アリスさんのエプロンの紐を、ハサミでミリ単位に切り刻もうとしてるでしょぉ……」
「お嬢、様……私は……ッ」
アリスとクロエの瞳から光が消え、呼吸が止まる。
主の絶対命令であるお行儀の掟を破ってしまった。お姉様(お嬢様)に嫌われてしまう。
「もぉ〜っ、二人とも、バカなんだからぁ……っ!」
大粒の涙をポロポロとこぼし、二人へ飛びついた。
アリスの細い首に右腕を、クロエの背中に左腕を回し、力いっぱい引き寄せる。
「そんなにお行儀が悪い悪い悪い子たちには……私、直々に、お行儀のスパルタ教育を叩き込んであげるんだからぁ……っ! うえぇぇんっ!」
泣きじゃくりながら、二人の肩や背中のツボを、お仕置きの骨格矯正マッサージでグイグイと容赦なく押し込んでいく。
「お行儀よく! ワン、ツー、スリーよぉぉ……! はい、背筋を伸ばしてぇ……っ!」
「「…………ッッッ!!!!!!」」
『(お行儀の悪さを叱られた……! でも、お姉様から、直接、力強いお触れ合いによる、お仕置きをいただいているぅぅぅッ!?)』
顔を朱色に沸騰させるアリス。
『(お嬢様を怒らせてしまった……私は、ゴミ以下のダニ……。なのに、私の薄汚い骨格を美しく整えてくださるなんて……ッ!)』
脳髄の回路を物理的に焼き切るほどの幸福。
焦点の狂いきった目で天を仰ぐ二人。
「あばば……おねえさま、しゅきぃ……」
「おじょうしゃま……私は、神の国へ……」
限界を超えた二人は白目を剥いて、ヴィクトリア様のマシュマロボディの上へとドサリと倒れ込んだ。
「ちょっとぉぉッ! なんでわたくしのお腹の上が、飲んだくれの吹き溜まりになってますのーーッ!?」
ヴィクトリア様の絶叫が、夜の屋敷に響き渡る。
私は泣き疲れながらも、二人の背中をぽんぽんと叩きながら究極のクッションに沈み込み、安らかな眠りへと落ちていく。
と、眠りに落ちる寸前。
ふにゃふにゃとした微睡みの呟きが漏れ出た。
「んふふ……ヴィクトリア様のお腹……ふかふかで、おいしいスフレケーキみたい……。甘い、東の森のハチミツをたっぷりかけたら……もっとおいしくなるわぁ……」
直後。
ヴィクトリア様の下で白目を剥いて倒れていた二人の脳髄が、気合だけで強制再起動した。
『(お、お姉様が、東の森のハチミツをご所望……ッ!)』
ガバッと跳ね起きるアリス。
『(……ええ。お嬢様の一言は、絶対。事務官、追加発注でございますわ……)』
ちょうど、極寒の地から傷だらけで戻り、マグマ・ピラニアと極北の氷を床へ置いたばかりの筆頭事務官。
息を吐く間もなく、再び光の檻と鋼糸が四肢を緊縛する。
「事務官、今すぐ東の森のサンダー・ビーの巣から、上質なハチミツを調達してまいりなさい」
容赦のない追加オーダー。
「もちろん、三分遅れたら、即座に消去します」
光を失った濁った瞳で、満身創痍の事務官は再び夜の闇へと消え去っていった。
***
翌朝。
爽やかな小鳥のさえずりで目を覚ますと、私は自室のベッドに寝かされていた。
「うぅっ、頭が痛いわ……。昨夜は、お酒を飲みすぎたのかしら」
ベッドの脇には、アリスさんとクロエが立っている。
私と同じだけお酒を飲んでいたはずなのに、二日酔いの気配など微塵もない。なぜか二人とも後光が差しているきらきらと輝く笑顔だ。
「おはようございます、お姉様。本日の体調はいかがですか?」
「お嬢様、二日酔いに効く特製のハーブティーでございますわ」
二人はいつもと変わらぬ、すました顔で私を気遣ってくれる。
「ありがとう……。なんだか昨夜は、みんなで乾杯したあとの記憶がないのよ。ねえ、私、何か変なことを言っていなかったかしら?」
小さく首を傾げると、アリスとクロエは不思議そうに顔を見合わせた。
「いいえ? 私も途中で記憶が曖昧なのですが……グラスを合わせた直後から、気がついたら自分の部屋のベッドにおりまして!」
「私も同じく。お酒を口にした途端、きれいさっぱり記憶が抜け落ちておりまして!」
ものすごい早口で答える二人。
そこへ、ひどい二日酔いですっかり干からびてスフレケーキと化したヴィクトリア様が、這うようにして部屋へ入ってきた。
「わたくし、フルーツ酒のボトルのコルクを開けたところまでしか記憶がありませんの……」
ヴィクトリア様が頭を抱えて唸っている。
「痛たた……頭が割れそうですわ……」
なるほど。みんなお酒に弱いのね。
「そう、よかったわ。誰にも迷惑をかけていないなら安心ね」
満面の笑みでハーブティーを口に運んだ、瞬間だった。
コンコン、と控えめなノック。
そっとドアを開けて部屋に入ってきたのは、筆頭事務官のレイヴン。
両手には、冷たそうな氷にまみれた不気味な魚と、ベタベタしたハチミツの瓶が抱えられている。
目の下には真っ黒なクマ。
なぜか、全身を薄ら凍らせ、頭には蜂に刺されたような大きなタンコブをいくつも輝かせている。
レイヴンは室内の光景を目撃し、硬直した。
「あら、レイヴン。どうしてボロボロで、ハチミツの瓶と変な魚を抱えているの? 昨夜は何かありましたの?」
不思議そうに尋ねる。
「……え? お嬢様、昨夜のピラニアとハチミツのご要望は……」
レイヴンの掠れた声に、アリスがすかさず冷ややかな視線を向けた。
「事務官、お姉様が深夜にハチミツや泥臭い魚を欲しがるわけがないでしょう。寝ぼけているのですか?」
「本日の業務予定に、生臭い魚の配達は含まれておりませんわ。さっさと片付けなさい」
クロエも冷徹に言い捨てる。
「まったく、朝一番からハチミツとピラニアまみれで部屋に入ってくるなんて、お行儀が悪くてよ!」
ヴィクトリア様までが呆れたように眉をひそめる。
深夜二時に強制的に極寒の極北と東の森を往復させられ、命がけの連続パシリ地獄。
惨劇の記憶が当事者たちの頭から跡形もなく消え去り、自分だけが事実を抱えている。
レイヴンは無表情のまま、中指で銀縁眼鏡をスッと押し上げる。
『(……なかったことにしよう。本日の業務に、存在しない記憶の追及、および深夜労働に対する労働基準法違反の訴えは含まれていない)』
手元の報告書に視線を落とす。
『(とりあえず、食堂の裏メニューに極北風マグマ・ピラニアのハニーソテーを追加するか)』
一切の感情を殺したまま、冷徹な事務官は音もなくドアを閉めた。
レイヴンはハチミツの瓶とピラニアを抱え、自らのデスクワークへと静かに戻っていく。
ボレアス領の平和な日常は、今日も回り続ける。
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